第22話 サタンも怯える戦慄の「シャーク海峡」

 健人が山中と落ち合う男女群島の黒島沖合とは、


 男女群島から南に10km沖合に位置する離れ小島「黒島」からさらに南に30kmの沖合に位置する。


 この海域は、台湾から流れ込む「黒潮」の北側に位置し、黒潮の暖流に乗り、鰹、マグロ、そして、それを狙う鮫(青鮫)が群がっており、第二次世界大戦太平洋戦争末期、神風特攻隊の零戦が米軍艦隊の一斉射撃で撃ち落とされ、海面に不時着した日本兵を待ち受けるかのように青鮫が食い漁ったことから、その悍ましい光景を目の当たりにした米兵海兵隊から別名『シャーク海峡』と呼ばれていた海域であった。


 午前3時頃、健人は山中と落ち合うと、光進丸の生簀の中で右側頭部から血を垂れ流し、船酔いで気絶寸前の英一を引き上げた。


 山中の船にはもう1人乗船していた。

 中国人であった。

 その中国人は、首無し死体となり対馬海峡を丸太のように漂流している北野のヘ○インの取引相手であった。


 山中は、中国組織に金塊取引の際、猫島の光進丸の取引相手が転落死したことを伝達し、

 ヘ○インの元締めである中国人との連絡を取り付け、顧客の本人確認(英一)と北野に変わる取引相手の変更を行うため同行して貰っていたのだ。

 当然、北野の代わりは山中自身が行うつもりでいた。


 その旨を山中は、健人にはこう説明した。

「①ヘ○イン取引の継続を断ち切ると、中国組織から健人への危害が及ぶ可能性があること、②英一がヘ○イン取引当事者であることを否定し、全てを北野の責任に仕立て上げることを回避するため」と


 そして、山中は健人にこう言った。


 「このボンボンに復讐する前に10分間、ワシに時間をくれ。この中国人もせっかちなもんでな」と


 健人は山中にニヤリと笑いこう言った。


 「あの首無しの代わりに、あんたがヘ○インを仲介するわけだな。

 あんたも頭が良いですね」と


 山中は健人に言った。


 「そりゃそうたい!あんたが居なくなったら、この年寄り1人で金塊は引き上げられんたい!

 ヘ○インなら、わしでも簡単に引き上げられる。

 そして、このボンボンから、しこたま仲介料、踏んだ食ってやるわい!」と


 そして、山中は意識を失っている英一の身分をその中国人に説明した。

 中国人はネットでその旨を確認し、英一が国会議員であることに満足し、スマホの電子契約書に当事者「城下英一」、仲介人「山中五郎」と入力し、中国本土の本部に送信し、併せて、山中と英一を写メで撮った。

 そして、向かいに来た中国船に乗り込み、国境を渡って行った。


 健人は山中に、


 「始めて良いかい?」と聞くと、


 山中は健人に、


 「もう一つ念押しするたい。」と言い、


 気絶している英一の頬を引っ叩いた。


 「うぅ~」と言い、英一は意識を取り戻した。


 そして、改めて右耳から垂れ流れる血に気づき、


 「頼む!殺さないでくれ!何でもするから!」と命乞いを始めた。


 山中は英一に、カメラ画面にしたスマホを渡し、こう言った。


 「右耳を見てみぃ~」と


 英一は慌てて見てみた。


 「ひぃ~っ、ない!俺の右耳がないよぉ~!」と悲鳴のような声を上げ出した。


 山中は英一に言った。


 「あんたは耳なし芳一やわ!

