珈琲

五十嵐 響

ミルクと砂糖

豆を挽く音がゴリゴリと静かな部屋に響いていた。

目覚めた京子は寝癖がついた髪を確認しながら起き上がった。

コーヒーの香りがする。

昨日、付き合っている彼の家に泊まったことを思い出した。

「おはよう。こうちゃん。」

「おはよう。よう寝れた?寝癖ついてんで、かわいいな。」

康介は京子の寝癖を直すように頭を撫でた。

「こうちゃんだって寝癖ついてるよ。」

「え?ほんま?直して〜」

康介は屈み京子の目線の高さに合わせた。

「しょうがないな〜」

京子は寝癖を直そうと近づくと正面から向き合う状態になった。

近さに驚いた京子は半歩下がろうとしたが康介がそれを許さなかった。

「おはようのチュウしてへんで。」

軽く触れるだけのキスをされ赤面している京子に笑いながら雑に頭を撫でた。

「慣れへんな。ええことやけど。」

髪で顔を隠している京子を微笑みながら見つめていた。

「朝ごはんにしよか。コーヒーがひやこくなるで。」

「ひやこ?」

「ああ、ごめんな。冷めてまうで。」

康介は関西の出身のため東京育ちの京子が知らない方言で話してしまうことがある。

京子はそんな康介の関西弁が大好きだ。

「冷めることをひやこくなるって言うの?」

「ひやこいが冷たいって意味や。」

「かわいい。使っていこ!」

「ええから食べるで。」

「はーい。作ってくれてありがとう。」

「どういたしまして。」

「「いただきます。」」

トーストと目玉焼き、サラダと喫茶店のモーニングのような朝食だ。

「こうちゃんが作る朝ごはんはおしゃれだよね。私も作れるようになりたい。」

「俺は京子の作る朝ごはんの方が好きやけどな。」

「じゃあ明日の朝は私が作るね!けどもう一泊しても大丈夫?昨日も急に来て泊めてもらってるし。」

「なにゆうてるん。ええに決まってるやろ。むしろ休日に京子とおれて最高やわ。」

「ありがとう。なら今日着替え取りに帰ってまた来るわ。」

「ほなら俺もついて行こうかな。ついでに夕飯の具材買って帰ろや。」

「了解!」

「昨日かなり酔っとったけど大丈夫なん?二日酔いとかになってへん?」

「同期の相談乗ってたらすごい酔っちゃったのよ。急に来ちゃってごめんね。起きてすぐ言うべきだったわ。」

京子は足元をじっと見下ろした。

「ええんやで。なんなら昨日の夜も聞いたで。むしろ今週会う予定じゃなかってんじゃなかったから嬉しかったで。」

康介の優しさに京子の表情は明るくなった。

「来週会う予定だったもんね。付き合って5年だね。」

「ちょうど記念日が三連休でよかったわ。」

「そういえば来週どこ行くの?教えてもらってなかったわ。」

「ええ、内緒や。けどかわいい格好してきてな。楽しみにしてるで。」

「ちゃんと気合いの入った格好するけど。教えてよ。」

「内緒や!絶対言わへん!」

絶対に口を破りそうにないので京子は諦めた。

食事を終えると京子は洗い物をし、康介は趣味のカメラの手入れをしていた。

洗い物を終えた京子は康介の隣に座りただ康介の作業を眺めていた。

「見てて楽しい?」

「うん。すごくおもしろい。私もカメラ始めようかな。」

「俺のカメラ貸したる。」

「いやいや!大切なもの借りれないよ。」

「ええんやで。彼女やん。そんなケチちゃうわ。」

「じゃあどうしても撮りたい時に借りるね。」

ふと康介が時計を見ると11時半だった。

「京子、昼や。どないする?」

隣を見ると小さな寝息が聞こえた。

「静かやと思ったら寝てたんか。」

そっと康介はカメラを構えて隣で寝ている京子にシャッターをおろした。

何枚か撮っているうちに京子が目を覚ました。

「寝ちゃってた。ごめん。」

「ええよ。おかげでええ写真が撮れたわ。」

「え!寝顔撮ったの!すっぴんだし恥ずかしい。やめて。」

「俺の腕はええからかわいく撮ってる。安心しい。あと誰にも見せへんから。」

「ええ。」

不満げな顔で康介を見上げる。

すると何かを思いついたように顔を明るくさせた。

「こうちゃん!カメラ貸して。」

