第7話 いつまでも元気でいよう!

「ありあっしたー!」


 満面の笑みを浮かべて赤毛の店員――夕月朱音あかねは、涙を流しながら店を後にする冒険家を見送った。


 実にチョロい奴である。

 朱音がちょろぉっと愛想を振りまいただけで奮発していきやがった。


 防具と一緒に、売れ残りの謎アイテムを押しつけてもやった。


 謎アイテム――おそらく魔導具なのだろう、シャーマンのような仮面だ。


 持っているだけで不運に見舞われそうな見た目。

 呪われそうで装着しての解析も出来ず。

 機械を使った調査ではいたって通常の性能だった。


 それはダンジョンから産出され、オークションで歴代最低落札価格だった代物だ。


 売れれば良いなと思い500円で落札したが、値下げしても誰も買ってはくれなかった。


 それもそうだろう。

 見た目は完全に呪いの仮面。

 あまりに不気味だ。


 これがダンジョンから産出したアイテムとくれば、誰しもこう思う。

 ――これ、本当に呪われてんじゃね?


 500円で店頭に置いといたのだが、これまで誰も手に取ろうとはしなかった。


 その在庫を、防具購入特典として500円で販売してやったのだ!


 まったく売れない商品にも拘わらず、仕入れ値を切らないように販売。

 ああ、なんと素晴らしい手腕だろう。


「さすがアタシね!」


 自画自賛をしながら、朱音はむふふと息を漏らす。


 これで今期の当店の査定も上がるだろう。


 朱音は二十代前半にして札幌武具販売店の支店長を任されている。


 彼女が担当した店舗は、ことごとく売り上げを伸ばす。


 前年比150%などチョロいものだ。

 最大で300%まで上げた店もある。


 今し方、意気消沈して店を後にした冒険家のように、朱音は客から金を巻き上げ――いや、商品を丁寧に売って差し上げている。


 当然ながら、詐欺のような真似はしない。

 売りつけるものはことごとく良品だし、その人に合ったものしか提供しない。


 はじめは搾り取られたことに落胆する冒険家達だが、やがて彼女のチョイスが間違いなかったことをダンジョンの中で知るだろう。

 気づいた者達がリピーターとなり、さらにお金を落としていく。


 それを朱音は『種まき』と呼んでいる。

 収穫期はウハウハだ。

 フヒヒ。


 もちろん、朱音は接客を勘で行っているわけではない。


 まず『冒険家になろう』のブログを精読し、現在の冒険家達のニーズを理解する。

 さらに自らがダンジョンに潜って調査することにより、どこで、どんな武具が必要になるかを体感していく。


 見えない場所で努力しているからこそ、朱音は店の業績を伸ばすことが出来ているのだ。


 冒険家が満足するために、朱音はどう武具をチョイスしているのか?

 基準は二つある。


 一つは、どの程度の武具を装備出来るか。


 魔物の素材で作った武具は、冒険家の能力を測る上で良い計測器となる。

 装備出来る武具を見るだけで、そのものの実力がほぼ判ってしまう。


 そして二つ目は冒険家ICカードだ。


 いくら強い冒険家とはいっても、懐の寂しい相手に高額商品を売りつけるわけにはいかない。

 相手が買えるだろう価格帯の武具を提供してこそ、プロフェッショナルなのだ。


 その判断材料がICカード。


 一年間の収入に合わせ、収入が低い順からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラックと色が変化する。


 元々政府は冒険家の能力を表す指標にしたかったようだが、運転免許同様に上手くいっているとは言いがたい。


 先ほどの男性が出したカードはブロンズ。

 総収入が200万未満の初心者の色だ。


 故に、朱音は彼がギリギリ購入出来そうなゲジゲジの甲殻に革を張った防具を勧めてみた。


 本来ならば、もうワンランク上の装備を提供したかったのだが。


「なんでアレがブロンズなのかしらね……?」


 彼が手にした短剣は、『ちかほ』の6階層から8階層までのあいだに現われるシルバーウルフの牙から作られている。


 シルバーウルフの牙は比較的手に入れやすい素材だ。

 上手に加工すると中層序盤まで通用する高品質の武具になる。

 高コストパフォーマンスの代名詞といって良い。


 とはいえブロンズの冒険家が装備出来るレベルの武器ではない。

 シルバーウルフを倒せるレベルでなければ無理なはず。

 しかしそのレベルになると嫌でもシルバーカード以上の収入になる。


 ブロンズカードを受領してから、そこまでレベルが上がったか?


