第3話

 気が付くと僕は薬缶の声と毎日話をしていた。

 火星では薬缶がラジオになると思っていたが、どうやら一方的に音を聞くのではなくこちらからの声も届くみたいだった。


 今まで何度も湯を沸かしてきたというのに気づかなかった。


 薬缶の向こうの声の主は金星に住んでいて、毎日料理を作るのに何時間もかかっているらしい。

 金星では鍋は使えるけれど、電子レンジは使えない。


「料理はきらいじゃないけれど、うんざりしちゃう。だって他のことに時間を割くことができないんだもの」


 薬缶の向こうの彼女はそう愚痴る。

 だけれど、少し楽しそうだった。


「料理って楽しいのかい?」

「楽しいわよ。特に自分のためだけじゃなくて、誰かと食べるために作るのは」


 彼女が笑うと同時に薬缶がクックッと揺れた。


「ねえ、電子レンジだと一瞬でいろんな料理ができちゃうって本当?」

「まあ、本当であると同時に嘘でもある」


 僕は、電子レンジで食べるインスタント料理について説明すると彼女はびっくりとしていた。


 火星と金星は大違いだった。

 火星では鍋が使えないけれど、インスタント料理が簡単に手に入る。

 金星では鍋が使えるけれど、インスタント料理みたいなものはなくてみんな一から料理を作る。


 知識としてはあったけれど、なんだかこうやってそれぞれの星の人間同士で話すのは不思議な感じがした。


「ねえ、いいこと思いついちゃった」

「なんだい?」

「今度、私がパンを焼いていくから、付け合わせの料理はあなたの星のインスタント料理をもってきて。二人の食事を半分ずつ分け合うの」

「それは直接会うってこと?」


 僕が驚いて聞くと、


「そう、火星と金星のいいところを組み合わせたサンドイッチを作るの」


 彼女は涼しい顔(実際に顔をみることはできないけれど)でこたえた。

『火星と金星のサンドイッチ』を作るため、僕たちは今度会う約束をしたのだった。


 焼きたてのパンになにを挟もう?

 お湯で戻した即席の焼きそばか。

 季節外れの果物を食べるために冷凍していたフルーツジャムか。

 はたまた、ちょっと贅沢な肉の冷凍食品か。


 僕と彼女は『火星と金星のサンドイッチ』をつくるという名目のために、もうすぐデートをする。


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火星で鍋は使えません 華川とうふ @hayakawa5

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