第6話「新歓イベントの花見とはド定番である」

 入学式の日、僕は天城さんと連絡先を交換することなく別れた。


 なので本来であれば花見の日時や集合場所は分からないはずだが、その点については一周目で参加していたので大体は検討がついた。


 僕は集合場所のS駅に早めに着くと、改札口の柱にもたれかかる天城さんがいた。


 爽やかな白が目立つスモックブラウスに足の細さと美しいヒップを際立たせたスキニーでコーデした彼女は、前を通り過ぎる男どもを二度見させる程度の美貌を放っていた。


 彼女は、僕の方を見ると大きく手を振りながら僕を誘った。


 天城さんと待ち合わせをする毎に彼女は外出用にコーデを決めてくるわけだが、その度にこの人は美人であることを痛感させられている。もちろん今回も例に違わない。


「あきらくん待ち合わせ場所とか知らないと思ってた!連絡先交換してないからどこで集まるか言ってなかったと思うけど」


「あぁ、えっとですね。アレですよ、エスパーです」


 僕は絶対聞かれるであろう質問に対して答えを用意していなかった。


 しかし、天城さんはこの程度の返答でどうにでもなるのだ。


「え!?あきらくんエスパーなの!?本当にそういう人いるんだ!あたし初めて会っちゃったよ。何かやってみてよ!」


 天城さんは、ノリで会話しているので頭を使っていない。なので、こんな突っ込まれてもおかしくない返事にでも、とりあえず話に乗ってくれる。


「じゃあ、そうですね。これから誰が次に来るか当ててやりますよ」


 僕は、人差し指と中指をおでこに当てて念じた素振りを見せる。


「んー、はっっっっっ!!!」


 周りの人たちには聞こえない程度に喝を入れると、彼女はピクッと体を震わせたが興味津々な眼でこちらを見る。


「あああー分かりましたよ!次は仙田、仙田が来ます!」


 僕はいかにも胡散臭そうな未来予知を披露してやった。一周目でも僕と天城さんの二人で待っていると数分して仙田が来たので、あいつがもうすぐ来ることは分かりきっていた。


「あの新入生の仙田くん?」


 どうして仙田のことを知っているんだと言わんばかりに不思議そうな顔をしたが、彼女の中で納得したらしく、したり顔を見せる。


「あー分かった。仙田くんとお友達だったんだね。本当は一緒に行くつもりだったけど君が一本早く電車に乗っちゃったとかで先に着いたから、次に来るのは仙田くんだって分かるってことでしょ?だから集合場所も知ってたんだ」


 一般人だったら納得のいく推理だが、僕はチートを使っているので的外れな推理である。しかし、勝手に話を進めてくれたおかげで完全に疑惑は払拭できそうだ。


「そ、そうです。バレちゃいましたか…。いやあ、先輩だったら信じてくれると思ったのにな」


「ふっふっふ。あきらくん、あたしを騙そうなんざ年の差の一年は早いよ」


「だ、妥当な年数なんですね。あ、言ってる間に来ましたね」


 僕たちが他愛のない話をしていると、改札口からマウンテンパーカーを着た仙田がやってきた。


 この仙田は初々しかった。三年生の仙田は一丁前に短髪を金色に染めて、陽キャの仲間入りを決め込んでいたが、今の彼は黒髪で好青年らしかった。


「お、優奈先輩来てたんですね。それに見たことのない顔の子がいるな、一年生?俺は仙田福太だ、よろしくな」


 頭を搔きながらさっさと自己紹介を済ませた。いや、これはこの時点でこいつと友達という体をとっていたのでまずいのではないか。


「あれ?仙田くんとあきらくんは友達同士じゃなかったの?」


「いや、ええと…。それはその…」


 天城さんは不思議そうな顔で訊ねてきたので、打開策を必死に考える。


 ちょっとした沈黙に、仙田も状況を飲み込めていない様子であったが、何か気づいたかのように答えた。


「あ、他の新歓でお前と会ったことあったけな。女子の顔と名前を覚えるのは得意なんだが男はからっきし覚えられなくてな。会ってたらごめんな。えっと、名前なんだっけ?」


 仙田、ナイスフォロー。僕は便乗することにした。


「ほら、ボルダリングサークルの新歓で一緒だった阿合だよ。阿合あきら。お前もLIFEる!に入部するって言ってたから一緒に行く約束をしたと思ったんだけど」


 こいつはこのサークルのみならず、ボルダリングやフットサル、旅行サークルなど色々兼サーをしていた。そして彼もまたコミュ力お化けなので、行く先々で多くの人と友達になってくる。その仙田の顔の広さを利用して、友達の中の一人として会ったことがあると嘘をついた。


