第26話「天城さんとの映画デート」

 部室から少しばかり離れ、天城さんが口を開けた。


「まさかあっきーからお誘いを受けるとは思わなかったよ」


「そ、その、こんな『ケチャップ大騒動』なんていうB級映画、天城さんぐらいしか付き合ってくれないかと思いまして」


「ひっどーい!都合の良い女扱いしてない!?あたしだって映画の好き嫌いくらいあるんだからね!」


「天城さんはこういう映画好きじゃないですか?」


「まあ馬鹿馬鹿しいのをみたら元気貰えるから良いけどね」


「そうですよ、コメディ映画を観ると肌も綺麗になるわ、痩せやすい体質になるわで美容にお困りの天城さんに相応しいかと」


「もう!デタラメなこと言ってあたしのことをからかってるでしょ!」


「本当ですって。アメリカのどこかの大学の研究結果だとか。きっと艶のある肌が実現され、シンデレラ体重にまで減量できるでしょう」


「えっほんとーなの!?じゃあ百時間も観ればあたしもシンデレラだね」


「今から観るのは一時間半ですので、後は頑張って一人で観てください」


「こうなったら残りの分もあっきーに付き合ってもらうんだから!」


「…余計なこと言わなければ良かった」


「何か言った?」


「いや、何も言ってません。行きましょう」


 僕たちの間で他愛のない応酬が繰り広げられる。


 そして、天城さんは「愛子ちゃんも誘えば良かったんじゃない?」と口にしなかったのであった。


 ◇


 僕たちはショッピングモールの中にある映画館に行き、十七時の部のチケットを取った。


 チケットの自動発券機のシステムがよく分からずオロオロしてしまい、結局天城さんにリードされてしまった。映画館にあまり行ったことがなかったので、事前に下調べをしておくべきだったと反省した。


 しかし、そこまでの道中はこれから観る映画について語り、それなりに盛り上げることができたので、プラマイゼロとしたい。


 早めに着いたので映画館のロビーに設置されているソファに座って辺りを見渡すと、カップルの客が多く見受けられた。


「僕たちみたいに授業終わりの学生が多いですね」


「高校生もいっぱいいるね、おばさんとしては若さを感じるわ」


「言っても僕達とそんなに年変わらないですよ」


「二十歳を過ぎるともう十代なんてずっと若く見えるんだよね。青春の香りがするっていうか」


 青春の香り、確かに高校生の恋愛模様は淡いものであり、大学とは違う初々しさを感じられそうだ。


 そういえば、天城さんはこうやって男と二人でデートするのは初めてなのだろうか。


 きっと色んな男と付き合ったことぐらいあるのだろう。


「天城さんは高校の頃付き合ったことあるんですか?」


 そうは分かっていても、僕は天城さんに質問をしてしまう。


 彼女の口からお付き合い回数を聞くことで、このデートも取るに足らない男友達との遊びに過ぎないことを自覚させられる気がして、聞いた瞬間に後悔した。


 すると、天城さんはきっぱりと答える。


「いや、今まで付き合ったことないよ。だからこうやって男の人と二人で映画を観るのは初めて!」


 思いもよらない返答に僕は驚いたが、同時に映画デート処女を頂くことができた事実に歓喜した。


「僕も女性と一緒に観るなんて初めてなのでちょっと安心しました」


 僕はそう言って抱いた喜びを露骨に見せつけることなく、静かに噛みしめた。


 天城さんは周りをキョロキョロと見まわしていた。


 そんなに高校生の青春の香りとやらを満喫しているのだろうか。


 そして、少し体をモジモジさせて恥ずかしそうに言う。


「あたしたちもカップルに見えるのかな?」


「え?」


 彼女の口からカップルという言葉が出てきてつい聞き返した。


 天城さんは言い訳でもするかのように勢いよく言葉を並べる。


「ほ、ほら、皆カップルみたいじゃん。こういうところで男女二人で来るのってやっぱりそういう関係に見えるのかなって」


 確かに、僕達もカップルに見えるのだろうか。


 しかし、女性との初デートである僕の振舞いは、周りからきっとぎこちなく見られているだろう。


 天城さんは男性と二人で初めて来たというが、その割には僕より所作が落ち着いている気がした。頬を赤らめる天城さんは多少慣れていない雰囲気ではあるが、彼女のその美貌を持ってすれば帳消しになるはずだ。


 そんな天城さんと、見てくれも優れていない童貞感溢れる僕が並んだところで、きっと周りも僕のことをATMとして利用されている冴えない男子だと評価するに違いない。


「…僕なんて、天城さんと並ぶにはあまりにも分不相応な陰キャですから、ただの先輩と後輩に見えるんじゃないですか」


 僕は自嘲気味に答えた。


 天城さんの方を見ると、頬の赤みは元の色へと戻っていた。


 そして少し哀しそうな眼で僕の方を見る。


「…あっきーってたまに空気読めないよね」


 天城さんが残念そうにそう呟く。


「え?」


 僕は、それにどう返せば良いかが分からなかった。


「…ううん、なんでもない。ほら、もう始まる時間じゃない?何か買っていこっか」


 天城さんは売店の方を指さして歩き出したので、僕達はポップコーンや飲み物など買いに行くのだった。

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