5-10


 通報管制コールセンター内。メインフロアから少し離れたところにある休憩室を、ロボットのマスクを被った青年が見回る。

 リーダーの立てた計画は順調に進んでいた。市警は責任問題になることを恐れるあまり、強硬手段はとらないであろうというリーダーの見立ては当たっていた。占拠してから3時間が経過したが、市警の特殊部隊が突入する様子はない。

 長時間立てこもることにより空腹や疲労の心配はあるが、幸いこちらは人数がいる。ローテーションを組み人質のための食糧を要求すれば長く持ちこたえ、自分たちの考えを世界に長く発信できる。

 見回りをしている青年は、市警のいい加減な対応により兄が誤認逮捕された経験があった。兄には結婚の予定もあったのに、ご破算となり職場も解雇され、最終的には精神を病んでしまった。あんまりな結末だった。

 青年が憤りをSNSでぶつけたところ、勧誘されたのがこのグループだった。彼らは口だけの集団ではなく、行動する力も持っていた。このグループであれば現状を変えられると感じ、計画に参加した。そしてそれは上手く行っている。ここまでは計画通りだった。


「それにしたって蒸れるな」


 青年はゴム製のマスクを外す。特殊部隊の睡眠ガス等の注入を警戒し、フロア内はエアコンが切られている。そのため6月の重い湿気が否応なく襲ってくるのだ。マスクを外している間に少しでも新鮮な空気を吸おうとした青年は、その空気がとても『美味しそう』であることに気づく。何か肉の焼けるようなにおいで、緊張状態が続く彼の胃袋を刺激し、集中力を乱すのには十分だった。匂いの出所を探そうと周囲を見渡した、その瞬間。


「うぐっ」


 何者かに後ろから首を腕で絞められた。声を出そうとするが喉がつぶれ上手く声が出ない。振りほどこうと後ろにいる人物めがけ肘で攻撃するが、拘束が緩まる気配は微塵もない。


「がっ……あぐっ」


 拳銃を使おうとするが、最初に組み付かれたときに落としてしまったのか、手元にはその感触がない。酸素が行き渡らなくなった青年の脳は次第に活動を弱め、昏倒した。


 脱力する青年を、後ろで押さえつけていた人影は静かに地面に下ろす。人影は地面に落ちた拳銃を広い上げると手早く解体し、再度使用できないようパーツを破壊する。


「一人」


 人影――フェイスマンは立てこもり犯が占拠する上階、12階の窓から突入した。まずは警察の突入に備え、分散している見張りを撃破していく。同時に注意を引くための『仕込み』を仕掛け、襲撃の下準備を整える。


「おい、何かあったのか」


 わずかな物音を聞きつけ、もう一人の猿のマスクを被った見張りが休憩室に入ってくる。その動きは暑さによる疲労が隠せず緩慢だった。だがフェイスマンは違う。連日、暑さの中で戦っていたため、不快な湿気の中でも集中力を切らさず、素早く動くことができていた。入口の死角に隠れていたフェイスマンは、猿マスクが倒れた仲間に気づいた瞬間、襲い掛かった。振りかぶった警棒が容赦なく猿マスクの後頭部を捉える。


「っあ!」


 後頭部を警棒で殴られた猿マスクは、痛みで倒れこみ四つん這いになる。フェイスマンはすかさず猿マスクの頭を掴み、床に何度も叩きつけた。「ぐげっ」という嫌な声を発し、猿マスクは動かなくなる。死んではいないが、しばらくは起き上がれないだろう。

 フェイスマンは影のように音もなく、メインフロアに――莉桜や人質たちが捕らえられている場所へ向かった。

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