 じゃけんど、痛くなかとね?」と


 すると、今まで痛みより恐怖心に駆られていた英一は、突然、右側頭部からの激痛を感じ出した。


 「うぎゃ~、痛い~、医者を呼んでくれ!」と叫び出した。


 山中は大笑いしながら、


 「こん太平洋の海の上に医者が居るはずなかろうもん!アホやなこん男。

 ええか、痛み抑えてあげるけん、待っとれ。」と言うと、


 山中は生簀にあるヘ○インの詰め込まれた真鯛を取り出し、その腹をナイフで切り裂き、ヘ○インの入った袋を取り出した。


 そして、バケツで海水を救い、ヘ○インの白い粉を混ぜ込んだ。


 山中は英一に問うた。


 「あんた、注射器は持っとるよね?」と


 英一は「うん!」と頷き、上着の内ポケットから注射器を取り出した。


 山中はそれを見て、健人を見ながらニヤリと笑った。


 察しの良い健人は山中に応えるようスマホを用意した。


 英一は既に我を失っており、早くヘ○インの麻酔効果により、側頭部からの激痛を和らげたい一心で自ら上着の袖を捲り、腕を差し出した。


 山中はバケツから海水の混じったヘ○インを注射器で吸い取ると、

 「ほれ!早よ打ちんしゃい。」と言い、注射器を英一に手渡した。


 英一は慌てて注射器を受取り、右手静脈に慣れた手付きでヘ○インを注入した。


 その様子を健人はスマホの動画に録画した。


 その時、「うぎゃー」と英一が悲鳴を上げ、右腕を押さえ、のたうち回った。


 山中は大笑いし、


 「アホやな、ヘ○インに海水混ぜたのを打ち込みやがったわ。

 静脈が腫れ上がるたい!」と


 そして、山中は健人に言った。


 「これで、こいつは中国マフィアからも逃げられん、その動画でマスコミ・ポリ公からも逃げられん。

 後は、あんたの好きなようにするが良い。」と健人の肩をポンと叩くと、

 自分の船に乗り移り、何も言わず去っていった。


 健人は心の中で山中に対して、

 「本当にありがとう」と礼を言うと、生きた人間とは思えぬ無感情の表情に変わり、のたうち回る英一を尻目に錨のロープを解き、錨を船首に引き上げた。


 そして、英一の首根っこを持ち引き上げると、顎を砕くように殴り、気絶させた。


 更に気絶した英一を錨を抱くようにロープでくびった。


 そして、錨ごと英一を海に蹴り落とした。


 「ドブンー」と鈍い音が海面に漂った。


 健人は錨に結束したロープを船のウインチに結び付け、ゆっくりと英一が抱き抱えている錨を下ろし、途中で止めて、予め、北野の脳みそと頭の残骸を入れたバケツを海に投げ入れた。


 そして、1分経つとウインチで錨を引き上げると、海面から恐怖に慄いた英一が急いで海面から顔出し、海水を吐きながら「ヒィー、ヒィー」と慌てて呼吸をし、健人に向かって叫ぶのであった。


 「さ、さ、鮫がいっぱい、喰われる、た、頼む上げてくれ、お願いです~」と


 それを聞き終わるのを待たず、健人は再び、錨を海底に沈めた。


 「ウグゥ、ウグゥ、ウグゥ」と言葉にならない叫び声を上げ、英一は再び、鮫の群がる海底に沈んで行った。


 そして、今度は2分沈めて引き上げると、英一の右腕は鮫に喰い千切られていた。


 英一は健人に命乞いを何度もした。


 「お願いです。お願いです。助けてください。お願いです。」と


 健人は本当ならこのまま英一を鮫の餌にしたかったが、ウインチで船上に引き上げた。


 右耳と右腕の半分を無くした英一は、余りの恐怖に痛みを忘れていた。


 健人は英一の意識のある内に、英一に約束を述べさせ、それを英一のスマホに録画した。


 英一は、健人との約束を言い終えると、やっと、激痛に気付き、「うぎゃー」と叫びながら、健人に泣きついた。


 「水を、真水をください。頼みます。」と


 健人は英一にベットボトルの水と注射器、ヘ○インを与えた。


 英一は慌てて、ヘロインをペットボトルに流し入れ、それを左手で何回も振り混ぜ、そして、注射器で吸い取り、半分無くした右腕の傷口の上にヘ○インを注入した。


 そして、英一は意識を失った。


 英一が意識を取り戻したのは、それから、三日間経ってのことであった。


 英一は、光進丸の操舵室に横たわっており、頭部と右腕には包帯が巻かれ、足元にはヘ○インの入った注射器が置かれていた。


 目を覚ました英一は、再び、激痛に襲われ、急いでヘ○インの入った注射器を右腕上部に差し込んだ。


 そして、ヘ○インの麻酔効果に酔いしれながら、胸ポケットに差し込まれた自分のスマホを見ると、太郎からの電話が何本も掛かっていた。

 日付は詩織の葬式の次の日となっていた。

 それよりも、嫌でも思い出さざるを得ない健人との約束の動画を見ると、また、諦めたように気絶した。


 熊本市で行われた詩織の葬儀には多くの住民、マスコミも押し寄せていた。


 その中、喪主である夫の英一の姿がないことに、参列者達は騒然としていた。


 太郎は焦燥しきっていた。


 「これで、英一の支持率はガタ落ちする。

 ワシも駄目だろう」と


 その英一が熊本市に戻ったのは、火葬も済み、初七日が終わった頃であった。


 英一は太郎や親戚に、「海に落ちて鮫に喰われた」と理由を言ったが、それを信じる者は誰もいなかった。


 太郎達は、英一の所属党に連絡し、英一が研究課題のため五島に向かう予定がなかったことを確認していた。


 太郎はその経験上、闇組織とのトラブルにより「リンチ」にあったのだろうと察していた。


 その頃、健人は山中の家に居た。


 そして、陽介にスマホでこう連絡していた。


 「五島での用事は、大方、済んだよ。

 後、1か月したら愛媛に戻るからね」と


 健人は、足元に置いた「白い粉」の入った袋をじっと見つめ、


「詩織、お前と再会しなければ良かったなぁ。

 俺ね、あいつ、殺したかったんだよ。

 殺して、アイツの身体、全て、鮫に喰わせたかったよ。

 俺ね、我慢したよ。

 お前の願いを叶えるために。

 我慢したよ…」と


 心の中で何度も何度も呟いていた。

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