ムケチョブンパ

玄門 直磨

ムケチョブンパ

 彼女は言った。

「最後の晩餐は何が良いって質問あるでしょ? あたしね、絶対ムケチョブンパって決めてるんだ」

 全く聞いたことの無い言葉。

「あれ? ケビン知らないの?」

 俺がポカンとしていると、彼女は驚いた様な表情を浮かべた。

「何だよそれ。ムケ、ムケ……」

「ムケチョブンパ」

「ああ、そうそうムケチョパンパ」

「ブンパだって、ブ・ン・パ」

 彼女が少し口を尖らす。軽く怒った時の癖だ。

「分かった分かった。んで、それがなんだって?」

「だから、最後の晩餐で食べたい料理の話」

 始めて聞いた料理名だ。本当にそんな料理が存在するのだろうか。俺も色々と世界を冒険したが、そんな料理名は聞いたことが無かった。

「一体どんな料理なんだよ。聞いた事ないんだけど」

「あたしもね、実物は見たことないんだけど、死ぬほど美味しいって言われてるの」

「死ぬほどねぇ。どこの国の料理なの?」

「それも良く分からないのよね」

「材料は?」

「それも不明」

「そしたら、そんな料理存在するかどうか怪しいじゃん」

「でも、存在はするの」

「実際食べた人は?」

「いない」

「ほらぁ、やっぱ無いじゃん。もしかして俺をからかってる?」

「そんな事ないって。どうして信じてくれないの?」

「だって、見たことも聞いた事も無いし、食べた人もいないんだろ? それを信じろって方が無理でしょ」

「ふ~ん。じゃあケビンは最後の晩餐は何が良いのよ」

 怒ったように、不貞腐れたように彼女が言う。

「俺はまぁ、ドギオリスの唐揚げかな」

「うわ、ド定番」

「おいおい、定番を舐めちゃいけないよ。結局最後はそこに行きつくんだって。しかもリンネ特製の」

「あたし特製っていうのは嬉しいよ。でもさ、最後の晩餐だよ? どうせなら一度も食べた事がない物の方が良くない?」

「いや、だって、もしそれが美味しくない物だったらどうするんだよ。絶対後悔しながら死ぬだろ?」

「だったらやっぱりムケチョブンパだよ」

「でも、誰かが死ぬほど美味しいって言ってるだけで、食べた人の感想じゃないんだろ? しかも人それぞれ好みが有るから、絶対美味いなんて保証無いじゃん」

「ほんとケビンって夢が無いよね」

「現実主義者だと言ってくれ。あるかもどうか分からない料理を追い求める方がどうかしてる」

 すると彼女は押し黙ってしまった。

 俺は心の中でしまったと思う。

 彼女を本気で怒らせてしまった。彼女の食に対する探究心は異常なほどだ。それを否定する事、即ち彼女自身を否定する事に繋がる。

 そしてそれが、彼女と交わした最後の会話だった。

 あの会話の後、彼女は置手紙を残して家を出て行った。


”ムケチョブンパを探す旅に出ます。今までありがとう。探さないで下さい。”


 俺はすぐに帰って来るだろうと思っていた。3日ぐらいすれば頭を冷やしてひょっこり姿を現すか、「やっぱり冗談でした~」とか言って戻ってくるものだと思っていた。

 けど、一か月経っても二か月経っても、半年が過ぎても彼女は戻ってこなかった。

「全くリンネの奴、一体いつ帰って来るんだよ」

 ふと、彼女と出会った時の事を思い出す。


 彼女と出会ったのは、2年前、オーガスタ王国を旅していた時の事だ。

 高難度クエストを何とかやり終えた俺は、宿屋の食堂で昼食を摂っていた。

 5日振りの食事という事もあり、ミートボールスパゲティと、クリームソースオムライスをガッツいて食べていた。

 すると、いつの間にか向かい側に座っていた彼女が、両手で頬杖をつきながらニコニコとこちらを見ていた。

 俺が食べている手を休めると「いいのいいの、あたしの事は気にしないで食事を続けて」と言った。

 腹が減っていた俺は、変な女だなと思いつつも、とりあえずは腹を満たす事を優先した。

 食事をすべて平らげ、ジョッキのビールを一気に呷った後、彼女に尋ねた。

「んで、俺に何の用? ってか、何者?」

「ん? あたしはリンネ。あなたの食べっぷりが良くて、つい見惚れちゃってたわ」

 彼女はニコニコとしながらそんな事を口走った。てっきりクエストの依頼かと思っていた俺は肩透かしを食らった気分になった。

「あたし、美味しそうにご飯を食べている人が好きなのよね」

「俺、そんな美味そうに食ってたか?」

「うん、とっても」

 そう言われ、俺は照れた。

 俺からすれば普通に食事していたに過ぎず、確かに食堂の飯は美味かったが、腹を満たすのに必死だっただけだ。

 彼女は料理探求家で、世界各地を旅しながら色んな料理を食べ歩いていたところ、たまたまここに立ち寄ったのだそうだ。

 お互いの冒険話に花が咲き、その日は夜遅くまで語り合った。

 それがきっかけで、俺たちは意気投合し一緒に暮らす事になった。


 彼女の消息が分かったのは、俺の元を去ってから約1年が過ぎた頃だった。

 俺の元に突然手紙が届いた。


『ケビンへ

  元気にしていますか。あの日、突然出て行ってゴメンなさい。面と向かってサヨナラを言うのがあまりにも辛かったから、黙って出て行きました。本当だったらこの手紙も出すかどうか迷ったけど、ケビンの事だからずっとあたしを待っているだろうな、と思って書きました。

