父と娘

その部屋は、もともとは妹の部屋だった。こうなった今は、妹とアリシアの部屋になった。妹は今も、部屋の隅。身じろぎもせず、ただ、そこにいる。


「後継ぎがいなければ家は絶える」


父はそう言った。


「マクシミリアン家を絶やすわけにはいかない」


そう言って、結婚の話をしていたけれど、アリシアにはそんなことはどうでもよかった。貴族の家系に生まれた娘には、元からそんな自由はない。


(……ベルトルト様も、大変ね。婚約者が、何度も変わってしまって)


昔はアリシアの婚約者だった人。その婚約が破棄されたのが、3か月前。そうして、その後すぐに、今度はエミリーと婚約した。


(それにしても……もう一度、わたくしと婚約だなんて。お父様ったら、何を考えているのかしら)


どうせ、愛のない関係だった。ベルトルトはエミリーの方が好きなようだったから、この事を知ったら落胆するかもしれない。


(彼も、私を責めるでしょうね。お父様と同じように)


人格者と名高い男だ。表立っては何も言ってこないかもしれない。


「……ねえお父様、私、ベルトルト様とお話したいですわ」


この国で、貴族として生きている、人格者。彼のその顔が真実か否か、見てみたいと思った。


「次の夜会の日には会うことになる。話なら、その時でいいだろう」


父は顔色一つ変えず、言い切った。


「その時にはそこの化け物をどうするかも、考えねばならんな」


(ええ、そうね。お父様は、こんな風になった彼女とは、暮らしたくないでしょうから)


結局、父にとって必要だったのは、魔術の才能がある娘だ。エミリーではない。父は、見る影もない姿になったエミリーを見捨てるだろう。ベルトルトが引き取らなければ、きっと、路上に捨てられるに違いない。


(でも、それも私のせい、なのでしょうね)


アリシアが禁忌を犯さなければ、エミリーはこうならなかった。その事実がある以上、父はどんなことも、アリシアのせいにしてしまえる。


(牢に繋がれることくらいは、覚悟していましたのに)


アリシアはこの家の、ただ一人の娘だ。母はアリシアを生んですぐに、亡くなった。後妻を迎えたが、彼女は子を産めない女性だった。そのことに気付き、離縁した頃には、父は子を作れる年ではなくなっていた。


(私も、エミリーもいなくなれば。この家は、途絶える)


そうなった方が良かったのだ。確かに、国は滅びるだろう。けれど、この国も、この家も。もう取り返しがつかないほどに、腐敗している。


(……なんて。理由をつけて、私、あなたを傷付けたかっただけですけれど)


アリシアは部屋の隅に目を向けて、薄く笑む。完璧だった妹に、思い知らせてやりたかっただけ。この国の民のため、なんて。そんなこと、考えもしなかった。


(でも、そうね。この国もこの家も無くならないのは、少しだけ、残念ね)


牢の中で、戦火の音を聞く。それを楽しみにしていたのも、本当。隣国はここよりは良い国だと聞いていた。牢の中の罪人は、一生そこから出ることはできないかもしれない。けれど、そうでないのならば。今よりも、良い生活をおくることができるだろうと。


(全て、夢物語で終わりましたけれど)


そうなるだろうとは思っていた。愛のない関係だったのは幸いだ。ベルトルトとの子を、アリシアが望むことはないだろうから。


(ええ。どうせ、1年か2年、先延ばしにするだけのこと。その日は、そうね……この家で最も見晴らしの良いバルコニーで、一日を過ごしましょうか)


マクシミリアン家は、優秀な魔術師の家柄だ。けれど、父が亡くなれば。アリシアに、子ができていなければ。


(どうなったとしても、この家は途絶える運命なのよ、お父様)


そして、アリシアも、死する運命だ。禁忌を犯し、悪魔を喚んだ。誰もその罪を知らないとしても、アリシアが知っている。


(私、この家も、この国も、大嫌いですもの)


魔術の才能がない娘。マクシミリアン家には相応しくない娘。だからこそ、見えるものがあった。知ることができた。


(……でも、そのためにエミリーが、あんな風になる必要はなかった)


優しい妹。この国の民のことを、よく知る妹。全て話せば、協力してくれただろう。その道を選ばなかったのは、アリシア自身。可愛い妹が誰よりも、憎らしかったから。

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