第26話 エリアモンスター

バリバリと音を立てて空間が裂ける。これまでとは桁違いの大きさに、亀裂の奥から漂うオーラに冷や汗が背中を伝うのを感じる。


一番大きな亀裂の周りからもいくつかの裂け目が現れ、徐々にそれが開いてゆき—


「グオオオォォォォォォォォ!!!」


凄まじい雄叫びが中庭に、いや学校全体に響き渡る。鼓膜が破れそうなほどの大声を上げたのはホブゴブリンをゆうに上回る巨体を持つゴブリンだった。


目の前に立っているだけでもわかる。ホブゴブリンの時もこの感覚があったが、その時のものとは比べ物にならない程の圧迫感が身体を包んでいる。ただそこにいるだけなのに鳥肌が止まらない。今までとは別次元のモンスターだ。


凍堂や伊織を連れてこなくて本当に良かった。必要以上に苦痛を受けるのも、恐怖を抱くのも俺だけでいい。俺は全部我慢できる。


ピロン!


————————————————————


エリアモンスター「ゴブリンキング」が出現しまシた。


————————————————————


期待はしてなかったけど教えてくれるのは名前だけなのかよ!ムカつくのはゴブリンキングの周りにホブゴブリンが何体が出てきたというところだ。さっき一掃できたと思ったのに!数の上でも、身体の大きさでも俺は圧倒的に不利だ。これを覆すのはほぼ不可能だが、俺にはやらなければならない理由がある。


ならばやはり先手必勝!


その場にあった空間の亀裂が無くなった途端に俺は先程と同じような魔力砲をゴブリンキングとホブゴブリンを巻き込むように放つ。これで倒せれば御の字、倒せなくてもホブゴブリンは殲滅できるという算段だ。


魔力砲が途切れ、巻き上がっていた砂埃が落ち着いてきた。そうして視界がクリアになると中庭に立っているのはたった一体だけだった。


「なっ!?」


あれを食らって無傷だと!?おかしいだろ!俺は別にゴブリンキングが部位欠損をしていなかったからといって動揺しているわけではない。大きな傷がついているとは思っていなかったからだ。魔力砲は収束させればかなりの威力を持たせることができるが、そうしなければ雑魚モンスターの殲滅用にしか使えない。


俺がおかしいと思ったのは、大きな傷だけではなく擦り傷すらもついていなかったこと。魔力砲の威力がどれだけ拡散されていたとしてもあの砲撃を受けて擦り傷すらつかないのは絶対におかしい。何かカラクリがあるはずだ。そしてそれは戦っている内で見つけなければならないと来た。


「グルルルル.....」


今の魔力砲で奴は俺を敵としてはっきりと認識したようだからな。ゴブリンキングの瞳が俺を見据えているのが分かる。


俺とゴブリンキングは数メートルの間を開けて相対している。先にしかけるのは勿論俺だ。ゴブリンキングは楽勝だといわんばかりに余裕そうな表情を浮かべている。まずは「純黒」で傷をつけられるかを試さなくては。


俺の武器はスピード。ホブゴブリンと戦ったときもこれに助けられたと言える。


【疾駆】や【身体強化】など使えるスキルを全て使い、ゴブリンキング目掛けて短剣を振るう。「純黒」にも魔力を流して腐食効果を発動させた上で、だ。最初から出し惜しみは無しでいく。


通り過ぎざまに巨大な足を斬りつけるとまるで金属に刃を当てたような音が鳴る。そこには傷一つ付いていない。


「純黒」でも傷がつけられないのか!このままじゃマジで打つ手無しだ。どうする?どうすればダメージを与えられる——


頭を高速で回転させ、打開策を練る。が、次の瞬間俺は腹部への衝撃で後ろに吹き飛んでいた。


「つぅっ!」


かろうじて空中で身体を捻り、なんとか着地に成功した。ゴブリンキングの腕を受け止めた短剣を持っていた右手が震えている。ガードしたのにこの威力か....前回同様、一発でもノーガードで食らったら戦闘不能になりそうだ。視認はできたがガードしたのはほとんど反射だったな。もっと注意して動きを見なければ。


ていうか俺よく吹っ飛ばされるな。まあそれは置いておいてアイツの足を斬ったときに何か手応えに違和感があったんだが....まだ分からないな。もっと打ち合わなきゃ何も得られなさそうだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。


「俺の体力が尽きるのが先かお前の弱点が暴かれるのが先か、だな」


不利な状況なんてもう何度も体験してきた。これしきのことで諦める俺ではない。


再びゴブリンキングに向かって走り出す。以前トップスピードを維持したまま飛び上がり、キングの頭を狙う。流石のキングも、頭を狙われるのは嫌なのか丸太のような腕が間に割って入る。どんな生物でも急所である頭を狙われれば咄嗟に防御姿勢が出てしまうものだ。そして防御をしているのなら同時に攻撃はできない。


今度はキングが動き始めるまで何度も腕を斬りつける。足のときと同じように金属音が鳴るのは変わらないがやはり違和感がある。生物の皮膚に攻撃をしている感覚がしない。むしろ壁に向かって剣を振っているようだ。


それから俺は何度もキングの身体を斬りつけたが、ついぞ傷一つ負わせることはできなかった。ダメージを与えられていないのに俺は何度も殴り飛ばされている。スピードは俺と互角のくせにパワーは俺よりも強い。性能面ですらコイツに負けているというのにどうやって倒せというのか。


それに、余裕綽々といった表情で俺が攻撃してくるのを悠長に待っている始末。


一回の攻撃にこっちは命かけてるっつーのにあっちは無傷かよ.....ハイリスクローリターンなんて最悪だな。そろそろ俺の自信も薄れてきた。本当に倒せるのか?今のレベルで可能なのかよ......ええい!ネガティブな思考はよせ!


気を切り替えるためにブンブンと頭を振る。こんな暇があるのはキングが未だに俺のことを舐めているからだ。腹が立つ顔しやがって....そう思いながらキングを睨みつけるも、意に介した様子はない。そろそろ何度も殴られたダメージが蓄積してきた。早く終わらせたい—


「ん?」


その時、俺の強化された眼があるものを捉えた。なんだ?あれは。


!!


俺の脳内に天才的な閃きが舞い降りる。これが俺の予想通りならコイツを倒すことができるはず!


そして俺は息を整えると、何度目になるかも分からずキングに向かって走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る