第4話 マホピンク

 合格者たちが集まる部屋に行くと、俺に気付いたシュルツが手を振った。

 部屋の壁際に長机が並んでいて、どうやらそこで入学手続きをするらしい。


「良かったな、合格して」

「おう! 筆記テストで死ぬかと思ったぜ……」

「あれで合否の判定はしないらしい。入学後の一般教養のクラス分けに影響するみたいだな」

「なるほど。シュルツはどれくらい分かった?」

「ほとんど分からなかった」

「ほんとかよ!」

「村に住んでたんじゃ知らないことばっかりだっただろ。王都には入学テスト用の想定問題集みたいなのが売っているらしいが」

「へぇ〜」


 だとしたら、簡単だったとか言っていた人たちは、王都や近くの街に住んでいるのだろう。

 俺だってこういう問題が出ますよって前もって分かるような本があったなら、勉強していい点取れたと思う。たぶん。


「それで?」

「え?」

「魔法学院に入学してどうするんだ? お前のことだから王国の守護兵団に入りたいわけでもないんだろ?」

「うん。俺、”マホレンジャー”作りたいんだ」

「なに? まほれんじゃー?」

「そう。俺が“マホレッド“で、シュルツは“マホブルー“でしょ。あと”マホイエロー“と”マホグリーン“と”マホピンク“がいるんだ」

「待て、落ち着け。俺がなんだって?」

「“マホブルー”」

「まほぶるぅ」


 こっちの世界に存在しない単語を発音すると、どうやら日本語になっちゃうらしい。

 耳馴染みのない言葉に、シュルツの口から繰り返されるのはたどたどしい日本語だった。


「“ブルー”ってのは、青っていう意味なんだ。“レッド”は赤。俺たちピッタリだろ?」

「あぁ、そういう意味ならそうだな」

「あと黄色と、緑と、薄紅色を仲間にしたくて、その五人で、魔法戦隊“マホレンジャー”をやるんだ!」

「魔法戦隊ってのは、具体的には何をするんだ?」

「うーん……正義の味方だから、悪いヤツを倒すんだけど……」


 言いながら、俺は考えていた。

 幼稚園のみんなでマホレンジャーごっこをしていた時、敵役しかやらせてもらえなかった時、せめて敵だけど格好いいやつをやりたくて頑張っていたことを思い出す。

 テレビで見ていたマホレンジャーの敵も、やられ方が格好いい敵は結構好きだった。


 正義のヒーローが正義のヒーローでいられるのは、敵がいるからで。

 そうじゃないとマホレッドだってマホレッドにはならなかったはずで。

 うまく考えはまとまらなかったが、俺としては敵だからってだけで排除するようなのは嫌だなって気持ちがあるのだ。


「何ていうかな……戦いってさ、格好いいじゃん」

「まぁ、そうだな」

「格好いいやりとりが楽しめればいいっていうかさ、本当に倒さなくったっていいんだ。そりゃ人間を襲う魔物とか相手にするならきちんと倒さなきゃいけないかもだけど」

「ふぅん」

「あ……呆れた?」

「いや? いいんじゃないか。正義の味方。俺はお前が突拍子もないことをやり出すのを見てるのが面白くて一緒にいるからな」


 シュルツはそう言って、口の端を微かに持ち上げて笑った。

 背後に花が散ったみたいな、破壊力のある笑顔だった。

 おかげで周りにいた女子たちの悲鳴と視線がすごい。


 手続き待ちの列に並びながら周囲を見回していると、ピンク色の長い髪をツインテールにした可愛い女の子が目に飛び込んできた。


「シュルツ、“マホピンク”見つけたかも!」

「え? ちょ、カイル待て!」


 俺はいても立ってもいられず、そのピンク色の髪の子に近付いた。

 どうしてか彼女の近くには人がいなくて、すぐに声をかけることができる。


「ねぇ、君って何属性の魔法が使えるの?」

「は? 何?」

「あ、ごめん、俺カイルっていうんだけど、君があまりにも“マホピンク”にぴったりでさ!」

「まほぴんく?」

「そう! 薄紅色の“コスチューム”に変身して、マホピンク役はいつも可愛い女の子がやるんだけ「可愛い女の子! うっそ、それでボクに声かけてきたの?」


 こぼれ落ちそうなくらい大きなピンクの瞳を輝かせて、彼女は言った。

 自分のことボクっていうんだ。

 それはそれで可愛いかも。


「うん、だって髪の色もピッタリだったし、可愛かったし」

「んふふ、いいよ、まほぴんくになっても。ボク、風属性だけどいい?」

「いいと思う! “マホレッド”の俺が炎で、“マホブルー”のあいつが氷だから」

「へぇ、彼もいるんだ、ますますいいね」


 にっこりと笑って俺に手を差し出してきたので、嬉しくなって握手をした。

 その手が、女の子にしてはやや骨張っていて、俺は少し不思議に思う。


「おい、カイル、そいつ……」

「もう握手したし、決まりでしょ? いまさらボクじゃダメだなんて言わないよね?」


 ずいっと顔を近付けてくる彼女に、俺は本能的に後ずさった。

 何でだろう、すごく可愛いのに、この子、こわい。


「ボク、ミュリエラ。男の子だけど、仲良くしてねっ」

「おっ……⁉︎」


 固まった俺に、シュルツが小さく「だから待てって言っただろ……」と呟いたのが聞こえた。

 そんなこと言ったって……こんなに可愛い男の子がいるなんて思わないじゃん!普通!


「その辺の女より断然ボクの方が可愛いから、当然だよね〜!」


 シュルツの時とは正反対のすごい女の子の視線が、俺たちに突き刺さっていた。

 お、俺は悪くなーい!

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