46話・決闘の後で

 ローガンに支えてもらって何とか立っていたラシオスは婚約者の姿に目を見開いた。普段は澄ました顔を不安そうに歪め、泣きそうな表情をしている姿を見るのが初めてだったからだ。

 手入れの行き届いた長い金髪が乱れるのも綺麗な靴が土埃に汚れるのも気に掛けず、フィーリアは闘技場の中央にいる二人の元へと駆けていった。


「御二方とも、お怪我は!?」

「な、ない」

「僕も」


 フィーリアの勢いに圧され、二人は素直に答えた。

 ローガンもラシオスもボロボロだが、ほとんどが疲労のせいである。傷らしい傷はない。最後に手首を打たれたローガンも、ガントレット越しの衝撃で痺れただけで打ち身にすらなっていない。


「ああ、ご無事で本当に良かった……!」


 無傷であると確認して、フィーリアはホッと胸を撫で下ろした。安堵で表情が和らぎ、年相応の笑顔を見せる。その様子に、ローガンもラシオスも釘付けとなった。


 今回の決闘騒ぎは大公妃メラリアを現行犯で捕縛するために仕組まれた舞台。彼女の興味関心を引くために用意されたカードが『王子同士の婚約者を賭けた勝負』だった。遠縁であるフィーリアが賭けの対象と知れば、メラリアは必ず何か仕掛けてくる。そう踏んで、ブリムンド王国とアイデルベルド王国の国王が筋書きを書いた。


 ローガンは最初から全てを知った上で台本通りにラシオスに決闘を申し込んだ。もちろん、彼のフィーリアへの好意は本物である。


 しかし、ラシオスは何も知らされていなかった。演技ができるほど器用ではないと父王から判断されたからだ。実際、何も知らずにいたラシオスは必死になって実力以上の戦いを見せた。


「ラシオス様、こんなになるまで……」


 完璧な王子であろうとするラシオスは、身なりから立ち居振る舞い、言動まで、一分の隙もない存在であった。その彼が大勢の観客たちの前でなりふり構わず戦う姿を見て、フィーリアは胸を打たれた。

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