第6話 気づかれなくても、泣いてはいけない!

 ――はっ! と気づいた時、晴輝の目の前には大量のタマネギが横たわっていた。


 実に、新鮮なタマネギである。

 涙が止まらない。


 緑色の葉の部分を手にして片手に十玉。合計二十玉を持って二階、階段近くの小部屋に向かう。


 そこにはダンジョンの各階と地上とを繋ぐゲートがあった。


 ゲートはエレベーター方式で上り下りする。

 基本的に、本人がアクティベートした階層にしか行くことが出来ない。


 そのダンジョンで自らが到達した階層であれば、ゲート位置で念じるだけで赴ける。

 うっかりアクティベートを忘れて、行ける階層が飛び飛びになる者もいるようだ。


 アクティベートしたダンジョンで10階まで到達しても、別のダンジョンでははじめからやり直しとなる。


 バリケードを作る際も、このゲートの位置に気を遣って設置している。

(そのせいで敷地の出入り口が多少狭くなってしまったが)


 ゲートは念じると地面が上下する。

 移動はまるで巨大生物の食道を通るような具合だ。

 地面が割れて、その中を進んでいく。


 ゲートも魔導具と同じ。

 機構について判ることはない。

 現在有名大学が総力を挙げ、解明に向けて研究中である。


 ゲートの天井が開け、足場が地上に到着。

 すると家の敷地いっぱいに、葉が取り除かれ干されているタマネギが目に入った。


「……一体誰がこんなにたまねぎを?」


 もちろん晴輝だ。

 久しぶりの野菜に歓喜し、つい無我夢中で乱獲してしまった。


 ダンジョンにおいて、動く野菜はさして珍しい魔物ではない。

 だが野菜が高騰している昨今、この動く野菜を収穫にくる冒険者が後を絶たないため、狙ってもなかなか手に入れられないのだ。


 それが現在、ほぼ独占状態のダンジョンで手にできるのだ!

 なんと素晴らしいことか!!


 いくら野菜が高いとはいえ、タマネギモンスターを販売するなら1玉1000円が限度だろう。それ以上になっても買い手がいない。


 メロンモンスターなら万は下らないだろうが。

 そんな魔物はいまのところいない。


 メロン熊なら近くの市にいるが。

 あれは美味くなさそうだ。


 手にしたタマネギを処理して天日干しにする。

 その間、晴輝は再びダンジョンに戻って放置していたゲジゲジの甲殻を拾い集める。


 ふと気になって晴輝はスキルボードを出現させてみる。

 すると、


「あれぇ?」


 スキルポイント:1


 スキルポイントが増えていた。


          *


 お隣さん(徒歩十分)の木寅さんにタマネギをお裾分けしたら、目を赤くして喜んでくれた。

 きっとタマネギが目に染みたのだろう。


「昔は婆さんと一緒にタマネギを作っとったんだがな。魔物に襲われて……。ったく、先に逝っちまいやがって。それ以来畑に手を入れる気力も無くなってしまってな。ああ……懐かしい手触りだなあ。本当に、懐かしい」


 晴輝も、ちょっとだけ目が潤む。

 やはりこのタマネギは、ちょっとばかし目に染みる。



 翌日、10リッター1万円のガソリンをタンクに詰めて晴輝は札幌に向かった。


 タマネギを夢中で狩っている時に、へたったナイフがぼっきり逝ってしまった。

 なのでまずは武器を購入しなければ……。


 札幌に到着すると、晴輝は素材買取店『一菱買取所』に向かった。


 扉を開き、カウンター前に立つ。


「すみません」

「…………」

「すみません!!」

「はひ!?」


 大声を出してようやっと、女性の店員が晴輝の存在に気がついた。


(こいつ一体いつからそこに!?)

 とか思っていそうな目をしている。


 ……いや、いいけどさ。


 店員の反応を無視して、晴輝は車に詰め込めるだけ詰め込んだゲジゲジの甲殻を運び込む。


「えー、これ全てですか?」

「はい」

「……失礼ですが、これはお客様お一人で?」

「ええ、そうですね」


 僅かに受付嬢の顔が引きつった。

 そんなにゲジゲジが嫌いなのだろうか?


