trick or treat!?〜問題用務員、収穫祭大騒動事件・上〜
最近、創設者会議が多すぎる。
「ちくしょう、今日だってほとんど意味のねえ雑談ばっかりじゃねえか」
銀髪碧眼で独特な黒衣を身につけた魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、不機嫌そうに雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながらぼやく。
ここ最近、
今日も学院長のグローリア・イーストエンドに引っ張り込まれて、くだらない七魔法王たちの話に付き合ってきたのだ。いや、正確には途中で付き合いきれなくなったので全員まとめてぶん殴って気絶させ、その隙に逃げ帰ってきたのだ。バレれば学院長から大目玉を食らうこと間違いなしである。
ユフィーリアは「あーあ」と嘆き、
「せっかくショウ坊の膝枕を堪能してたってのに、台無しだよ」
今日は最愛の嫁である女装メイド少年――アズマ・ショウに膝枕をしてもらいながら読書をする予定だったのだ。名門魔法学校を毎日のように騒がせる問題児筆頭にとっての至福の時間である。
その至福の時間を邪魔した罪は重いのだ。グローリアは特別に3発ぐらい拳を叩き込んでおいたので、しばらく目を覚ますことはないだろう。
鼻歌混じりに用務員室へ帰還したユフィーリアは、
「たでーま――あ?」
用務員室の扉を開くと、何故か室内には色とりどりの花が散らばっていた。
赤色、青色、黄色、紫色、黒色から白色まで様々だ。どれも花は図鑑に載っている一般的な花ばかりだが、まだ蕾の状態だったり開花しきった状態だったり多岐に渡る。ざっと見渡す限り、魔力を持った魔法植物の類は発見できなかった。
それらの花に取り囲まれるようにして、ユフィーリアがこの世で最も信頼する4人の部下が何やら花を数本ほど束ねたものを握りしめた体勢のまま固まっていた。彼らは全員して驚いた表情で帰ってきたばかりのユフィーリアを見据えている。驚きたいのはこっちだ。
花だらけに改造された用務員室の光景を目の当たりにしたユフィーリアは、
「え、これ何? どうした?」
次の瞬間である。
「ちぇいさーッ!!」
「ぐっはあ!?」
用務員の暴走機関車野郎と名高いハルア・アナスタシスが、ユフィーリアめがけて飛び蹴りを放ってきたのだ。
飛び抜けた身体能力からぶち込まれた飛び蹴りは的確にユフィーリアの鳩尾に突き刺さり、呆気なく吹き飛ばされる。唐突に飛んできた飛び蹴りに耐えられるのであれば耐えてみたいところだ。魔法を使っても予想できなかった。
華麗な飛び蹴りによって用務員室の外へ追い出されたユフィーリアは、追い討ちとして廊下の壁に後頭部をぶつけて激痛が襲い掛かる。目玉から星が飛び出るかと思うほど痛かった。
「な、何すんだ!?」
「出てって!!」
「はあ!?」
ハルアの唐突な「出てって」発言に納得できないユフィーリアは、
「何で出て行かなきゃいけねえんだよ!?」
「出てって!!」
ハルアは用務員室の扉に立ち塞がり、意地でも退かないと言わんばかりに威嚇してくる。琥珀色の双眸にも敵意が滲み出ており、ユフィーリアを用務員室に入れてくれる気配はない。
根城にしている用務員室を閉め出された場合、ユフィーリアに行く場所はないのだ。まあ中庭とか図書館とか食堂など行く場所はあるのだが、1人でお出かけしてもつまらない。
こうなったら魔法を使ってでも、とユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめる。
「えいや」
「あいたぁ!?」
筋骨隆々とした男――エドワード・ヴォルスラムがハルアの背後から器用に魔導書をぶん投げ、その角がユフィーリアの眉間に衝突する。
あまりの衝撃で立てなくなるユフィーリア。痛みが酷すぎて頭が回らない。
どうして今日に限って暴力的な思考回路で接してくるのか。身に覚えが全くなさすぎる。学院長や生徒相手ならば問題行動を幾度となく重ねてきたのだが、信頼する4人の部下を蔑ろに扱った記憶はない。
「ユーリぃ、部屋に入ってきたら殺すからねぇ」
「そのままどこかにお出かけしててちょうだイ♪」
頭部を南瓜のハリボテで覆った美女――アイゼルネにも冷たい言葉で追い出されてしまった。普段は宥めてくれたりする立場なのに、今日だけは裏切り者である。
一体何が原因だ?
