たまに叫びたくなる私

 私は、とっても地味な子だと自分でも思う。


 真由子は、学校では規則を守るいい子だ。たぶん、きっと優等生。趣味なんてないんじゃないのかっていうくらい型にはまっていて、もしかしなくてもうざったい系。


「あれ、まゆぅ、なにしてるの」

「本、読んでるの」

「またぁ? 読書家だね」

「そうかな?」


 真由子は、実は、とても苛々していた。せっかく、いいところまで読もうとしていたのに。

 けど、そういうことを口にだしていえない小心者の私は――真由子。


 時々、私は自分のことを心の中で客観的というのか、お話の主人公のように扱うときがある。

 けど、真由子の物語は、本当に味気ない物語でしかない。ワクワクする冒険もなければ、めくるめく王子様とのラブストーリーもない。お金持ちでもなければ、とりわけ秀でたものがあるわけでも、美人でもない。

 きっと、誰にも読んでもらえない面白みのまったくない物語。

 ううん。読み手は、ここにいる。

 真由子っていう面白くもない女の子の話を読んでるのが、私、真由子なんだ。どんなに面白くないとわかっていても手放せない本。それが真由子。

 けど、こんなこと誰にもいえない。変におもわれたくないもの。


 読書家の地味でダサい真由子ちゃんは、人と接するのがへたくそで、よくよく人をしらけさせちゃう。


「ね、まゆぅ、次さ、授業じゃない? 英語の問題、写させて」

「えっ」

 自分でしろよ、それくらい。

 いやな子とおもわれたくないから、机からノートを取り出す。

「あー、わたしも」

「あたしもおねがい」

 友達と、そうじゃない子もいっぱい寄ってきた。

 彼女たちは床に腰掛けたり、机の上にのったり、くちゃくちゃとダムを噛んで、笑いながらまわされていく私のノート。

 ミニスカからみえる生足と太もも。ああいうのがいいのかしら。あ、パンツ丸見え。


「げー、男子がみてる」

「エロ目じゃん、サイテ」

「まゆぅ、借りるよ」


 こんなとき、物語の真由子は毅然と立ち上がって、

「いい加減にしてよね」

 なんて啖呵をきって、ノートを取り返してしまう。自分でもうっとりするくらいにかっこいい真由子。

 けど、それは物語の真由子。

 私は、ただぼーっとまわされてもみくちゃになるノートを見ているしかでなかった。


 私には、もうひとつ秘密がある。

 それは、たまに叫びたくなること。

 これって、情緒不安定のせい? 学校の相談室いき? それとも精神科? ……いやだなぁ。


 学校が終わった帰り、真由子は、自転車に乗って、ただひたすらにペダルをこぐ。こいで、こいで、風が頬にあたって冷たいのに目がじんわりと滲む。

 ひたすらに、ペダルをこいで、さて、どこにいくの? 真由子ちゃん



 私は、海に来た。

 叫ぶといったら、ここだろう。

 青春には、なんでか夕暮れの海がつきものだ。

 けれども、いざ叫ぼうとしたら、ざざんと波の音、夕日がきらきらと輝いているのについ目を奪われる。そうなると人の目とかあるんじゃないかなっとおもって――そもそも、海に用もなくくる物好きはいないし、家と学校からとっても遠いところを選んだけど、知り合いがいたら、困る。

 叫ぶのがばかばかしくて、心の中で――物語の毅然とした真由子は、両手を頬に当てて

「うみのばっかやろー」

 なんて青春をしている。

 それを読む私は、砂浜にたいそう座り。

「うみーは、ひろいなー……あれ」

 音痴な歌を共にしてきたのは、……クラスの男子だった。

 名前は、なんだったけ?