 カウンター前に積まれたゲジゲジの甲殻。

 その数216枚。


 甲殻は重ねられるため、なんとか車に積み込むことが出来た。

 だが重量はギリギリだったらしく、時速40キロを超えるとエンジンがぐずりだした。


 札幌に来るのにいつもより時間が掛かったし、燃費も相当悪い。

 せめてガソリン代くらいは……。

 そう思っていた晴輝に、店員が鑑定書を差し出した。


「素材の鑑定を致しました。甲殻すべてで216枚。傷無しが1枚あたり1000円。傷有りが100円からとなります。ご確認して、よろしければICカードをタッチしてください」


 鑑定書に目を通す。

 なんと合計153、800円!


 1日目に戦ったゲジゲジの甲殻には、かなり傷が付いていたらしい。

 おそらく晴輝が弱かったこと、解体に手間取ったことが原因だろう。


 それでも10万円超え!


 2日間の狩りでこれである。

 ゲジゲジ恐るべし。


「あ、『冒険家になろう』を見ました!」


 晴輝が口にしたのは、『なろう』の依頼掲示板を用いるときの合い言葉だった。


『なろう』の依頼掲示板の使い方は至ってシンプルだ。


 ICカード登録をしたアカウントで依頼を引き受ける。

 依頼主のお店に依頼品を持って行き、『冒険家になろうを見た』と伝える。


 これで依頼達成。

 支払いにICカードを使うので、後々番号を紐付けしている『なろう』で冒険家ポイントが加算される。


 さらに素材買い取りの依頼であれば、大抵は査定価格がアップする。

 依頼を受けない手はないのだ。


「誠にありがとうございます。お客様を依頼受領主と確認いたしました。査定価格を5%上乗せさせて頂きますね」

「おおー」


 〆て161,490円也。


 たった2日で、一人前の専業冒険家の1日分ほども稼いでしまった。

 半人前の晴輝にとっては半月分に相当する。


 げじげじ様々だ。


 財布から冒険家専用のICカードを取り出しかざす。

 丁度顔の位置にある網膜認証カメラに目をかざすと、「ちゃりーん」と小気味よい音が鳴った。


 冒険家は当然ながら一般人と同じように課税される。

 その出納を一手に計算しているのが、このICカードである。


 冒険家活動で得た現金はカードに貯蓄される。


 電子マネーが得られるお店は素材・アイテムの買取店のみ。

 蓄えられた電子マネーはスイカやワオンのように、様々なお店で使用出来る。


 年度末までにカードに蓄積された電子マネーを元に、翌年度の税金額が決定する。


 基礎控除は100万円。

 使用した電子マネーはすべて経費として計算される。


 もちろん現金化することもできるが、領収書などがない限り所得として計算されてしまう。


 たとえ1億円稼いでも、9900万円使えば非課税になる。

 カードに貯まったお金を使わない手はないのだ。


 少々乱暴にも思える制度だが、このおかげで冒険家は税金対策にお金をじゃんじゃん使う。

 そのためか、人口が減少したにも拘わらず経済が停滞せずに回っている。


『一菱素材買取所』をほくほく顔で出た晴輝は、続いて武具販売店『一菱武具販売店』に赴いた。


 その名前の通り、買取店と販売店は同じ大企業系列の子会社だ。


 魔物の素材を大量に買い取り、系列製造会社で武具を製造し、系列販売会社で販売する。


 こうして買取・製造・販売を同系列で行うことで、高効率・低コスト化が可能になる。

 個人店もあるにはあるが、商社のパイプラインには叶わない。しばらくは大企業の寡占状態が続くだろう。


 まずは壊れてしまった武器を新調しなくてはいけない。

 店の中に入り、棚を端から順に眺めていく。


 誰しもが知っている一菱製作所の『壹』『壱』『一』シリーズ。


 家一軒分はあるだろう、恐ろしく値段の高い川前工業の『KS』シリーズ。


 中価格帯でパフォーマンスも良いが、かなりクセのある番磨工業の『IBI』シリーズ。


 それぞれロゴの入ったものが、棚に並んでいる。


