第4話 若い子はいっぱい食べろ


 「おや、今日は随分と遅かったのぉ」


 「なんか受付さんに物凄く引き留められた……」


 相も変わらず行きつけの飲み屋に踏み込めば、やはり待っていた狐耳。

 彼女の向かいに腰かけ、思い切り大きなため息を吐いてみれば。


 「どうしたどうした、二日目からそんな疲れて。早速転職を考えるか?」


 ニヤニヤとした彼女が、スッと酒の入ったジョッキをこちらに押しやって来る。

 ソイツを受け取って、グビリと一口味わってからもう一つため息。


 「鉄塊、血みどろ、狩った獲物の提示」


 「ぶはははは! 濃厚な一日になったようじゃのぉ。派手にやり過ぎておかしな仕事を回されない様に気を付けるんじゃな」


 ワードだけ紡いでみれば、理解したとばかりに彼女は更に酒を進めて来る。

 正直、語るまでもなく理解してくれるのは有難い。

 しかし理解され過ぎるというのも考え物だ。

 兎狩りの依頼を受けた筈なのに、血みどろの俺の姿を見た受付嬢のリタさんから真相を求められてしまった。

 とりあえず猪一匹分の毛皮やら何やらを提出し、事無き終えたが……。

 今後は気を付けよう、流石に今日はやり過ぎた。


 「それで、どうじゃった? 鉄塊は」


 「どうもこうも無い、マジで鉄塊だよコイツは。刺す事は出来ても斬る事が出来ない、叩き潰している様な感覚だった」


 「そんで? 感想は」


 「結構好き」


 「ぬははは! 脳筋め! 物理特化の変態め!」


 美人の部類に入るであろうミサ。

 だというのに、酔っぱらったおっさんの様な笑い声を上げながらバシバシとテーブルを叩いている。

 非常に勿体ない。

 しっかりと弁えた上で、俺みたいなおっさんと毎晩飲んでいなければすぐに旦那の一人や二人見つかるだろうに。


 「そういうお前こそどうなんだよ。仕事の方は順調なのか?」


 ムスッと顔を顰めながら問いかけてみれば、彼女は嫌らしい笑みを浮かべて親指と人差し指で輪っかを作ってみせた。


 「最近は勇者が帰還した国って事で、他所からの客が多くてのぉ。ガッポガッポじゃい」


 「そりゃ良かったよ」


 彼女は商売の中間を取り持つ仕事をしている。

 商人に対しての商人、と言っても良いのかもしれない。

 店を持つ彼等の代わりに、各地に赴いて商談を交わす。

 取引先が決まれば契約先の商人から金を貰い、モノによっては継続的に仲介手数料を頂く。

 自らの懐に大きな物は持たず、言葉だけで金を作る商人。

 それが彼女だ。

 俺も王族から報酬とは別に、この鎧や大剣を作る金を貰った際はまず彼女を頼った。

 その結果、俺の要望に合わせた期待以上のモノが出来たのだから大満足である。

 とてもじゃないが、俺には真似できないお仕事。


 「恨みを買う様な仕事には手を出すなよ?」


 「わぁっとるわい。品質も信用も需要もあり、売れると判断した物以外には手を出さん。お前さんを頼る様な事態にはならん様に注意するから安心せい」


 んべー! とばかりに、舌を出すミサ。

 若くて頭が切れるのに、こういう所はいつまで経っても子供っぽいのだ。

 なんて、呆れた視線を彼女に向けていれば。


 「お願いです、これでどうにか食べ物を売って下さい」


 ふと、そんな声が聞えて来た。

 偉く小さな声で、周りの喧騒に遮られてしまいそうな程。

 そちらに視線を向けてみれば、少年少女が一人ずつ。

 やせ細った体に、随分と擦り切れた服を纏っている。

 そんな彼等が、カウンターの端っこで数枚の硬貨を店員に差し出していた。


 「同情なんてするじゃないよ、ドレイク。最近は賑わって来たとはいえ、今まで戦争していた様な国だ。あぁいう子供は腐る程居る」


 ミサは鋭い言葉を放ちながら、横目で彼らの事を眺めていた。

 彼女の瞳は冷めきっている様で、どこか悲しみの色が見え隠れする。

 いつもの老人口調が鳴りを潜めるくらいには、真剣に言葉を放っているんだろう。


 「あのね、僕達。これだけのお金じゃ……その、ごめんね? 助けてあげたい所だけど、ウチの店もそこまで儲かっている訳でもないから……」


 「足りない分は後でちゃんと払います! だからせめて妹だけでも、お願いです」


 やんわりと断ろうとする店員に対して、少年は更に頭を下げて懇願していた。

 手に持った小銭を店員に差し出して、どうにか食事にありつこうと必死になっている。

 隣で座る妹さんなんて酷い状態だった。

 兄が自分の為に頭を下げているのだと理解して、大粒の涙を両目に溜めている。

 しかしココで泣き出す訳にもいかず、必死になっている兄を止める訳にもいかず。

 ただただジッと身を固めて泣くまいと堪えている様だった。

 これが、今の世界だ。

 戦争は終わった、でも貧民は後を絶たない。

 例え勇者が居ようと、全ての人を救う事は出来ないのだ。