 というか、なんで、ここにいるの。この人

「えーと、えーと、ごめん、名前知らないけど、クラスで、いつも本、よんでるよね? なにしてんの、こんなところで」

「……たそがれてるの」

「ふぅん」

 そういって横に腰掛けてきた。

 なんだろう。

「俺は叫びに来たの。お互い青春してるよね」

 ちょっとだけ、驚いた。

 私みたいに叫びたいという人はいるらしい。

「叫ぶっていても、なに叫べばいいのか。わからなくて、歌うたってたんだよね。ほら、海をみると自然と歌いたくなる」

「ないと思う」

「そんなことないよ」

「叫び、たいの?」

 私は、隣の彼をみて尋ねた。

「たまにね。ストレスが多い現代社会ですから」

 そういって片手にもっていた袋から缶コーヒーと肉まんを取り出す。ひとつしかない肉まんを二つにわって、自然と私に差し出してくれた

「いいの?」

「いいよ」

「ありがとう」

 ほかほかの肉まんは、暖かくて、おいしい。

「私も、本当は叫ぼうかとおもったの」

「まじ?」

「まじ。けど、うまくさけべなくて、たそがれてみたの。こういうのってへんかな?」 

「普通だよ。あのさ、俺が思うに。みんなたまに叫びたいって思うわけよ。へらへらしてたり、自分勝手なやつも、俺さ、クラスではわりかと気楽なやつなわけよ」

 それは知ってる。

 クラスみんなで騒ぐときは、真っ先に自分で騒いで、みんなを扇動しているやつだよね、きみ。

「友達連中と、馬鹿するやつだって、ストレスあるさ。ほら、担当のゴリラみたいな、こいつ、人間かっておもえるやつでもさ、あるんじゃないのかな? みんなそれぞれ、悩みはあるし、問題はあるんだよ。ちっちゃいことでも、あー困ったってさ」

 その言葉に私は、少し笑った。

 担任は、確かにゴリラに似ていて、ああ、人間って、猿なんだって思わされることがしょっちゅうある。

「けど、よくニュースでね、今時の子はわからないって……叫ぶのとか、大丈夫なのかなって」

 変じゃないのかな?

 みんながみんな、こんな風に叫びたい事とかあるのかな。あるとしても、実際にこんな風に叫ぶ事なんて無いじゃないのかな。

「けど、それいうと、昔のやつなんて、さらにわかんないじゃん。お前さ、わかる? お立ち台とか、青春して、殴り合いとか」

「なに、それ」

「昔は、そういうのが流行ってたらしいぜ。だとすると、いまどきの大人のほうがわかんねーよな。そんな青春って楽しいのかって。別にさ、俺は熱血もいいと思うけど、ヤンキーとか、学校戦争とか、もう、ばっかみてじゃない? いまどきの奴っていうけど、ノリいいやつはいいし、楽しいの好きなやつは好きだし、そういうところはさ、人間、変わらないんだよ。たださ、ちょっと違うじゃん。その楽しいものってのが、そういう価値観ちがうからって、うっとしーつーの」

 ずずっと缶コーヒーを飲みながら、唇をたてて熱弁する、彼はなんだか悟りを開いた……ブッタとか、釈迦様みたい。

「今時の大人って、マジで解んないから困るよ。あ、けどさ、海に向けて叫ぶなんて、昔の大人よろしくって感じだから、じーさんと、ばーさんなんかがみたら、「青春してるわねー」とかいったりしてー」

 彼が最後の「青春してるわねー」箇所だけばーさまやじーさまの真似なのか声を裏返すのにはとうとう笑ってしまった。

「アハハハ」

 苦しいくらいに笑うと腹がねじれて痛くてたまらなくなった。

忘れていたが下は砂だ。笑い転げると砂が風に待って、目やら口やらにはいる。

 ああ、痛い。

 けど、制服が砂に汚れていくのは気にならなかった。

 ようやく、笑い終えると、彼は私をみてニィと笑った。

「たまにさ、叫んじゃえば?」

「笑うと、叫ぶ気なくした」

「そんなもんじゃん? あ、ねぇ自己紹介しない? たまには、ここで叫ぶ友の会ってことで」

「やだ、そのネーミング」

 笑いすぎて、まだお腹は痛くてたまらず、目からは涙が溢れ出していた。

 夕日に染まった海が、赤々と揺らいで、とってもきれいだった。

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