「なに撮るん?」

「内緒。」

康介は操作が1番簡単なカメラを京子に渡した。

カメラを受け取った京子はレンズを康介に向けた。

「なんや、俺を撮るんかい。」

「こうちゃん、笑って。」

「男前に撮ってな〜」

何枚か撮っている京子の顔が赤くなっていく。

「なんで照れてんねん。」

「なんでもない。カメラありがとう。楽しいね。」

「なんや気になるな。」

康介は京子が撮った自分を確認した。

京子の想像以上の腕まえに感服した。

しかし、赤面した理由は分からなかった。


一緒に京子の家に荷物を取りに行き、買い物も済ませた帰り道は家々の白壁が夕陽を照り返して明るかった。

「京子、今度から少しだけ着替え俺の家に置いとき。毎回取りに帰るん面倒やろ。」

長く付き合っている割に京子の私物は康介の家にはなかった。

「けど、邪魔にならない?」

「邪魔じゃないで。それに京子も来やすくなるやろ。」

「じゃあ、少しだけ置かせてもらおうかな。歯ブラシだけでも。」

「歯ブラシだけかい!」

「服とか置いてたら、こうちゃん変なことに使いそうだもん。」

「それは約束できへんけど。」

「ほら。歯ブラシも置かせてもらうのやめようかな。」

「嘘や、嘘。触らへんから。」

「本当こうちゃんと一緒にいるようになってお腹引き締まったわ。」

「やろ?約束破らん男やから。」

康介は付き合う時、「腹筋が割れるほど笑わせるので付き合ってください。」と告白していた。

「こうちゃんのあの告白は後世に語り継ぎたいくらいに面白かったよ。」

「なんでや。こっちは必死やったのに。」

康介は京子とたわいもない話をしながらゆっくり時が進む空間が大好きだ。

康介の中で小さな確信が積もっていった。


二日間しかない休日はあっという間に過ぎていった。

「お邪魔しました。今週もお互いお仕事頑張ろうね。」

「ほんまに帰ってしまうん。寂しいわ。」

「帰るよ。お仕事あるから。」

「ずっとおってええねんで。」

「もう、こうちゃん。」

「わかった。ほなら京子からチュウして。それで我慢するわ。」

「ええ、恥ずかしい。」

「早よして〜」

康介に促され、京子は勢いよくキスをした。

「これでいいでしょ。」

「ええ、足りん。もう一回や。」

「来週ね!」

「ええ、待ってや。送っていくわ。」

「いいよ。こうちゃん明日朝早いんでしょ。」

「彼女を一人で帰すわけないやん。」

康介は京子を車に乗せた。

「ありがとう。」

「運転好きやし、京子とまだ一緒におれるやん。」

「運転してるこうちゃんかっこいい。」

京子は康介に聞こえない声量で呟いた。

「なんか言った?」

「ううん。何も言ってないよ」

「俺かっこいいって聞こえたで。」

「え!嘘!」

「え、待ってほんまなん。」

驚いた康介が京子の方を向いた。

「危ないから前見て。」

「ごめんやで。けどまじか。そうかそうか。」

康介はニヤッと笑った。

車内にはエンジン音とラジオが満ちていた。

しばらくして京子の家に着いた。

「送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね。」

車を降りよとする京子の腕を掴んだ。

「来週言う予定やったんやけどな。京子、結婚しよ。」

突然のことで京子は目を見開いた。

「来週ちゃんと言うから考えといて。」

頷くことが精一杯の京子の頭をくしゃっと撫でる。

「しっかり寝るんやで。おやすみ。」

その夜、京子は布団には入っても眠ることができなかった。


「俺と結婚してください。」

「はい。よろしくお願いします。」


朝からコーヒーの香りがする。

シルバーリングに朝陽が反射している。

寝ぼけ眼で左手を見る。

「おはよう。」

「おはよう。」

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珈琲 五十嵐 響 @maashii55

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