 当たり前、本当に当たり前の事だ。

 だからこそ、俺は席を立った。


 「ドレイク!」


 友人から叫び声を上げられても、止まる事は出来なかった。

 振り返りニカッと笑みを浮かべたが、兜を被っているのだ、伝わったかは分からないが。


 「ごめんな、ミサ。心配してくれてありがと。でも、これでも。勇者パーティの一人だったんだよ、俺」


 「……大馬鹿者め」


 苦虫を噛み潰した様な表情をするミサから視線を外し、彼らの元へと歩み寄った。

 店員さんからは不審な目を向けられたし、少年少女からは怯えた目を向けられてしまったが。


 「お前等、腹減ってるのか? こっち来い」


 そう言ってから、二人の手を取った。

 多分コレは間違った選択なのだろう。

 こんな事をすれば、孤児達どころか浮浪者が集まってくるかもしれない。

 非常に間違ったやり方、救済にしても目の前の事にしか対処出来ていない。

 だとしても、だ。

 俺は勇者に言ってしまったのだ、非常に偉そうな台詞を。

 だからこそ俺自身が目の前で泣いている子供を放っておく事は、筋が通らない。


 「知らんぞ、ドレイク。今後どうなっても」


 「まぁ、何とかなるさ」


 「若いのにはいっぱい食わせようとする性格も、いい加減直さんか……おっさんめ」


 非常に大きなため息を友人から頂きながらも、二人を俺達と同じ席に座らせた。

 そして立て続けに注文を繰り返し、目の前には数多くの料理が並んでいく。

 ソレを見た兄妹が、ダラダラと涎を流しながらジッと固まっている訳だが。


 「好きな物を食べて良いんだよ? たくさん食べなさい、若い子は食べる事をサボっちゃいけない」


 そう言って促してみれば、二人は競う様にして食事を口に運び始めた。

 急いで食べ過ぎたのか、時々むせ込みながらも二人は必死に食事を続ける。

 あぁ、懐かしいな。

 何てことを思いながら、二人に水の入ったグラスを差し出していれば。


 「本当に知らんぞ、ドレイク。結婚もしていないのに、子供を持つ事になっても」


 ブスッとした表情を浮かべるミサが、俺の事を小突いて来た。


 「この顔じゃ嫁さんなんて見つからないだろうから、それも良いかもな」


 「……大馬鹿者め、勝手に言っておれ」


 そんな事を言いながら、今度はこちらの足を踏み抜いてくるミサ。

 孤児かもしれない相手に対して、無責任に手を伸ばした行為は確かに愚かかもしれない。

 でもそこまで怒らなくても良いのに。

 ふぅ……とため息を溢してから、俺達は必死に食事を口に押し込む二人を見守るのであった。


 ――――


 二人の子供に食事を与えた翌日。

 いつも通りの時間にギルドへと足を運んだ。

 あれから子供達がどうなったのかは分からない、もしかしたら今晩もあの店に来るかもしれない。

 また食事をねだられるかもしれないが……まぁ、その時はその時で考えよう。

 何てことを思いながら、依頼掲示板を眺めていれば。


 「おはようございます、ドレイクさん」


 「あ、おはようございますリタさん」


 いつの間にか、受付嬢のリタさんがこちらを見上げるようにして立っていた。

 その手に見慣れない書類を持って。


 「ちょっとだけ時間大丈夫ですか? あ、もちろんクエストを選んでからでも大丈夫ですよ?」


 ニコニコと柔らかい笑みを浮かべる彼女は、その書類をこちらに見せながらそんな事を言い放つ。

 早く早くとばかりに身体を揺らしているので、ゆっくりと依頼を捜す気にもなれず大人しく書類を受け取った。

 そこに書かれていたのは。


 「昇格申請書?」


 「はいっ! おめでとうございますドレイクさん。昇格の許可が出ましたので、望むのであればすぐにでもランクアップ出来ますよ!」


 説明を受けてみれば、何でも前日までの実績が評価されたんだとか。

 そしてこの書類、昇格申請書。

 冒険者と言うモノは、勝手にランクが上がる訳ではないそうだ。

 次のランクへ上がる為にこの書類を提出し、面接を受けるとの事。

 場合によっては実技試験も。

 高ランクになれば報酬の高い依頼が任せられる様になるが、同時に命の危険も多くなる。

 なのである程度ランクが上がった後、昇格を望まない者も居るみたいだ。

 そんな訳で、もっと上を目指すならこの書類を書いてね? という事らしい。


 「しかし俺はまだ三日目ですよ? そんなにすぐ昇格するものなんですか?」


 「その辺は別室で面接しながらお話するという事で。どうします?」


 「は、はぁ。わかりました」


 なんだか釈然としないまま、その場で申請書にサインした。

 仕事の幅が広がるのは良い事だ。

 些か早すぎる昇格な気がしないでもないが。

 猪の討伐証明部位を提出してしまったのが効いたのだろうか?

