第9話 騒がしい朝

 次の日。火曜日、俺は普通に学校に登校した。通学路は先日に調査する時でもう行く方法は覚えた。

 あのリムジン車に乗るのを拒んだ俺でもあった。

 だって、あのクソ長いリムジン車だぜ?入学式に注目されただろ?

 そんな注目されるが嫌いな俺は、自分の足で学校を登校するようにした。


「おはようございますわ。吉田健次様」

「あ、おはよう。仲戸川あゆみさん」

「今日は坂本さんとは別ですの?」

「ああ。あのリムジンには乗りたくないからな」

「律儀な人ですわね」

「いや、俺はあいつのことが嫌いなんだ」


 あゆみはふふふと笑い出した。

 律儀か……それは違うぞ。俺はただ、あの女と一緒にいたくないのだ。あの冷徹女と一緒にいると、鳥肌が立つのだよ!

 知っているか?俺が、彼女が気に入らない行動を取ると、彼女は俺に電気ショックを与えるんだぜ?ひどい女だよ。口論で勝てないと、すぐに電気ショックだ。

 ペットにそんな電気ショック首輪をつける飼い主はここにしかいないぞ。

 などなど、俺は文句を喉元まで貯めといて、吐き出さないようにしたのだ。


「かーけんきくん、コカコウ!」

「あん?」


 俺は意味をわからない音の声に振り向くと、そこには会いたくない少女の一人に出会った。それは、天川新名だ。彼女は食パンを咥えながら走ってきた。

 その姿はどこかの青春漫画のようだった。

 食パンを咥えて走って学校にくるって、本当にいるんだな、と俺は面白おかしく見ていた。

 すると、あゆみは手を腰に当てて、もう、と鼻を鳴らした。


「新名さん、前も言いましたわよね。食パンを咥えながら走るのは行儀が良くないって」

「ほへんほへん。ゴクリ、今日は朝が気持ちかったから、思わず食パンを咥えたくなった!」

「どうして天気の良さが食パンを咥えて走ることになったのが、わかりませんわ」

「え?朝気持ちいいと、走りたくならないかな?」

「なりませんわ」


 あゆみが怒鳴ると、新名はえー、と声を上げる。その後、新名は残っている食パンを食べ出す。もぐもぐと、食パンを一気に口の中に消え去った。

 こいつ、本当に常識を超えた、おかしな女だ。

 ばかと天才は紙一重、とよく言うが、彼女は典型的に天才であるのは間違いないのだ。昨日のバルーンアーツの作品は見事なものだ。

 メディアにも密かに注目されている。昨日のニュースにも取り上げられた。それは、俺がこの高校に転入することと、見事なバルーンアーツを作った新名の作品も紹介されている。

 芸術会のお偉いさんたちは俺の名前に浮かばせたバルーンアーツに感激し、『芸術家が芸術家を招き合う素晴らしい友情だ』など、訳もわからないことをほざく。

 俺とこの女を一緒にしないでくれ、頼むから!

 ともかく、新名の天才な行為と突拍子にない行動には周囲を驚かせてばかりだな。昨日のバルーンアーツといい、今日のパンを咥えて走ってくるにもいい。どちらも、人を呆れ出す行為だ。


「あ、そうだ!健次くんにお願いがあるんだ」

「ほう、俺にお願いか、なんだね?」

「美術部に入部してよ!今、部員が誰もいないだ!」


 そう来たか。と、俺は頭を悩ませる。

 実に言うと、俺はこの東京美高等学校の、美術部にも興味があった。

 それは、この学校の美術部に入部すると、必ずしも、東京藝術大学に入学できると、言う都市伝説を耳にしたからだ。

 その美術部はどんなスパルタ講師がいるのか、気にはなった。

 だが、俺の目標は「美」を知ることだ。

 美術部に入部するのではない、千花が言っていた「美」について気になったのだ。

 だから……俺は丁寧に断る。


「すまん。俺は一匹狼がいい。美術部には入部しない。俺は俺の方法で「美」を追求するのだ!」

「えー。嫌だ嫌だ嫌だ!入部してよー。先生も期待しているよ」

「あえてノーだよ。でも、ここで裸踊りするんだったら、考えなくもないぞ」

「わかった!裸踊りする!」


 と、新名は自分の服のボタンを一つ一つ外す。登校中の学生はたち止まって、新名が服を外すのをじっと見つめている。特にそこの男子はヨダレを垂らしながら、新名が服を脱ぐのを見ていた。