 仙田は、眉間にしわを寄せながら僕のことを凝視してありもしない記憶を思い出そうとしていたが、思い出せるはずもなく諦めて僕の前に手を出してきた。


「すまん、約束したような気もしないでもないが思い出せなくてな。でもボルダリングサークルでお前みたいな奴がいた気がするわ。とりま、よろしくってことで」


 握手を求めてきたので、それに応えるため彼の手を握った。握ってきた手はがっしりとしていて非力な僕の手なんて簡単に粉砕されそうだった。


「おおー、青春だねー!もうそのまま夕陽に向かって走っていっちゃいそうな友情を感じたよ」


 天城さんは僕と仙田を見て、うんうんと頷いて妄想に耽る。全く何を考えているのだか。


 とにかく、どうにかやり過ごすことができた。先のことを知っているからといって不用意な言動は控えるべきだな。


 仙田が来たことで、残りは蓬川さんと上級生二人を待つばかりとなった。


 そして数分後、上級生の明神池真理子みょうじんいけまりこさんと足立将人あだちまさとさんが腕を組んで現れた。明神池さんの方はリクルートスーツを身にまとっていた。


 この年度では明神池さんが四年生で、足立さんが三年生である。この二人は見ての通り付き合っている。確か今年で二年目だったはずだ。


「ゆうなちゃーん!おっひさー!」


 明神池さんは、天城さんを見るなり足立さんに腕を組んでいる方とは別の手を振った。


「まり姉!本当に来たんですね。就活の方は大丈夫なんですか?」


「大丈夫よ!今日は新入生たちが来ると聞いて飛んできたの!あと三時間後に面接だけど…まあ何とかなるわ!」


 彼女は、面接を控えているのにもかかわらず、お酒を飲もうと考えているらしい。それを制止しようと足立さんは会話に割り込む。


「まり、最終面接なんだからお酒は絶対やめとけよ」


「えぇ!!最終面接だからこそバイブスアゲていかなきゃ!まーくん…ダメ?」


 明神池さんは至近距離で上目遣いを駆使し足立さんに甘えようとする。しかし、慣れているらしい足立さんは物ともしない。


「最終面接終わったら一緒に飲むから!我慢してノンアルコールにしな」


「もぅケチ!……約束だよ!絶対に付き合ってね」


 彼女たちは妥協点を見つけ、掛け合いはひと段落する。


 天城さんは何度も見てきたかのように呆れ笑いをした。


「はは、先輩たち相変わらずですね…」


「今日は新入生ちゃんたちがいるから控え目よ!君たちが新入生?よろしく!私は明神池真理子!今は就活系女子でーす!」


 明神池さんは元気溌剌な自己紹介をした。彼女が言う通り、僕が部室で見てきた彼女はこれ以上にハイテンションで真昼間から酒を飲んで、これみよがしに彼氏の足立さんに甘えまくっている。ちなみに、その時の足立さんもまんざらでもない様子であった。


「新入生たちが引いているよ!あ、自己紹介だね。俺は足立将人。この先輩に振り回されてばっかだけど、君たちに迷惑かけないようにストッパーになるから安心して」


 足立さんも僕たちに自己紹介をしてくれた。実のところ、彼の明神池さんに対するストッパーはガバガバで「ノンストッパー足立」の異名を僕と天城さんの間で名付けていた。彼女が関わってこなければ頼りになるのだが。


 明神池さんの弾けっぷりは陰キャの僕にとっては反応に困るものだったが、彼女はそう思っていなかったらしく、僕たちに圧をかけるかのように訊ねてきた。


「え、引いてないわよね。よね?新入生諸君」


 そして、待ってましたとばかりに仙田はしゃしゃり出る。


「明神池先輩めっちゃ面白いっす!俺、仙田福太です。先輩なら絶対面接受かるんでほんのちょっとだけで良いですから飲みましょうよ!」


「まあ仙ちゃんったら優秀じゃない!本当ならまーくんにしか注がれたくないけど、今日だけ特別に私にお酌する権利をあげるわ」


「まじっすか!圧倒的感謝っす!」


 明神池さんは足立さんに組んでいた腕を外し、仙田とハグを交わす。


 それが気に入らなかった足立さんはあからさまに不機嫌になる。


「おい、君、まりを甘やかすんじゃない。あと、俺はお前のことが苦手かもしれない」


「そんな、ひどいですよ。ってその握り拳なんですか…暴力沙汰だけはご勘弁です…」


「まあ、まーくん嫉妬しちゃって可愛い!」


 彼女は悪気を見せることなく、ひょこっと足立さんのもとに戻ると、彼の強く握られていた拳も力を弱めたので仙田は安心していた。


 そして、陽キャ組の会話に完全に除け者にされていた僕を気遣って足立さんは声をかけてくれた。


「そうだ、君も入部してくれるんだよね?名前なんていうのかな?」


 僕は無難に自己紹介をしようかと思ったが、それでは一周目と同じで面白くないので、仙田をいじってやることにした。


「僕は阿合あきらです。仙田みたいに好色漢ではないのでご安心ください」


「阿合くんとは仲良くできそうだな。よろしくね。…やっぱりお前、まりを狙ってやがったな」


「ね、狙ってないっすよ!あきら!お前覚えとけよ!!」


 仙田は足立さんの機嫌が直って安心しきっていたのに、僕が余計な発言をしたせいで彼に睨みつけられてビビっていた。仙田よ、すまんな。


 あとは蓬川さんが来るのを待つだけだが、彼女は前の用事が長引いてしまって現地集合となる。


 二周目も同様に天城さんのLINEに蓬川さんから遅れるとの一報が入ったので、僕たちは花見の場所へと向かった。

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