trick or treat!?〜問題用務員、収穫祭大騒動事件・中〜
「かーんせーい!!」
壁に掲げられた『ユフィーリア誕生日おめでとう』という看板を見上げ、用務員室に集められたサプライズパーティーの準備要員たちの拍手が部屋中に響き渡った。
いつもは問題児の私物で溢れ返った用務員室だが、今日ばかりはパーティー仕様である。本棚にも紙製のリースを飾り、白いテーブルクロスを敷いた机の上にはケーキを中心にお菓子や飲み物などが並べられていた。
用務員室の片付けも大変だったが、何より大変だったのはパーティーの主役であるユフィーリアの目を誤魔化すことだ。彼女は頭がいいのですぐに勘付いてしまう可能性が高く、わざと創設者会議などの理由をつけて外に連れ出してもらうことでようやく準備を整えることが出来たのだ。
燦然と輝くパーティー会場を前に、ショウは額に掻いた汗を拭う。
「学院長や皆さんもありがとうございます。おかげで思った以上に早く準備できました」
「まあね。最初はサプライズパーティーしたいって言うから何だと思ったけどさ」
ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは朗らかな笑顔で言う。
「あの問題児筆頭の驚く顔が拝めるなら協力を惜しまないよ」
「頑張って準備した甲斐がありましたッスからね」
ヴァラール魔法学院の副学院長、スカイ・エルクラシスも感慨深げに頷いていた。
彼はパーティー用の
花瓶に薔薇の花を生けていた真っ赤な魔女、ルージュ・ロックハートが「ところで」と口を開く。
「その肝心の主役様は一体どちらへお出かけですの?」
「そういえば、朝から見かけていない訳だが」
冥王第一補佐官にしてショウの実父でもあるアズマ・キクガが不思議そうに首を傾げる。
「今日は収穫祭じゃろ。どうせそっちで遊んでおる頃合いじゃて」
9本のふさふさ尻尾を持つ純白の狐、八雲夕凪が机に並べられたお菓子をつまみ食いしようとしていたが、アイゼルネによって叩き落とされてしまう。
「八雲様、いい加減にしないと追い出しますよ」
「りりあ殿!? わ、儂とてちゃんとゆり殿を祝いたいのじゃあ!!」
「お行儀が悪いと尻尾を引き千切りますよ」
真っ白い修道女、リリアンティア・ブリッツオールがギロリと八雲夕凪を睨みつける。彼女も積極的にユフィーリアのサプライズパーティーの準備をしてくれたので、その努力を無駄にするような八雲夕凪の摘み食いの行動は許し難いのだろう。
逆に八雲夕凪はこれと言って特に協力したことはない。せいぜい誕生日パーティーの為に酒を樽で用意していたが、あれはおそらく自分で飲む為のものだ。酒豪である八雲夕凪が素直に酒を提供するとは思えない。
壁に飾られた仕掛け時計を見上げるショウは、
「3時ですし、探しにいってきます」
「オレも行く!!」
頼れる先輩用務員のハルアがユフィーリア探索に立候補してくれたので、ショウは愛しの旦那様捜索に乗り出ようとしたのだが。
――コンコン、コンコン。
用務員室の扉が控えめに叩かれる。
「誰だろ!?」
「ユーリかねぇ?」
「違うッスね」
エドワードの言葉を真っ先に否定したのは、副学院長のスカイである。
彼は全世界を見渡すことが出来る『現在視の魔眼』の持ち主だ。なので透視の魔法などを使わなくても、扉の向こうに誰が立っているのか確認することが可能である。凄く便利な魔眼だ。
スカイは「お菓子を貰いにきた生徒っぽいッスね」と言い、
「ほら、今日は
「生徒は仮装するんですか?」
「そうそう。それで教職員がお菓子を配るんスよ。問題児どもは毎年、大人なのに生徒側に混ざって誰彼構わずお菓子を強奪していくから説教も気合が入るんでね」
「あー……」
ショウは「ユフィーリアならやりかねない」と納得してしまう。エドワード、ハルア、アイゼルネが全力で目を逸らしたことも後押しした。
収穫祭がそんな愉快な内容の行事だったら、問題児の思考回路に染まったユフィーリアなら間違いなく生徒と同じく仮装してお菓子を貰う側になる。そして教職員だけではなく生徒までお菓子を強奪する姿が目に浮かんだ。簡単に予想できてしまうとは、ショウもなかなかこの生活に慣れただろう。
コンコン、コンコンとなおも叩かれ続ける扉の前に立ったショウは、呼ばれるまま扉を開けた。
「ハッピーハロウィン、です」
「リタさん?」
ショウは驚きで瞳を見開いた。
扉の前に立っていたのは、1学年のリタ・アロットだった。かつてユフィーリアが窮地に立たされた際に協力してくれた女子生徒である。