  どうか、あたしの事は忘れてください。思い出にしてください。

  あたしも、ケビンと過ごした2年間はとても楽しかったです。だって、あたしの作った料理を美味しそうに食べてくれるんだもん。

  激辛なシチュー【ボルケーノシチー】や、激甘な【スイートポテトチャンプルー】も、酸っぱい【モンチャの南蛮漬け】だって全部美味しそうに食べてくれた。

  でも、これ以上貴方といると、私の夢であるムケチョブンパを食べるのが辛くなってしまう。

  そう思って、貴方の元を去りました。

  もしかしたら、貴方がこの手紙を読むころには、あたしはこの世にはいないかも知れません。

  最後に、貴方の大好きだったドギオリスの唐揚げのレシピを教えます。

  今までありがとう。そして、さようなら。

                                リンネより』


 その手紙の最後には、確かにドギオリスの唐揚げの詳細なレシピが書いてあった。材料や分量は勿論の事、揚げるときのポイントとか注意点とか、そんな事まで書いてあった。

 確かにそれ通りにやればリンネの味が再現できるのかも知れない。でも、俺からすればそうじゃなく、リンネが作ってくれたドギオリスの唐揚げが食べたいのだ。

 俺は、居ても立っても居られず手早く荷物をまとめると、転がる様に家を飛び出した。


◆◆◆


 方々を旅しながら、断片的ではあるがムケチョブンパに関する情報を手に入れる事が出来た。

 先ず、メインとなる材料はキノコである事。しかも、見つけることがとても困難な種類らしい。

 そして、煮込み料理である事。様々な香草と獣肉を一緒に煮込む料理との事だった。

 更なる情報を求め旅を続けていると、そのキノコは【純白の天使じゅんぱくのてんし】と呼ばれる真っ白いキノコだという事が分かった。そして、そのキノコが生える場所は極寒の森の中らしいという事も。

