36話・ラシオス対ローガン 4

 ラシオスは肩で息をしながら木剣を握る手に力を込めた。

 決闘が始まってから十分ほど過ぎた。一度は膝をつき、剣を取り落としてしまったものの、まだ立っている。いつもならとっくに退いている頃合いである。

 しかし、フィーリアに酒を飲まされたラシオスは理性というリミッターが外れている。恐らく明日以降は筋肉痛でまともに動けなくなるだろう。


「ラシオス殿、息が上がっているぞ」

「……ッ」


 最早ラシオスには言い返す余裕もない。

 ローガンは肩を竦めて笑った。


「この決闘、何故受けた」


 突然の問いにラシオスがローガンを見た。婚約者フィーリアを奪われそうになったのだ。受けて立つのが当たり前ではないか。そう思いながら、無言で睨みつける。


「俺と戦うより先にやるべきことがあったのではないか?」

「……は?」


 話をしながらも、二人は剣を激しくぶつけ合っていた。額からこぼれた汗が散り、陽の光に煌めく。ラシオスほどではないが、ローガンにも疲れの色が出ている。無駄話のように思える問い掛けは手数を減らしたことを悟られぬため。


「婚約者らしいことならしてきた」

「ほう?」


 ついに、ラシオスが口を開いた。

 足を止め、木剣を構え直しながら呼吸を整える。


「公式の宴には必ず共に参加するし、学院では同じクラスに所属しているし、昼食も一緒だ。月に二度、侯爵邸の茶会で顔を合わせている!」

「お、おう」


 珍しく長く喋ったラシオスに、ローガンはやや引いた。その内容には甘さはない。単なる事実を述べただけ。


「そうではない。フィーリア嬢に自分の気持ちをぶつけたことがあるのかと聞いている」

「気持ちを?」


 ラシオスは首を傾げた。

 二歳の頃に親同士が決めた婚約者。将来フィーリアと結婚することは確定事項である。共に過ごす以外に何があるというのか。


 ふと、従者カラバスに『努力の方向性がズレている』と呆れられたことを思い出す。


「……僕はズレてるのか?」

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