それから問題児の間でも何度か交流をして、すっかり仲良くなったのだ。ショウもスカイが組み上げたドラゴン型魔法兵器のロザリアを散歩させている際に出会ったら、一緒に遊ぶぐらいには仲良くなった。
「あらぁ、リタちゃんじゃないのぉ」
「可愛い仮装ネ♪」
「似合ってるよ!!」
「ありがとうございます」
エドワード、ハルア、アイゼルネの3人も手放しで称賛するリタの格好は、赤ずきんの仮装だった。
真っ赤な頭巾と清楚な白いワンピース、籠の代わりに南瓜を模したバケツを持っている。確かに可愛らしい仮装だ。おさげ髪が特徴的なリタによく似合っている。
リタはくるんとその場で回ると、
「ユフィーリアさんに仕立ててもらったんです。昨日、たまたま中庭で見かけたのでお声をかけたら喜んで手を貸してくれました」
「……ユフィーリアが?」
「はい、ユフィーリアさんは優しい魔女さんです」
満面の笑みで言うリタに、ショウの胸中にモヤッとした感情が生まれる。
ユフィーリアが優しい魔女であるのは周知の事実だし、衣服を仕立てるセンスも抜群だ。ただ彼女が仕立てた衣装で可愛くなるのは、お嫁さんであるショウだけの特権だと思っていたのに。
リタの「ユフィーリアは喜んで衣装作成に協力してくれた」という台詞が面白くないショウは、不満げに唇を尖らせた。
「それで、何かご用ですか?」
「あ、そうだった」
リタは思い出したように南瓜のバケツを掲げると、
「トリックオアトリート、です。お菓子をくれなきゃ悪戯をしますよ?」
「お引き取りください。貴女にあげるお菓子なんて1個もありません」
「ええ? ちょっとショウちゃん?」
リタにお菓子をあげる気満々だったエドワードは、困惑した表情で「どうしたのよぉ」と言う。
「今日はせっかくの収穫祭だしぃ、お菓子は腐るほどあるんだからいいじゃんねぇ?」
「やです」
「何でぇ?」
「ユフィーリアに可愛い衣装を作ってもらっておきながら、お菓子まで貰うなんて強欲です。やです」
ぶー、と頬を膨らませて主張するショウ。
せっかくの収穫祭だからって何だ。ショウにとって問題は、最愛の旦那様であるユフィーリアが他人の女子に可愛い衣装を作ったことである。
裁縫程度なら業者が仕立てた安っぽい衣装もあっただろう。何もユフィーリアの手を借りる必要はなかったのではないか。それなのにユフィーリアが仕立てた可愛い衣装を身につけ、あまつさえユフィーリアの誕生日パーティーの為に用意したお菓子まで貰うなんて厚かましい。
リタは不思議そうに首を傾げると、
「お菓子、くれないんですね?」
「え? いやいやぁ、ここにたくさんあるから好きなの持ってって――」
「じゃあ悪戯ですね」
エドワードがお菓子の詰め込まれた籠を差し出すが、リタはそれを無視して南瓜のバケツから手紙らしき封筒を取り出した。
封蝋はされておらず、封筒も何の変哲もないただの紙だけで構成されている。封筒の表面に書かれた癖のある文字は、ユフィーリアの書く文字と一致している。
リタは封筒から手紙を取り出して、
「ユフィーリアさんからお手紙を預かっていますので、読み上げますね」
そう言って、手紙に記された内容を音読する。
『用務員ならびに
サプライズをするのは好きですが、されるのはあまり好きではありません。
どうしてもサプライズを計画する場合は、相手に悟らせてはいけません。今回はどう考えても段取りが悪く、なおかつ対象者である人物に悟らせない為の嘘が雑すぎます。もう少しやりようがあったはずです。
私もさすがに傷つき、そして怒りました。
なので、本日の日没までに私へ誕生日プレゼントを献上しなければ、以下の悪戯を決行します。
学院長には学外で執り行っている魔法研究施設の爆発。
副学院長にはご自身で組み上げた魔法兵器の鹵獲、洗脳。
ルージュ先生には魔導書図書館への立ち入り禁止。
冥王第一補佐官には、特に意味はないでしょうから何もなし。
八雲のクソジジイには奥方様の
リリア先生にはエテルニタ教会の爆破。
皆様の健闘をお祈りします。
ユフィーリア・エイクトベル』
手紙に記された内容で、キクガを除いた七魔法王の顔色が青褪めた。
それもそのはず、ユフィーリアが実行を目論む悪戯の内容は少々度が過ぎていた。学院長主導の魔法実験の施設を爆破するだけではなく、他の七魔法王にまで被害が及んでいるのだから怒りも相当なものだろう。
ハルアは「あれ?」と言い、
「オレらはお咎めなしなんだ!!」