 ただ短剣は需要が少ないため、販売スペースが他武器よりも圧倒的に狭い。


 品数は少ないのに、かなり目移りしてしまう。


 どれも良さそうな武器に見えて、まるで恋をしたみたいに体が熱い。

 短剣を見ながら興奮するなんて、少し前なら事案である。


 最低価格は一菱エントリーモデルの『一』で2万円。

 一番高いものは、ミドルクラス『壱』の100万円の短剣を見つけた。


 やはり需要が少ないだけあって、ハイエンドクラスや、川前・番磨は取りそろえていない。


「おーすごい」


 だが、ミドルクラスとはいっても100万円するだけはある。


 商品ポップには『“壱”ワーウルフの短剣』と書かれている。

 刃渡り50センチの真っ黒な刀身に、僅かに波打つような文様が入っている。


 ワーウルフは中層に出現する魔物だ。

 その素材を使ったとなると、かなり強力な切れ味であることだろう。


 もしこれが手に入ったら……。

 晴輝はそう妄想するが、現在の手持ちでは決して手が届かない。


 おまけに、


「……やっぱり無理か」


 やはり高価な魔物の素材をふんだんに用いているだけある。

 手に取ってみても、持ち上がる気配さえ感じられない。


 重い、というよりも力が伝わらないという言葉の方が正しいか。

 まるでコンクリートの建物を押そうとするかのような感覚が手に伝わる。


 これで実際の重量が1kgもないのだから不思議である。


 地球上にあった素材で製造した武具は、重量以外で使用者を選ばない。

 だがダンジョンから採取した素材で制作した武具は使用者を選ぶ。


 下級冒険家は嫌われる率が高い。

 上級冒険家になると、大抵の武具が装備出来るようになるらしい。


 ネックはレベルかと思いきや、それ以外にも条件があるらしい。


 現在判明しているのは、頻繁に使用しているメイン武具以外は装備しにくくなるということだ。


 どんな剣でも装備出来る冒険家でも、同質の弓は装備出来ない。


 数値にならない熟練度のようなものがあるのだろう。

 あるいは適正か。


 晴輝のスキルボード――技術の欄に片手剣はあったが、弓や大剣はなかった。

 おそらく晴輝には剣の適正はあるが、他の武器の適性がないのだろう。


 このままレベルを上げていっても、ダンジョン素材で出来た大剣は装備出来るようにならないかもしれない。


「大剣、格好良いんだけどなあ」


 見栄えは派手だが没個性。


 それでは空気な晴輝は目立たない。

 写真にさえ写らなくなりそうだ。


 晴輝は最前線に行きたいわけでも、効率を求めているわけでもない。

 とにかく存在感が増せば、『いまは』それで良い。


 壁にぶち当たるまでは、短剣・ナイフ装備で問題ないだろう。


 それはさておき武器である。

 100万円の短剣は(当然だが)諦めて、別の武器に目を移す。


 すると一本の短剣が晴輝の目に止まった。


 価格は98,000円。

 40センチほどの黒い刀身に、荒削りの柄。


 ぱっと見た限りでは、何故ここまで値段が高いのか判らない無骨な短剣だ。


 ポップには『“一”シルバーウルフの短剣』とある。

 一菱のエントリーモデルのようだ。


 横にある5万円のナイフと比べても、違いがわからない。


 しかし手に取ってみると、違いがはっきりと感じられた。


 柄はゴツゴツとしていて荒削りなのに、何故かそれが手にしっくりと馴染んだ。

 刃の重み、重心も丁度良い。


 逆に5万円のものはあまりに軽すぎた。

 手触りも少しだけちゃちく感じられる。


 二つを比べると、その差は歴然だった。

 鑑定眼がなくても判るほどに。


「うん。これにしよう」


 迷うことなく、晴輝はナイフをカウンターに置いた。


「いらっしゃいませ。こちらの商品をお求めですか?」

「――な!?」


 そのとき、晴輝は初めて魔物と対峙した時よりも動揺した。


 まさか、そんな……。


 こちらから話しかけていないというのに、俺に気づいただと!?


