ボケる女とつっこむ男

 カフェの窓際の席に男と女が向き合って座っている


「おい、そろそろ、ボケるのも大概にしろ」

「なんの話? 私はちゃんと話をしているわ」

「お前、そうやって、のらりくらりと、まさに骨のないイカか、はたまたタコか、いいや、クラゲだ。海の中を漂うことしか知らないクラゲだっ」

「クラゲ、ああ、そうね。それっていいわね。けど、あれでクラゲも必死に泳いでいるのだから、たとえとしては不適切。いうなれば、私はワカメよ。地面にぐさっと心地よいぐらいに突き刺さって、もうてこでも動かず、そして海にざらざらと揺らされる。そう、私ってば、実はふらふらしているようで、地面にぐっさりと足がついた女なの」

「揚げ足をとるな」

「揚げはすきだけど、足は嫌いよ。なんか臭そうだもの、あなたの」

「おい。毎日、営業してるサラリーマンの足を嘗めるなよ。もう、すげぇぞ、臭さなんて殺人並みだぞ」

「近寄らないで! それって、ある意味では殺人鬼? 人を殺し歩くってやつ? そこまでいくと、足の裏で水虫以外のおそろしい新たな生物を作ってそうね」

「失礼な。毎日風呂はいって、洗ってるぞ、俺は」

「……馬鹿ね、軽いジョークよ。この、なに台風と洪水とさらにはアリ同士の大戦争のような緊迫した雰囲気を緩めてあげたのよ。あら、私って優しい子」

「なんか、最後だけ妙に小さくないか規模が……てか、自分で自分のこと優しい子とかいうなよ。お前はだいたい」

「ありさんたちの戦争をなめちゃだめよ。知ってる? ジャングルでは、ありが列をなしてるけど、触れちゃだめなの。なんといってもやつらは肉食動物すら軽く食い殺すのよ!」

「そんなことを、もう太平洋湾の荒波に立ち向かう男のごとく気合をいれて叫ぶな。てか、テーブルから足どけろよ。俺のコーヒーを倒しやがって、てめぇ」

「ふぅ、みんなこの美しさに見入ったものね。私ってば罪な子、うふふ、男なんてみんな私にたかる昆虫なのよ」

「ただお前が変なだけだよ……はぁ……お前のその、なんともいえない対応には、だいぶ慣れてきたぜ、俺も」

「そう?」

「ああ」

「甘いわよ。私のことを知っているなんて、あんたはまだまだナイアガラの滝でいうところの、ほんの山のところ、地中深く根を張り、いままさに地上へと流れ、ようやく川になろうとしているところ。富士山でいうところの六合目!」

「それ、どういう基準なんだ」

「私が基準」

「あーもう、つっこまないぞ。お前がすることについては……つっこんじゃだめだと、なんとなくだが察しがついた」

「あら、あなたはつっこまずにいられるの? たとえば私が目の前で男の人に」

「口説かれても、とめないぞ」

「やおいの女王ですか、ファイナルアンサーと問われて、あと賞金百万まで一歩だったとしても?」

「……どういう質問だ。そして、一体、いつのまにその手の話になった」

「ねぇ、そろそろ」

「んだよ。もうボケるなよ」

「私はぼけてないわ。あんたが、いちいち話を違う方向にずらしてるんでしよう? そろそろちゃんといってちょうだいよ? この目の前にあるものの意味を」

 

 女の言葉に男は黙った。

 二人の間には、男の給料三か月分のきらきらと輝く指輪があった。

 男は、もうボケて逃げられないと悟り、顔を真っ赤にして女を見た。


「給料三ヶ月分だ」

「安易すぎ。五点」

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