 年度初めから現在まで、おおよそ2ヶ月。

 今年度から冒険家業を始めたのだとすれば、不可能な成長速度である。

 だから元々シルバー間近の、二年目以降の冒険家だったのだろう。


「ま、いっか」


 彼の評価については保留としておこう。

 試される大地で活動を続けるならば、嫌でもこの店に通うことになる。


 時間はある。

 彼がどのような人材なのか、時間をかけて見極めれば良い。


「よぉし! 昼前に今日のノルマ達成! いやぁ辛いわー。アタシの能力が高すぎて辛いわー」


 もうひと仕事したら、系列店の一菱素材買取店を冷やかしに行こう。

 そしてこちらの売り上げを突きつけて、大井素支店長の悔しがる様を笑ってやるのだ。


 ああ、なんて素晴らしい一日なんだろう!


 朱音はレジスターの画面に映る金額を眺めながら、ニマニマとだらしなく微笑むのだった。


          *


 まあ、そうだよね。

 彼女にその気なんて、はじめからなかったさ!


 赤毛の女性に籠絡された晴輝は、唯々諾々と5万円もする魔物の革で出来たプロテクターを購入してしまった。

 おまけにプラス500円で、謎の仮面を売りつけられもした。


 ICカードをかざして「ちゃりーん」と音が鳴った途端に、いままでしっとりしていた女性の雰囲気が秋晴れの空のようにからっと乾いた。


 彼女の口調も軽ければ、財布の中身もカラカラだ。


「騙された……」


 乗せられた、が正しいだろう。


 普段は声を上げなければ見向きもされない晴輝に気づいたことで、これはもしや特別な出会いなのではないか? などと思ってしまったのが敗因だ。


 ああ、過去の自分が憎い。


「しかしこの仮面はなんなんだ?」


『顔を守る防具は必要だと思うんですよぉ。

『そこでなんとこのアイテム!

『こちらの鎧をお買い上げいただければ大幅値下げ!

『たった500円で、ダンジョン産の魔導具をご購入いただけます!!』


 顔を守るアイテムが必要なのは、晴輝も認識している。

 だからといってこれは……。


「呪われてないのかな?」


 まあみんな触ったりなんなりしてるだろうから大丈夫だろう。

 そのうち折を見て装備してみるか。


 あれこれ考え事をしながら、晴輝は『ちかほ』に向かう冒険家たちの姿を眺める。


「おお、川前シリーズを装備してる!! すげぇ……」

「番磨装備なんて、珍しい人だなあ」


 など。

 高級装備を身に纏っている人達に憧れる。


 かと思えば、同じエントリーモデルを装備している冒険家には、謎の仲間意識が芽生えてしまう。


「一緒に頑張ろうな!」


 初心者冒険家たちはやはり常に金欠なのだろう。ダンジョン用の防具がない。


 武器がエントリーで、防具もエントリーというのはかなり珍しい部類である。


 武器がミドルになると、やっとエントリーの防具を一式揃えている人が増える。


「武器も防具もエントリーな俺は、もしかしてちょっと目立っちゃう?!」


 空気脱出か?!

 そんな期待を胸に改札口に向かう。


 少しでも目立つように、肩で風を切ってみる。


 だが、


「…………」


 当然のように晴輝に目を向ける人は誰一人としていなかった。


 いや、判ってたよ。

 判ってたさ!


 ――っく!!


 晴輝は涙を流しながら『ちかほ』の改札をくぐり抜けるのだった。



『ちかほ』は現在三十階層まで進攻が進んでいる。

 当然、三十階なんて下層は上級冒険家の独壇場だが、上層である1・2階は初心者でも容易く攻略出来る。


 その証拠に、今日もどこから集まったのか、数えるのも億劫になるほどの冒険家達が地下1階に溢れかえっていた。


 魔物がポップすれば、素人少年サッカーのように冒険家が魔物に群がり袋だたきする。

 ポップした魔物は、一分も経たないうちに絶命だ。


 ここでまともに戦おうなどと思ってはいけない。

 如何に素早く魔物を発見し、一発でも多く殴れるかがなにより重要なのだ。

(だからこそ、専用防具を揃える初心者冒険家は少ない)


 さらに『ちかほ』の上層には、


『地下二階。このまま直進100m↑』

『大広間。右折後50m→』

『三叉路。左折後90m←』


 と書かれた看板が、天井に設置されている。

 まるで観光施設に訪れたような光景だが、ダンジョンはそんな生やさしい場所ではない……はずだ。


 ただの看板を設置すれば、いずれダンジョンに吸収されてしまうだろう。

 しかし看板が無ければ、冒険家が迷ってしまうかもしれない!