痛みを訴える脳味噌を働かせて原因を探すが、全く見当がつかなかった。どうしてここまで彼らが怒るのか。飛び蹴りを喰らったり、魔導書を投げつけられたり、辛辣な言葉でお出かけを促されたりされる理由が思いつかない。
泣きそうになりながらも、ユフィーリアは最後の希望に縋る。
「ショウ坊……」
「…………」
扉の影から申し訳なさそうな表情で様子を見ていた最愛の嫁のショウに助けを求めるのだが、
「ユフィーリア、しばらく用務員室に帰ってこないでくれ。帰ってきたら嫌いになるぞ」
――目の前が真っ暗になった。
☆
「ぐすん」
用務員室を追い出されてしまったユフィーリアは、中庭の片隅で膝を抱えていた。
季節は秋に差し掛かった頃である。木々は赤く色づき、ところどころに南瓜のランタンが置かれている。そういえば毎年10月31日はヴァラール魔法学院の収穫祭が開催され、生徒が仮装して教職員である大人たちにお菓子をせびりに行くのだ。
ユフィーリアたち問題児も積極的に収穫祭へ参加し、目につく人間からお菓子を強奪して学院長から説教を食らった記憶がある。今年はそんな楽しい事件を起こせないのかと思うと残念でならない。
「何だよ、アイツら。薄情な連中め」
青い瞳に浮かんだ涙を乱暴に拭ったユフィーリアは、不満げに唇を尖らせる。
「別に良いし。愛想を尽かしたんならもう一緒にいる意味ねえし」
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ユフィーリアは煙管を銀製の鋏に形を変える。
嫌う理由は皆目見当もつかず、話し合いの余地すらないのであれば、つまりそういうことである。だったらもう一緒にいる意味などない。最愛の嫁と呼んで可愛がっていたショウですらあんな酷い言い方をするので、ちょっと――いやかなり傷ついた。
彼らと結んだ魔女の従僕契約を一方的に解除してやろうかと画策した矢先のことだ。
「あれ、ユフィーリアさん?」
「リタ嬢……」
「泣いていたんですか? 目が腫れてますよ」
赤い髪の毛をおさげにした女子生徒――ヴァラール魔法学院の1学年であるリタ・アロットが
「手巾はいいや、傷心中だから」
「お1人ですか? お嫁さんとか絶対に1人にさせてくれなさそうですが」
「知らねえ。用務員室から出てけってみんな口揃えて言うんだよ」
「ええ?」
怪訝な表情で首を傾げるリタは、
「それはちょっとおかしいですね。用務員の皆さん、ユフィーリアさんのことが大好きですし仲がいいですよね?」
「ついに嫌われたか……」
嫌な現実を目の当たりにして、ユフィーリアはズーンと肩を落とす。激しく落ち込む問題児筆頭の姿に、リタが慌てた素振りで話題を変えてきた。
「こ、こういう時こそ魔法ですよ。ユフィーリアさん、魔法の天才でしょう?」
「!!」
盲点だった、とばかりにユフィーリアは顔を上げる。
そう、ユフィーリアは魔法の天才である。星の数ほど存在する魔法を手足の如く使いこなすことが出来るのだから、相手の心を読む魔法など朝飯前だ。
さらに、あらゆる物事を糸として認識することが出来る『
「助かった、リタ嬢。早速やってみるわ」
「早速?」
「
呆気に取られるリタをよそに、ユフィーリアは絶死の魔眼を発動する。
赤や青などの色とりどりの糸が視界に映り込み、それらの糸に触れれば何を構成するものなのか分かる。魔眼の精度を上昇させれば対象人数、参照する情報の糸が厳選されていった。
徐々に魔眼の精度を上げていき、ユフィーリアの視界に残ったのは遠くから伸びる緑色の糸だ。記憶を司る糸である。
その糸に触れると、頭の中に記憶が流れ込んできた。
――ユフィーリアの誕生日?
――そうだよぉ、10月31日がねぇ。
――毎年、収穫祭ついでにお祝いするんだよね!!
――今年は何をしようかしラ♪
――じゃあサプライズパーティーはどうだろうか? ユフィーリアは面白いことが大好きだから、パーティーのことを秘密にして驚かせよう。
――面白そうだねぇ。
――やろうやろう!!
――バレないようにしなきゃネ♪
謎は全て解けた。
ただ、解いちゃいけないパンドラの匣だった。
ユフィーリアは
「何か、その、アタシの誕生日のサプライズパーティーを計画してたっぽい」
「ええ!? お、お誕生日なんですか!?」
「10月31日なんだけどな。収穫祭のついでに祝われてるからささやかなものだけど」
いつもは収穫祭を中心に考えてユフィーリア自身の誕生日など2の次になってしまうので、規模はささやかなものだったのだ。エドワード、ハルア、アイゼルネの3人に祝われて終わりである。
今年は最年少用務員のショウが入ったことで問題児にも新たな風が吹き、収穫祭中心の考えがユフィーリアの誕生日中心になったのだ。用務員室の色とりどりの花はパーティー用の飾りか。
それならもうちょっと、こう、追い出し方にも工夫があってもよかっただろう。嫌われたのかと思ってしまった。
「ちょっと腹立ってきたな」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えると、
「リタ嬢、どんな仮装をすんの?」
「えっと、赤ずきんちゃんをやろうかなと思いまして……」
「ふぅん」
リタの両腕には赤を中心にした布の山が抱えられており、これから魔法で仮装用の衣装を組み上げるのだろう。他の生徒たちも飾り付けや衣装選びで大忙しの様子である。
この状況、大いに使える。
サプライズを計画しているのであれば、こちらもサプライズ返しである。帰ってこなくていいと言われたから帰らないし、だったら彼らに見つけてもらおうではないか。
「リタ嬢、生徒でまだ衣装を作ってない奴がいたら協力してやる」
「ほ、本当ですか?」
「代わりにちょっと頼まれごとをしてくれねえか?」
ユフィーリアは悪い笑顔を見せると、
「パーティーの主役を追い出してくれやがった薄情者どもに一泡吹かせてやる」
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