別れのとき

僕には将来の夢ができた。

歯医者さんになりたい。

そして町の歯医者さん、白瀬先生と働くんだ。

先生の歯を全力で削ってやる。


「先生、僕は歯医者さんになるよ」


はははと先生は笑う。


「そんな立派な仕事じゃないさ。人生は長い。ゆっくり考えないといけないよ」


今日の僕は本気だ。

しかし先生は仕方ないといった口調だ。


「それなら歯医者の腕というのを見せてあげよう」


しまった!

僕が思うやいなや、治療室の椅子に押しつけられ、白衣のお姉さんがエプロンをかける。


「全顎抜歯だ!インプラントが必要になる!オールオンシックスでいこう!」


目隠しのタオルがかけられると、何か物音が聞こえる。


もうだめだ!

両手に力を入れていると、タオルがとられた。


先生のそばにはたくさんの本が置いてある。

歯周病学、口腔外科学、予防歯科学、歯科補綴学。

難しくて読めない。


「君が大人になる頃には古くなってしまっているだろう。だけど僕との思い出だと思ってくれればうれしいね」


先生の教科書!

僕は涙が出た。


「先生、そんなお別れみたいなことを言わないでよ」


はははと先生は笑う。


「お別れなんだ」


先生は大きなかばんを取り出した。


「これから旅行に出かけてくる。たくさん勉強しないと、歯医者さんにはなれないよ」


先生はまた、はははと笑ってクリニックをあとにした。

すると怖いお兄さんが、入れ違うように現れた。


「先生なら旅行に出かけたよ」


お兄さんは舌打ちして出て行った。

残っている白衣のお姉さんにたずねる。


「先生はどこに旅行に出かけたの?」


白衣のお姉さんは首をかしげた。

旅行。

旅行なら帰ってくるはずだ。

だけど涙がこぼれる。


先生がくれた本を読めるように、僕はたくさん勉強するよ。


〜そのあとも人と別れるたび、僕は先生を思い出す〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白瀬歯科医院〜悩める僕と大好きな歯医者さん〜 白瀬隆 @shirase_ryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