 存在の透明感にますます磨きがかかった昨今、こちらが話しかけるまえに存在に気づく人を晴輝は見たことがない。


 にもかかわらず、カウンターに居る女性の店員は晴輝の存在にばっちり気がついていた。


 女性は僅かに赤い髪の毛のポニーテールに、白いワイシャツ。黒いエプロンにパンツとなかなか清潔感ある出で立ちだ。

 ワイシャツが喜んでいるのか苦しんでいるのか、胸の辺りの生地の頑張り具合も素晴らしい。


 晴輝の姿を一瞬で見抜けるなにかを持っているようには見えない。


 ただ、容姿は間違いなく美麗だ。

 晴輝にはとても手が出せないレベルである。


 ばっちり瞳をのぞき込まれ、顔が赤面する。


 誰かに見られることに不慣れな晴輝は、目が合っただけ激しく動揺してしまう。


 もちろん、それは色恋の類いではない。

 純粋に、見られ慣れてないだけ。

 部屋の中だけで過ごしていた人が、日の光に当たっただけで目眩するのと同じ現象だ。


「どうされましたか?」

「いえ。この短剣をください」

「かしこまりました。……失礼ですが、この短剣は装備出来ますか?」

「はい」


 尋ねられた晴輝は、女性の前で鞘が付いたままのナイフを持ち上げる。

 軽々と振って見せると、女性は納得したように軽く顎を動かした。


「なるほど。装備が出来るのであれば問題ありませんね」

「ええ。……もしかして、装備出来ないものは売ってもらえないんですか?」

「いえ。時々見た目や値段だけで購入された方が、後々装備出来ないじゃないかとクレームを入れてくるんですよ。殴って店から追い出しているんですが――」


 ん?


「いちいち拘わると面倒なので」

「えっと……殴る?」

「はい。あ、1発じゃないですよ? せいぜい、顔の形が変るまで――」

「もういいです」


 ひぇえ……。

 見た目は可憐なのに、なかなか苛烈な女性である。


 しかし、なるほど。

 ダンジョンで探索する冒険家は、魔物を倒して気が大きくなる。


 力を得た冒険家は時折、信じられないくらい馬鹿な行動を起こす。


 衆目の面前で襲いかかったり、いきなり武器で人を切りつけたり。


 当然、そんな馬鹿はごく少数だが……。

 それでも、ごく少数は存在する。

 己の力に酔っているのだ。


 お店の店員が清楚で胸が厚い女性となれば、気が大きくなった馬鹿は手を出したくなるだろう。


 抵抗すれば乱暴を働かれるかもしれない。

 あるいは身体能力を生かして窃盗を働くか……。


 どのような事態が起こっても自力で対処出来るよう、強い店員を受け付けとしておいているのかもしれない。


「あまり見ない方ですが、遠征ですか?」

「いえ。最近冒険家になったばかりなんです」

「そうでしたか。革の鎧がかなり傷んでいるので、中級冒険家の方かと思ってしまいました」

「そそそ、そんな強い人じゃないです! まだまだペーペーです」


 強そうに見られたのは初めての経験だった。

 いつもは弱そうに見られ……ることもなく、瞳に映らない。


 あまり見ないで!

 いや違う、見てほしい!

 ――じゃない!!


 晴輝は羞恥心で酷く混乱した。


「初心者でしたか。ずいぶん傷が入ってますが、無理をなさっているんですね……」


 店員が僅かに俯いて、不安そうにまつげを揺らした。


 ……あれ? もしかしてこの人。


「命を落として欲しくない……と思うのは、変ですか?」


 ここで必殺上目遣い。

 これには晴輝もたまらない。


「へ、変じゃないです!」

「じゃあ、もう少し良い防具を装備していただけませんか? でないとアタシ……」

「かか、買います! あなたのために!!」


 晴輝の返答に、受付の女性の瞳が怪しく輝いた。

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