「じゃあそんなに怒ってないわネ♪」
そういえば、先程の手紙の内容にショウたちの悪戯には言及されなかった。それほどユフィーリアも怒っていないのだろうか。
サプライズをされるのは嫌いだの、今回のサプライズに関するダメ出しなど少し手厳しい部分もあったがご愛嬌だ。彼女の意見は的確である。
すると、リタは封筒からもう1枚の手紙を取り出した。
『追伸、以下の悪戯も日没までに誕生日プレゼントを献上しなかった場合に限って実行します。
エドワード・ヴォルスラムさん。
ハルア・アナスタシスさん。
アイゼルネさん。
魔女の
そして、アズマ・ショウさん。
愛するお嫁さんである貴方の口から「嫌いになる」という言葉は、たとえ嘘でも聞きたくありませんでした。サプライズがバレたくないという焦りから出た言葉だとは思いますが、私は大いに傷つきました。
そんな可愛げのないお嫁さんはこちらから願い下げです。もっと献身的で可愛げがあり、嘘を吐かないお嫁さんに愛してもらいます。
アタシだってそこまで優しくなれねえんだぞお前ら、ちったァ頭を働かせろ!!!!』
最後の一文に、ユフィーリアの怒りが込められていたような気がした。
ショウはその場にへなへなと座り込んでしまう。
ユフィーリアに愛想を尽かされてしまったのだ。確かに「部屋に入ったら嫌いになる」とは口走ってしまい、ショウもちょっと後悔したけれど、でもちゃんと謝ろうと思っていたのだ。
それはエドワード、ハルア、アイゼルネも同じである。
ユフィーリアとの従僕契約を解除されるだけではなく、用務員としてのクビも切られてしまうのだ。部屋を追い出した代償が学院からの追放処分である。重すぎる。
「では日没までに頑張ってくださいね」
手紙を丁寧に折り畳んだリタは、仕事をやり切ったとばかりの笑顔で立ち去る。
お祝いのパーティー会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「ちょっと、早くユフィーリアを探しに行かないと!!」
「そうッスよ、このままだとロザリアやリコリスが洗脳されてユフィーリアのいいように使われちまうッス!!」
「図書館に出入りできなくなるのは嫌ですの!!」
「妻に告げ口だけは勘弁なのじゃぁ!!」
「重要文化財を爆破するなんてどういう神経をしていらっしゃるのですか!?」
グローリアたちが何やら慌てているが、ショウはそれどころではなかった。頭の中を後悔とユフィーリアに対する懺悔が駆け巡り、行動が出来ない。
目の前が真っ暗だ。もう音も聞こえない。頭の中を巡るのは「可愛げのないお嫁さんはこちらから願い下げです」という文章だけである。
ホロホロと静かに涙を流すショウの肩を掴んだグローリアが、
「しっかりして、ショウ君!! 君も日没までにユフィーリアを見つけないと
「ユフィーリアに嫌われた……もう生きていけない……死ぬしかない……」
「まだ嫌われてない!! まだ嫌われてないから!!」
グローリアはガクガクとショウを揺さぶり、
「日没までにユフィーリアを見つけて、それで謝れば大丈夫さ!! 君のユフィーリアを愛する覚悟はそんなもの!?」
「…………そう、ですね」
ショウは頬を伝う涙を拭う。
そう、手紙には『日没までに誕生日プレゼントを献上しなかったら』という前提があった。つまりまだ嫌われていないのだ。
日没までにユフィーリアを探して、誕生日プレゼントを渡せば万事解決である。グローリアたちも悪戯を実行されないし、エドワードたちも用務員室を追い出されないで済むし、ショウもユフィーリアに嫌われない。
「絶対にユフィーリアを見つけます……!!」
「あ、言い忘れてました」
「まだ何があったのか!?」
唐突に用務員室へ戻ってきたリタに、ショウは驚きのあまり素に戻ってしまう。
「今回の
リタの後ろには大勢の仮装した生徒がいた。
それだけではなく、教職員も吸血鬼や狼男などの仮装をして待機している。何やら表情が楽しそうだった。
朗らかに笑うリタは、
「ユフィーリアさんの提案でそうなりました。皆さんにはたくさんの悪戯を回避しながらユフィーリアさんを探してもらいます」
「「「「「ユフィーリア、謝らせる気ないな!?!!」」」」」
「相当怒ってますからね」
大勢による「トリックオアトリート」から逃げ出す為に、学院長が転移魔法を展開したのはその直後だった。
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