 そう考えた役場の職員がなんと、ダンジョンに吸収されずに残る魔物の素材で看板を作ってしまったのだ。


 晴輝がはじめて『ちかほ』に訪れたときは、一体ここはなんなんだ? と戸惑ったものだ。

 本当にここはダンジョンなのか? と。


 いまではもう看板にも、蜜に群がる蟻のように戦う冒険家の姿にも慣れてしまったが……。


 ともかく、ここはそういう場所である。


 初心者冒険家が群がる階では、試すことも試せないだろう。

 魔物1匹相手に袋だたきにする冒険家たちを尻目に、晴輝はずんずんと先に進んでいく。



 先日、晴輝の魔導具――スキルボードにポイントが補填された。

 その原因はおそらく、地下二階に降りたから。


 タマネギの魔物を百匹近く収穫――もとい狩ったため、という可能性も考えられる。

 だがその日まで、ゲジゲジを200匹近く狩ってもポイントは増えなかった。

 レベルアップによるポイント付与の可能性は除外して良いだろう。


 地下1階と2階を何度も往復してみたが、スキルポイントが増えることはなかった。


 このことから、『ダンジョンの最高到達階層を1つ更新する』。

 これがスキルポイントがもらえる条件なのではないかと晴輝は踏んだ。


 そうなると、別の疑問が浮かび上がる。


 どのダンジョンでも、最高到達階層が1つ増えると1ポイントもらえるのだろうか?


 もしそうなら、すべてのダンジョンで2階層に向かうだけで大量のスキルポイントが確保出来ることになる。

 日本には200を超えるダンジョンがあるため、そのポイント実に200以上だ。


 だとすればボードのスキルをすべてカンストさせることも夢ではないだろう。


 200ポイントあったら、まずなんのスキルをカンストさせようかな?

 想像するだけで、夢が広がる。


 ウキウキしながら晴輝は新しく購入した短剣の柄に軽く触れた。


 ついでに、早くこいつの性能も確かめてみたい。

 検証がてら、今日は行けるところまで行ってみることにしよう。



 2階に降り立った晴輝は、誰にも見つからない場所でスキルボードを取り出した。


 他のダンジョンでは取り出せないかも? となどヒヤヒヤしたが、スキルボードはなんの抵抗もなく取り出すことが出来た。


 ダンジョンの中では、どこであれ問題なく機能するらしい。


 スキルボードについて、晴輝は車庫のダンジョンで様々な検証を行った。

 だが結果はあまり芳しくない。


 新たに判ったことは1つだけ。

 スキルボードが晴輝から10メートル離れると自動的に晴輝の胸の中に戻るということだけだ。


 貴重な魔道具なので、紛失の憂き目に遭う可能性がないのは喜ばしい。

 しかしこれによって、誰にも譲渡出来ない可能性が浮上した。


 これを晴輝以外の、最も日本のために使える人物(たとえばトップランカーなど)に譲渡したくても出来ない。

 不要になっても捨てられない。


 また、もしスキルボードの存在が周囲にバレたとき、悪質な輩に命を狙われる可能性がぐんと上がった。


 ただし、死ねば体から排出されるのかは疑問が残る。

 あるいは薬物漬けにされ意思を奪われ、スキルボードのためだけに生かされる……なんて可能性もあるわけだ。


 実に厄介極まりない。


 想像以上の爆弾を抱えちゃったかもしれないな……。

 晴輝は内心ため息を吐きつつ、スキルボードに目を走らせた。


 スキルポイント:1


「……増えない、か」


 残念ながらスキルポイントは1のまま。

『ちかほ』の最高到達階層は更新したが、ポイントが増えることはなかった。


 とすれば、ポイントが増える可能性は二つ。


1,全てのダンジョンの最高到達階層が共通している。

2,自宅のダンジョンの最高到達階層しか反応しない。


 このどちらかだろう。


「あーあと、このダンジョンの人類最高到達階層を更新したら、っていう可能性もあるか……」


 だとするなら、『ちかほ』は現在29階まで攻略されている。なのでここでは30階に到達しなければスキルポイントが増えないことになる。

 さすがにそれは、取得条件としては厳しすぎる。


「うーん。もう少し調べないと判らないな」


 ひとまず晴輝はさらに先へ進むことにする。


 ここもまだまだ初心者冒険家が、袋炊きにする魔物を狙ってゾンビのように徘徊している。

 あと1階は下がらないと、まともな狩りは出来ないだろう。


「ついでにもう一つ検証するか」


 このスキルボードは晴輝だけの能力を開発するものなのだろうか?