 まぁいいか。説明してくれるというのなら、面接時にゆっくりと話を聞く事にしよう。

 一人で納得しながら、俺はリタさんに連れられて別室へと移動していくのであった。


 ――――


 ソファーに腰を下ろして、リタさんと一緒にゆっくりとお茶を頂く事数分。

 いつから面接が始まるのかとソワソワしていると、コンコンッとノックの音が室内に響き渡った。

 リタさんが声を返せば、扉の先からは威厳の有りそうな強面の男性が。

 がっしりとした体に髭面、そんでもって白髪。

 結構年齢が髙そうにも見えるが、未だ活力に溢れていそうな力強い顔立ち。

 はて、誰だろう?

 首を傾げながらも、とりあえず挨拶しようと立ち上がってみれば。


 「おいリタ、お前はちょっと席を外せ」


 「なんですか急に、嫌ですよ。今日の面接官は私なんですから」


 何やら口論が始まってしまった。

 こちらとしては何が何やらと言った状態なのだが。

 やがて言い合いが収まり、二人してため息を溢して正面のソファーへと腰を下ろした。

 結局挨拶も出来ぬまま、俺も彼等に従ってソファーに座り直すと。


 「それでは始めようか、新人冒険者ドレイク。いや、傭兵ドレイクと言った方が良いか? 初めまして、俺はこのギルド支部を預かっているルドルフ・ヴェローンだ。よろしくな」


 「どうも、ドレイクです……って、え?」


 この人ギルドの支部長だったのか。

 新人冒険者の面接に、まさか支部のトップが顔を出すとは思わなかった。

 というのと、今この人何と言った?


 「あの、支部長。今ドレイクさんの事傭兵って……」


 リタさんの方も気になったのか、やはりそこに突っ込んでくる。

 ヤバイ、バレた。

 いや、前の仕事が何であろうと問題ないのが冒険者だったはずだが……。


 「俺の勘違いかとも思ったんだがな。戦場で活躍した幾人かの傭兵も、この国の兵士と一緒に勇者一行と旅立ったって話は聞いていたが。まさか天才揃いの勇者一行に、“一般人”の生き残りが最後まで同行していたとは。流石に驚いた」


 「支部長~? 私にも分かる様に話してください。面接官なのに私だけ置いてけぼりです」


 「察せよ、鈍いな。そんなだからいつまで経っても旦那が出来ないんだ。帰って来た英雄は四人、式典に参加した英雄は三人。勇者一行の最後の一人がコイツだって言ってんだよ」


 フンっとつまらなそうに呟く支部長に、パクパクと口の開閉を繰り返すリタさんがこちらに視線を向けてきた。

 やめて、そんな目で見ないで。


 「人違いです、ドレイクなんて名前いっぱい居るので」


 とりあえずそう言いながら頭を下げてみれば。

 支部長さんはニッと口元を吊り上げて更に言葉を続けた。


 「なかなか珍しい名前だと思うがなぁ? しかも馬鹿でかい大剣を振り回す奴は多くとも、大剣使いのドレイク・ミラーと言えば俺は一人しか記憶にねぇなぁ」


 「この剣、実はハリボテです。中からもっと小さいのが出て来るんです」


 「嘘つけ、昨日の猪の毛皮見たぞ。どう見てもその大剣でブッ叩いた傷だろうが」


 駄目だ、逃げ道が無くなってしまった。

 どうしても隠さなきゃいけない事情がある訳でもないので、バレても問題はないのだが。

 それでもまったりと過ごしたいと思っているのだ、こんな所で大事にはしたくないというのが正直な所。


 「どうか……内密に」


 「ま、過去に色々あるのも冒険者らしいっちゃらしいが。いいのかよ? ちゃんと名乗り出れば、こんな下働きみたいな真似しなくても豪華な生活が待ってるだろうに」


 「そういうの、苦手なんで。お偉いさん相手の優雅な振る舞いとかも分かりませんから」


 後は大勢の前で兜を取りたくない。

 仲間達は皆顔が良いので俺はお目汚しというか、皆の評判にまで響いてしまうかも知れない。

 だったら俺は単純に“雇われ”だったという事にして、外聞の良い彼らに英雄の顔になってもらえば良いというものだ。

 そもそも本当に雇われ傭兵だった訳だし、間違ってはいない筈。


 「まぁいいさ、ギルドとしては名のある奴がウチの冒険者になってくれたんだ。バレたくないというのなら、俺達は口を噤むまでだ。個人情報の秘匿も、職員の決まり事だからな」


 「そうしてもらえると助かります」


 そう言ってくれる支部長には感謝しかない。

 ひとまず大事になる事態は避けられた様で、ふぅと安堵の息を溢していれば。


 「ドレイクさん“消えた四人目”なんですか!? こ、これは凄い事を聞いてしまった……」


 一人だけ、ちょっと不安が残る人がオロオロと落ち着きなく視線を彷徨わせるのであった。

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