チョコレート日和
優しい陽射しの下、妃美は大あくびを零した。昨日も昨日で徹夜でゲームをしていて、寝不足だ。おかげでばっちり目の下にクマが出来てしまい、それを誤魔化すのに大変な努力をせねばならなかった。
これでもうら若き十六歳、美容は気にするお年頃だ。欠伸だってちゃんと手をあてて……と思うのだが、今のはつい油断して口をめいいっぱいに開けてしまった。まぁ、家への帰り道、誰も見ていな
「お前は、どうしてそう堕落してるかねぇ」
呆れた声に妃美はぎくりと横を睨みつけた。
「いまの見た?」
「ばっちり、お前の虫歯の数まで覚えちまうぜ」
「う、うう」
「お前って女として軽く終わってるよな」
「うるさいぞ。孝道、てか、私の背後に気配を殺して近づいたら死ぬんだからね」
「お前はゴルゴか。後ろじゃなくて、横だぜ」
「うっさい。ああいえばこういう」
「お前はこういえばああいう」
あああ~~。妃美は頭を抱えて叫んだ。
この幼馴染はいつもいつもいつもいつも……妃美の言葉の揚げ足をとって苛々させてくる。
腹が立つことに、高身長、すらりとした無駄のない筋肉。顔もそこそこ整って、日本人らしいのっぺりとしたさしたる特徴もないが、整った顔立ちだ。唯一、注目する点であるとしたらいやに鋭い目というところか。あとこれだけの筋肉を持っていて部活はスポーツ系ではないということ。
「部活はどうしたのよ」
「今日は先輩たちが休みにするとさ。……女は好きだよな。バレンタイン」
ぶっきらぼうな言葉に妃美はふんっと鼻で息を吐く。
「手づくり?」
「家庭部なんだ。当たり前だろう」
こんな見た目で家庭部とかないわー。
わりとスポーツも出来るため数多のスポーツ部が欲しがったが、それをすべて蹴って
「俺、家庭部にはいります」
――なのだ。
それも裁縫も、料理も、かなりうまいとか女子に喧嘩売ってるのか、お前。というヤツなのだ。
ただし本人は甘い物が嫌いだ。
料理はするが、わりと少食だったりする。これこそまさに喧嘩を売っているだろうと言いたくなる。
「手づくりのチョコをあげるなんて先輩たちったらリア充―」
「前から気になっていたが、そのリア充ってなんだ? リアルちゅーか」
孝道の言葉に妃美はますます眉間に皺を寄せてけっと吐き捨てた。本物のリア充人間というやつはパソコンの専門用語なんざわからないらしい。
「うっさいな」
「そういう、妃美、お前、部活は?」
「今日は休みよ。先輩たちが、イベントの追い込みかけてるのよね」
「前から気になっていたが、お前の部活って、ときどき変な時期に忙しいよな」
妃美は聞かなかったことにしておいた。
そりゃ、あんたはカタギなんだから不思議でしようよ。私はオタクだもんね。と心のなかでだけ言い捨てる。
幼馴染――というと、どうもみんなが想像するが、幼い時には結婚しようとか、恋人になる……ない、ない、ないない!
妃美は物心ついたときから漫画、ゲームが大好きだ。たいして孝道は真人間。なにに興味があるのかわからないが、とりあえず横にいた。
一時、妃美は孝道に漫画の知識をいれてやろうとしたが真人間にはいくら教えてもついてこれないオタクな道があるものだ。
ゆえに二人の間には時間が経つに従って大きな溝が、それは超えられない川のように流れている。
「ま、私はチョコなんてあげないし。あんたの与えてくる甘いもののせいでぶつぶつが出来ちゃったし」
甘いものを食べないが部活で作る孝道は、まるで野良犬に餌をやるように妃美にケーキやクッキーを寄越してくる。それもおいしいのだ。腹が立つことに病みつきになってしまうくらい。なんで男のくせして、と思いながらも完食させられてしまう。くやしい!
おかげさまで恥も恥じらう十六歳――オタクだけど――ぷくぷくに太ったし(体重計は敵)、肌はお手入れするのをときどき怠けるためにニキビが出来てしまった。これでも一生懸命にオタクであることを隠すために努力しているのに、孝道はそれを日夜壊そうとする。こいつは敵だ。
オタク女というものは、日々、現代社会に溶け込むもの。
それはまさに古き良き忍びのように。
しーかし、どうも妃美はもともとのすぼらさにあわせて、このおん敵に忍ぶ邪魔をされてしまう。
「そうか? これ」
「なによ、今回は」
「ガドーショコラ」
差し出されたピンクの可愛らしいラッピングに妃美は胡乱な目を向ける。
「また難しいもんを」
「わりと簡単だった。食べるか?」
「……いや、にきびが」
「じゃあすて」
「もったいないお化けがでるっ! 寄せ、この馬鹿! ポイ捨て駄目。絶対だめ」
驚くほどあっさりと道に放り投げようとする孝道の手から袋を受け取って、黒く柔らかなガトーショコラを口のなかに無造作に放り込む。
歯で噛んだとたんに、苦い甘みが口いっぱいに広がる。ややかたい生地はチョコの旨味を凝縮して襲いかかってくる。思わずチョコの津波だ、などと面白くないコメントをしそうになる。
「……あまくて、おいしい」
「そうか。また作るか? ゲームするときは目が疲れるから甘いもの食べたいんだろう?」
「うん」
家が隣、それも二階でベランダ越しに互いの部屋に移動できる――これは妃美としても「いいのか、おい、両親」とつっこむが無視された。まぁ相手がおん敵であるので、あまり気にしない。おん敵が来たとしても、部屋を片付けて、甘いものを寄越してくるだけなのだから。
「私さ、あんたのお菓子のせいでニキビが出来てると思うのよね」
「……いいんじゃないのか?」
「体重もぷくぷくになっている気がするのよ」
「……いいんじゃないのか?」
「おい」
「全部俺のせいにしていいんじゃないのか?」
妃美はむっと孝道を睨みつけるとぽんっと頭を叩かれた。
「今のお前を全部俺が作ったんだ。責任はとる」
「……は」
「今の俺もお前で出来たんだ。責任はとれ」
横から見上げた顔はいつもと同じでとくに表情らしいものがないように思えるのに、さらりと言いきる言葉に頬が熱くなってきたのを感じて妃美は慌てた。違う、違う、違う。こんなのなんか違うし。
「……私、オタクだから二次元の男しか興味が」
「ああ。あのベッドの下の薄い本な。なんか尻の位置や肛門とかがおいしいよな」
「ごふ、ごふ……」
気管にガトーショコラがはいって妃美は咽た。孝道の手がぽんぽんと背中を叩いてくれたのに涙目で睨みつけた。
「俺、昔からお前のこと好きだったぞ」
「まったく知らないんですけど」
「鈍いな、お前も」
「忍者かおぬし!」
「で、どうする?」
なにをと聞いたら爆弾投下されて、敬礼して散るしかないように思えて黙るしかない。
「と、とりあえず、ホワイトデーは三倍でくれ」
またもらうのは私なのかな。自分で言ってておかしいと思うが、孝道はそうではないらしい。
「……今度はホールケーキでも作るか」
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