 この変態目!と俺は心の中で罵倒してやった。

 新名が服を半分脱ぐと、近くにいるあゆみは慌てて、新名の行動を止めようとする。

 まあ、半分脱いだから手遅れの部分もある。

 例えば、新名がピンク色のブラを着用していることに。花柄で、淡い桜色のブラが豊富な胸を包みているのは、実に女性の母性が感じられるものだ。


「ちょ、ちょっと!新名さん!女の子なんだから、ここで脱がないですの!」

「えー。でも、健次くんが裸踊りしないと、入部してくれないって」

「それは、……あなたからも何か言いなさい」

「うん。冗談だ。……まさか、本当にやるとは思わなかったよ」

「もう!健次くんのばか!」


 新名はシャツにボタンをつけないまま、怒ってこの場から去った。

 あゆみは、「ちょっと、ボタンを付けてから!」と、声を張ると、新名の後を追った。

 残された俺は、彼女の背中を見送るだけだった。

 やれやれ、騒がしい連中だ。もっと、こう静かに登校できないのかな。

 ともあれ、新名が俺に怒っているのは、裸踊りを命令されたことではなく、俺が本気じゃなくて、冗談で彼女に命令したことについて、怒っているのだろう。

 ふむ。少しイタズラが過ぎてしまったな。

 ……後で何かフォローして置こう。

 そんなことを思っていると、背後からじっと俺を見ている人がいる。

 俺は、その彼女と目線を合わせると、彼女は口を開く。


「か弱い女をいじめて、楽しいですか?」

「なんだ、愛香か。のぞきみは失礼だと、教われなかったか?」

「覗き見はしていないわ。いやでも目に入っただけだわ」

「あーそう」


 俺と愛香は一緒に歩き、登校する。

 校門から校舎という短い間ではあるが、俺は彼女と一緒にいるのに嫌悪感を覚える。なぜならば、いつでも飼い主は俺を電気ショックできるからだ。

 全く、どうして、俺は女に運がないのだろうか?

 美少女に買われるわ、ツンツンとする美少女に怒られるわ、天才常識破りの美少女になつかれるわ。

 やれやれ、人生はうまくいかないものだな。……これも、神の試練というのか?


「それより、今日の夕方から、フリーマーケットがあるのをご存知かしら?」

「はあ?フリーマーケット?」

「そう。この学校のちょっとしたイベントね。入学のお祭りのようなものよ」


 次に愛香は屈託のない様子で語り出す。

 そして、グラウドで生徒たちが何かしら準備しているのを眺めながら、解説をする。


「フリーマーケットに、この学園の生徒たちのハンドメイド作品を販売できるイベントよ。売るものの制限はなくて、料理からアクセサリーまで販売していいイベントよ」

「幅広いな、なんでもオーケーなのか?」

「ええ。ハンドメイドであれば、なんでもいいよ。危険物じゃない限りは問題ないはずよ。まあ、屋台の一環だと思えばいいわ」


 愛香は髪を揺らしながら、そう答えた。

 涼しい春風が乗ってきて、彼女がつけている薔薇の香水を運び出し、俺は気持ちよく、感じる匂い。

 俺は考える。このイベントでお金儲けできるイベントではないかと、神に与えられた能力があったこそのものだ。ここで活躍する時が来たのだ。


「よし、決めた。俺も何か出店する」

「え?あなたが?」

「ああ。その手続きはどうすればいい?」

「……花びらの会が管理している管轄よ。だから、仲戸川さんに連絡すれば、手続きしてくれるはず」

「わかった。昼休みに彼女と連絡してみる」

「何か出店するのかしら?」

「ああ。出店するさ。それも誰も予想していないものをな。楽しみにしていろ」

「ええ、楽しみにしているわ。なぜならば、私はあなたの大ファンだから」


 俺がそういうと、彼女は髪を解き出し、微笑を浮かべた。綺麗な顔がそこにあった。

 な、なんだ。こんな清楚な表情をしているのは、俺が知っている愛香ではない。彼女がこんな嬉しそうにする顔をする人間ではない。

 そんなに俺のことを期待するな、俺は一人の人間だ。そんなに期待されても、何もできないぞ。ただ、このイベントで金儲けができないか、考えただけだ。

 と、そんな雑談をすると、校舎内に入り、俺たちは自分のクラス1年A組にやってきた。これから退屈な、退屈な授業が始まろうとしていたのだ。

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