第1話 心が読めたところで、何も変わらない。

「新城くんってば信じられない!」 



 廉斗と些細なやり取りを行った結愛は、少し早めについた移動教室でそう言葉を出す。




「結愛ちゃん荒れてるねぇ」

「だって新城くんがっ!」

「はいはい。また後で聞いてあげるからねぇ」

「子供扱いはやめて!」



 ここの学校の唯一の幼馴染である古水希空ふるみずのあにあやされながらも、結愛はブー垂れる。




「それにしても、結愛ちゃんがこんなに元気になったのはいつぶりかな」

「そんなの覚えてない、、」

「でも高校に入ってからよね?」

「そうかもしれないわ」



 子供扱いは辞めてといったはずなのだが、希空は変わらず結愛の頭を撫でている。それが実に心地よいので、希空の話が頭に何度もよぎる。




「ほんと、いつからだったかしら、、」



 頭をよぎったのがきっかけで思い出してみれば、多分それは2ヶ月くらい前の事だろう。ちょうどその時に、初めて廉斗との接点を持った。その時はちょうど文化祭が開催されるという時だったか。



 その時の記憶は今でも鮮明に覚えている。何故ならそれは、結愛にとってとても救われた出来事だったから。




「あら?結愛ちゃん?」



 その事を思い出している内に、結愛の意識は体から抜けていく。




「結愛ちゃん?大丈夫!?」

「希空……ちゃ、」



 普段より甲高く聞こえる希空の声を最後に、結愛の記憶はするりと抜けていった。






 小さい頃から人の心が読める結愛は、高校生になってからも、相手の心を読む事が出来た。これは生まれ持った力ではなく、後天的な能力だ。訳あって幼少期に相手の心を読もうとしたら、それが何となく頭に流れて来るようになったのだ。



 しかし、能力というほど便利な物じゃない。人の心が嫌でも聞こえてくるし、目に入る。それを能力というならぜひとも捨てたいくらいだ。こんな能力、あっても意味ないのだから。



 

「小南さん、おはよう」

「おはよう」



 そんな結愛は、学校が嫌いではないものの好きでもなかった。流石に学校中の生徒全員の心の声が聞こえてくるわけじゃないが、それでも自分の目の前にいる人間からは声が漏れ出ている。



 それを耐えず浴びさせられているのだから、気が落ち着かない。




(小南さん、今日も可愛いな)



 たった今挨拶をしたクラスメイトからも、結愛の耳には、目を合わせるだけでそう聞こえてくるのだ。自分の客観的容姿を褒められるのは悪い気はしないが、特に親しくもない人から胸の内にそう思われていると考えると、嬉しいようで少し怖い。



 まだクラスメイトだから良いものの、町ですれ違った人からも聞こえてくるので、それはゾッとする。




「小南さん?どうしたの?体調悪いの?」

「あ、いえ、そんな事ないわよ。少し考え事してただけよ」

「そう。なら良かったよ」



 結愛がボーッとしていれば、男子生徒は穏やかな顔色で近づいてくる。だが心の中は全然穏やかではない。



(何だよ。体調悪くないのかよ。……心配するだけ無駄だったな)



 今もニコニコと結愛に明るい顔を向けているが、男子生徒なんて心の中はそんなのもんだ。誰も心配して欲しいなんて頼んでいないのに、勝手に心配してきて勝手に呆れられる。



 表面上では良くしているつもりでも、心の底から心配してくれる人はいないのだ。まあ結愛も彼と同じく表面だけは明るく接して返しているので、強く言えた義理ではないが。




「はーい次の授業始まるわよー、席に座りなさい」



 数名のクラスメイトと軽く挨拶を終わらせれば、担任が教室に入って来た。次の授業はHRとなっているので、担任が来るのは当たり前だった。




「よし!全員いるわね」



 授業の初めに途中で抜けた人がいないかを確認した後、担任は教卓にドンと手を叩きつける。話し声が響いていた教室にはその音だけが響き、クラス全員の視線が、担任の方へと向いた。




「今日は文化祭の出し物を決めるわよー!」



 数秒静かだった教室内には、その言葉が耳に入れば騒ぎに変わった。文化祭。高校生の内の一大イベントの一つで、それの準備に取り掛かるとなれば、テンションも上がるのだろう。



 結愛はその気持ちに共感は出来ないが、周囲の反応やらを見れば分かる。




「おっしゃー!文化祭だぁー!」

「やっとかよ!」

「ねぇねぇ出し物何にするーー?」



 高校に入学してから半年近く経っているので、それはもう男女問わず賑やかだ。




(よっしゃ!女子に近づくチャンス!)

(ここで目立てばモテる!)



 結愛が文化祭が楽しみにならない理由の一つとして、男子達がこうも下心が丸出しだからだ。別にそれが悪い事だと思わないし、全員がそういうつもりでないのは分かっている。



 だが、初めから自分とは文化祭に対する思いが違うので、そりが合わないのだ。




「小南さんは何がしたい?」

「私?」

「そうそう。小南さんの意見も聞きたいしさ!」



 クラスの中心的な人物が結愛の側に寄ってきて、声を掛けてきた。聞くところによれば、彼は結構女子の間ではモテるんだとか。



 だからといって、結愛には全くもって関係ないのだけど。




「そうね。私は無難に展示とかで良いと思うわ。あ、でももちろん飲食系のお店を開くのも賛成よ」

「え、俺小南さんが受付にいたらめっちゃ嬉しいかも」

「あはは。私はそういうのは向いてないから」

「まじかー、楽しみだったのに」



 愛想良く対応して、悪印象は極力抱かせないようにする。いくら幼少から相手の気持ちが流れてくる結愛とはいえども、目の前で悪く思われれば多少は傷つく。



 

「おい、廉斗は何したいんだ?」



 結愛から意見を聞いた彼は、今度は違う人の元に行って意見を聞く。




「俺は何でもいいけど」

「釣れないやつだなぁ。折角の女の子との交流だぜー?」



 それが大っぴらげになって聞こえるので、心の声を読むまでもない。まあ内に隠してどうこうするよりは、こっちの方が全然安全ではある。




「あー、じゃあメイド喫茶とかか?」

「お前の趣味を押し付けてくんな!」

「そっちが言ってくるからノッてやれば!」



 結愛の中の廉斗に対する印象は、特別明るくはないが、クラスの中ではノリが良く、男女問わずに好かれているという印象だった。現に、こうして男子のモテ男と軽快なやり取りをするくらいなので、決して陰気さは感じない。



 以前少しだけ話した時もそこまで下心があるタイプでもなさそうなので、結愛の頭の中に浮かぶ廉斗は人物像としては良い方だった。




「そろそろ話は終わったかしら。じゃあ小南さんと新城くん、詳しい話はまとめておいてね」

「分かりました」



 クラス委員である廉斗と結愛は、それらを任されて教卓の前に立つのだった。




「先生、私達のクラス出し物は展示になりました」

「あらそう。まとめてくれて助かったわ」



 授業1つ分をかけてクラス中で案を出し合った結果、結愛達のクラスでは展示をする事になった。理由は簡単で、一年目の文化祭はクラスの出店を運営するよりも、学校全部の展示や出店を見て回りたいからだった。



 展示品は、風船を使った小さめのモニュメントや撮影スポットを作るという事に決まった。




「新城くん、同じクラス委員としてよろしく頼むわね」

「こちらこそ、」



 これが結愛と廉斗の、一番最初の思い出深い出会いだった。








【あとがき】


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