 その情報を元に、俺は大陸北部ドルウェー共和国にある小さな集落を訪れた。

 村人達は俺の訪問を歓迎してくれた。更にはムケチョブンパの作り方まで知っているという。

 もし、幻のキノコ【純白の天使】を見つけてきたらムケチョブンパを作ってくれるともいう。

 その言葉に胸躍らせ、俺は【純白の天使】を求めて、森の中へ入った。

 もしかしたらリンネの手がかりがみつかるかも知れない。


 森の中は薄っすらとかすみがかかっており、少しだけっとする。

 しばらく森をさまよっていると、突然、背中に羽を生やした人型のモンスターが躍り出てきた。

 俺は咄嗟に武器を構えようとしたが、そのモンスターは何かに気が付くと、草むらへ隠れてしまった。

 追いかけようと思った瞬間、か細い、消え入りそうな声で「危なかった、危なかった」と何度も呟く声が聞こえた。

 俺は、その声に聞き覚えが有った。忘れる事の出来ない声。

「その声は、もしかしてリンネか? リンネなのか!?」

 問いかけたが、返答は無い。

 しかし、暫くするとすすり泣く様な声が聞こえた。

「……して……どうして、来たのよ。もう、会えないと思ってたのに……」

「やっぱり、その声はリンネなんだな」

「ええ、そうよ」

「良かった! 生きていたんだな! さぁ、もう一度姿を見せてくれ」

「ダメ! ダメよ。あたしはもう人間じゃ無くなってしまった。今は辛うじて理性を保てているけれど、始めはあなたを襲おうとしたの」

「それだって構わない。もう一度だけ、君ときちんと話がしたいんだ」

「あたしだって貴方とゆっくり話がしたいわ。でも、もう時間が無いの。こうしているい、い、今だって、て、て、あたしは、あたしじゃ、なくな、って……いくの」

 俺が彼女の方に一歩近づくと、

「来ないで!!」

 と強く拒否されてしまった。

「あ、貴方も、ムケチョブンパを求めて、【純白の天使】を探しに来たんで、でしょう?」

「あぁ、そうだ。それを探せば、リンネの所にたどり着けると思ったから。それに、君が追い求めた味がどんな物か確かめたかったんだ」

「そう。そうなのね。でも、それれれ、れも良いのかも知れない。知らないだ、誰かに殺されるぐらいなら、貴方の手で殺されたい……」

「一体、何を言っている?」

「【純白の天使】が、が、ががどこに生えるか知っている? 村人からは聞いていないな、いなないのかしら」

「ああ、この森のどこかとは聞いたけど、具体的な場所は聞いていない」

「ねぇ、一つだけあたしと、約束してくれる?」

「なんだ?」

「必ず、貴方もムケチョブン、ブンパを食べるって。そのためにはする、るって」

「な、何でもって……」

「【純白の天使】を手に入れるのは、とても困難な事なの。覚悟がひ、ひひひ必要なの。でも今なら、簡単に手に入れられる。ね、お願い」

「あ、あぁ。分かった」

 すると、リンネが草むらから姿を現した。

 顔の輪郭こそ彼女の面影は残っていたが、それ以外は真っ白い物に覆われており、背中の羽根かと思った部分は、無数のキノコが生えていた。真っ白い純白のキノコが。

「驚いたでしょ? 【純白の天使】は、人の体にや、宿るの。そして、それを手に入れるためには、キノコが生えた宿主を殺さなければならないの」

 その言葉に俺は、頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 俺に、リンネを殺せというのか。

「ねぇ、約束したでしょう? あた、あたしはね、前の宿主を殺すのにすごく手間取ったの。自我を失ってたから。で、でも、今ならあたしは抵抗しない。だって、ケビンに、こ、ここ殺されるなら安心して逝けるもの」

 そう言うと、彼女の目のあたりから、一筋の涙が零れ落ちた。

「お願い、あたしを楽にさせて。そして、あたしを食べて。そうすれば貴方と一緒になれるから」

 そういうと彼女は両ひざを地面に付いた。

 そして、両手を祈る様に胸の前で組む。

 俺は一瞬躊躇した。ムケチョブンパを食べるために、彼女を殺そうと思った自分にだ。

 このままこの森で、2人でひっそりと暮らすのも悪くないかも知れない。

 しかし、彼女は俺に殺されることを望んでいる。これ以上苦しむリンネを見たくないという思いもある。

 だが、それ以上にムケチョブンパを食べてみたい。

「すまない、リンネ。ありがとう」

 俺がそう言うと、彼女は小さく頷いた。

 そして俺は、持っていた剣を彼女の首めがけて振り下ろした。


 【純白の天使】を収穫し村へ持ち帰ると、村人たちはムケチョブンパを作ってくれた。

 沢山の汁で、焼いた獣肉と香草を煮る料理なのだそうだ。

 香草の爽やかな香りと、獣肉の美味そうな匂いが漂ってくる。そして、仕上げに【純白の天使】を投入すると、甘い様なとろける様な匂いに変わった。その匂いを嗅いだ瞬間、身体がふわふわと軽くなる感覚と、一刻も早く食べたい衝動に突き動かされ、よだれを垂らした。

 器に盛られ、目の前に出された瞬間、俺は居ても立っても居られず、すぐに料理に手を付けた。

「う、美味い!」

 あまりの美味さに、脊髄に電撃が走った。汁に沁み出た肉の旨味と香草の芳しさ、そしてキノコの食感と、今まで食べた事の無い甘み。それらが見事に調和し、意識が遠のきかける。

 しかし、スプーンを掬う手は止まらない。

 獣肉も臭みが無く噛むたびに旨味がにじみ出てくる。下処理と香辛料をきちんとまぶしてから焼いたのが味わいを深くしているんだろうと思われる。

 キノコも、他のキノコとまた違ったシャキシャキとした食感が心地よく、その音がこめかみの奥から脳全体に響き渡り、何度もリフレインする。まるで、オーケストラの演奏が脳内というステージで奏でられているかのようだ。

 これならいくらでも食べれる。

 4人前は有ったと思われるムケチョブンパを、俺は1人で平らげてしまった。

「ふぅ~、美味かった!」

 確かに、死ぬほど上手かった。食事中、いったい何度意識を失いけたか。

 村人たちにお礼を言うと、少し休んで行けと促された。

 確かに、腹いっぱい食べたため少し横になって休みたかった。

 通された部屋は薄暗く、何やらお香のような匂いが漂っていた。それは嫌な匂いではなく、とてもリラックスが出来る香りだった。

 草で編まれた簡易的なベッドに横になると、お香の匂いもあってかすぐに眠気が襲ってきた。

 しかし、想像以上にムケチョブンパは美味しかった。出来る事ならば、もう一度食べたい。ウトウトとしながらそんな事を考える。

 リンネもこんな気分だったんだろうか。変わり果てた姿ではあったけど、もう一度会うことが出来て良かった。

 しかし、なぜ姿のだろうか。

 暖かいものを食べたからだろうか、胃の中がとても熱い。しかし、それ以上に気持ちがいい。今までの苦労やリンネを失った悲しみなど一切気にならないほどに。

 俺は、迫りくる睡魔に抗おうなどとは考えず、その甘美な誘惑に身を任せ、眠りに落ちて行った。

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ムケチョブンパ 玄門 直磨 @kuroto_naoma

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