ストーカー

防音室からは、父の弾くメロディーが何度も繰り返されるのが漏れ聞こえる。

武君はソルフェージュの手順をじっくりじっくり辿って、五線譜に音符を書き込んでいるはずだ。


私は、武君からもらった封書を一通取り出して、中の手紙を読んだ。


 手紙ありがとう。


そう、いつも毎回、この言葉から武君の手紙は始まる。


 でも。


そう。それで、その次は、いつも逆接の接続詞。

そしてそこから、私たちが別れていた方がいい理由が毎回綴られる。


武君から届いたそんな手紙が、数十通。

それは、私から彼に送った手紙と同じ数だった。


あの雨の夕暮れ、武君に別れを告げられた私は、ストーカーになることを決意したのだ。嫌いになられたのならまだしも、こんなのない。これではまったく納得がいかない。


私は武君が好きなまんま、なんの気持ちも変わっていなかったから。


そして、私は毎日、武君に手紙を書くことにした。

土曜も日曜もない。

毎日書いた。

その位しないとストーカーじゃない。


でも、驚いたことに、武君も毎日、それに返事をくれた。

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