 その疑問を解消するために、晴輝はいままさに魔物を袋だたきにしている集団にそっと忍び寄った。


 その存在感の希薄さのおかげで、晴輝は誰にも気づかれない。

 こっそり背後でスキルボードを取り出し起動する。


 しかし画面には晴輝のスキルツリーしか表示されていない。


「んー。切り替えるジェスチャーがあるのかなあ」


 指を様々な角度にスワイプすると、丁度スマホのホーム画面のようにスキルツリーが切り替わった。



 竹中重三(87) 性別:男

 スキルポイント:4

 評価:老槌人


+生命力

+筋力

+敏捷力

+技術

+直感

+特殊



「おおー」


 やはりこの魔導具。自分のスキルだけでなく他人のスキルも判別してくれるようだ。


 ……っておい、ちょっと待て。

 ここに87歳なんてご老体がいるのか!?


 見ると、確かにかなり歳を召したご老人がいままさに魔物の頭を叩き潰している。


 上半身はタンクトップで、そこから見える肉体は老人のものとはとても思えない。

 晴輝よりも力があるのではないだろうか? 筋肉が躍動している。


 本当にこの人は87歳なのか?

 体だけを見れば疑わしいが、地中の微光でも減衰しない輝かしい頭部。顔に刻まれた深い皺。なにより手にした得物がゲートボールのクラブというところが、彼の老人性を強く肯定している。


 間違いない。彼は、御年87歳の竹中重三さんだ。


(こんな高齢の方も冒険家になっているのか……)


 しみじみ思いつつ、晴輝はスキルツリーを開封する。



-生命力

 スタミナ0

 自然回復0

 免疫1


-筋力

 筋力0


-敏捷力

 瞬発力0

 器用さ0


-技術

 -武具修練

  鈍器1

  軽装0

 道具習熟1


-直感

 探知0


-特殊

 寿命0



 やはりスキルツリーには、それぞれ個性があるようだ。

 晴輝が持っているスキルが無かったり、逆に晴輝が持っていないスキルがあったりするのは、その人の適正によるものなのだろう。


 あるいは、ある程度回数をこなすとスキルが解放されるか……。

 免疫あたりは、その可能性が十分考えられる。


 無菌室で育つと小さな風邪を引くだけで致命的だが、厳しい環境で育てば体内にウイルスが入っても風邪を引かなくなる。


『なあにかえって耐性が付く』とはまさに真理である。


 そしてこの免疫。なんと1ポイント付いているではないか!

 他にも鈍器と道具習熟が1ずつ上がっている。


 もしかして他にもスキルボードを持っている人がいるのだろうか?


 可能性はある。

 だがもしかしたら、スキルの経験か熟練度かが一定以上になるとスキルが上昇するのではないだろうか?


 であれば、取得出来るスキルポイントの少なさも納得だ。


 もしスキルポイントを振ったのであれば、元々竹中さんは7ポイント持っていたことになる。

 ダンジョンの5階に行って到達するポイントだ。


 だが竹中さんは5階に行ける冒険家にはとても見えない。

 なにせご老体だし……。


 ならば答えは簡単だ。


 スキルレベルは経験を積めば、自然と上がる。

 そしてそれは、魔導具のスキルポイントとは無関係に成長する。


 そして2階にいる竹中さんが4ポイント持っていたことから、『このダンジョンの人類最高到達階層を更新したら』という可能性が消えた。


「なんとなく見えてきたな」


 晴輝は独りごちる。


 スキル取得条件や自然成長が判っているかどうかで、今後のスキル振りが大きく変る。

 非常に重要な情報だ。


 次は、『他人のスキルポイントを振り分けられるか』だが……。


 成功していきなり体の動きが変化しても不気味に思われるだろう。

 いろいろと厄介な目に遭うかも知れない。


 少し悩んで、晴輝は画面を連続でタップする。

 するとロックもなくあっさりスキルを上昇させられた。


 おじいちゃんの体調に変化はない。

 確実にスキルを上昇させられたかは微妙なところだが、ひとまず現時点で確認出来そうな疑問は解消した。


 おじいちゃんの姿を眺めながら、晴輝は思う。

 まだまだ長生きするんだよおじいちゃん、と……。



 竹中重三(87) 性別:男

 スキルポイント:4→0

 評価:老槌人→長寿老槌人


-特殊

 寿命0→4

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