第3話 鉄塊


 「おはようございます」


 「あっ、ドレイクさん! おはようございます、今日はどんな依頼を受けるんですか?」


 朝早くからギルドへと向かい、掲載されている依頼書を一枚引っぺがして受付のお嬢さんに挨拶してみれば。

 昨日と同じ受付さんだったらしく、とても良い笑顔を向けてくれた。

 これだけでも仕事が頑張れるってもんだ……なんて馬鹿な事を思いながらも、スッと依頼書を差し出す。


 「本日は討伐依頼なんですね、分かりました。ドレイクさんは仕事が丁寧みたいですし、今日も期待しちゃいますね!」


 ニコッと満面の笑みを浮かべる受付嬢さん。

 受付嬢には可愛い子が選ばれる、みたいな話を耳にした事があったが……ちょっと納得してしまった。

 チラリと視線を横に流せば、他に座っている受付さん達も皆美人揃い。

 こんな人たちに毎日見送られれば、男なら誰だって頑張ってしまうだろう。

 女性の冒険者ももちろんいるが、やはり男性の方が圧倒的に多いのは確か。

 なるほどと頷きながら、クエスト受注の手続きを待っていれば。


 「ドレイクさんって、いつも兜外さないんですか? 昨日もずっと被ってましたよね?」


 ふと、そんな事を言われてしまった。

 いつかは言われるとは思っていたが……まさか二日目にして聞かれてしまうとは。

 どうしたものかとばかりに首をポリポリと掻いていると、受付さんは慌てた様子で掌を此方に向けて左右に振り始めた。


 「あっ、いえ! 詮索するつもりではないんですよ!? 冒険者って訳ありの人とか、顔に傷がある人とかも多いですし。ギルドの方で身辺調査とはやるので、犯罪者でも無い限り無理に見せろって言うつもりはなくてですね! 本当ですよ!?」


 顔を見せないというのは、信用問題に繋がる。

 だからこそ、いい加減お前の顔見せろよって事なのかと思ったが……どうやらそういう訳では無さそうだ。

 普通の鎧なら登録の時に兜を外せと言われただろうが、俺の被っているのは特注品。

 「あまりにも特徴的なら、それがお前の“顔”になるから平気じゃろうて」

 そう言って独特なデザインに注文してくれたミサよ、ありがとう。

 とはいえ、やはり身辺調査はされるのか。当たり前だけど。

 そして、あまり興味を持たれても困るので。


 「自分、不男なんで、隠してます」


 「はい?」


 正直に答えてみれば、彼女は首を傾げながらこちらを覗き込んで来た。

 見ないで下さいお願いします。

 兜に隠れているのは本当に不男ですから、いざ顔を見られたら多分貴女も苦笑いとか浮かべちゃいますから。


 「そう言われると、余計に気になるんですが……」


 「本当にそこら辺に居るおっさんなので、興味を持たないで下さい。受付さんも多分、素顔見たら明日から笑ってくれなくなっちゃいます」


 ズイズイと迫って来る受付さんから身を引きながら説明してみると、彼女は更に身を乗り出してくる。

 そして。


 「私、リタ・ナージュって言います」


 「はい?」


 「ですから、私の名前は受付さんではなく、リタです」


 「あ、はい」


 それだけ言って、彼女……リタさんはカウンターへと戻って行った。

 なんだったんだ一体。

 その後は特に追及も無く、書類が作成されていく。


 「ではここにサインを。はい、これで問題ありません。行ってらっしゃいませ、ドレイクさん。本日も良い知らせをお待ちしておりますね」


 何だか急に受付嬢らしくなったリタさんに、思わず疑惑の眼差しを向けてしまうが……今ではニコニコ営業スマイル。

 これは、とりあえず話はコレで終わりという事でよろしいのだろうか?


 「えっと、行って来ます」


 「はい、行ってらっしゃい。気を付けて下さいね」


 良く分からないが、とにかく彼女に手を振ってからギルドを後にした。

 まあ良い、今日も仕事だ。

 しかも、本日は討伐依頼。

 低ランクなので大した獲物ではないが、それでも。


 「やっと試せるな、ブンブン丸……じゃなかった、鉄塊か」


 背負っている大剣の柄を、軽く拳で叩いてやる。

 いつになっても、どれ程凄い武器を使おうと。

 やはり新しい武器というのはワクワクする。

 だったら昨日振り回せば良かったじゃないかと言われそうだが、昨日は昨日で冒険者の初仕事って事でテンションが上がっていたのだ。

 そして何より、別に生き急いでいる訳ではない。

 多分それが、一番心の余裕になっている。

 人間誰しも余裕が無いのは良くない。

 金の余裕、時間の余裕。

 そう言ったモノがあるかないかで、心の大きさが変わると言っても良いと思っている。

 金が無い時、時間がない時、食い物が無い時。

 人は無駄に攻撃的になる。

 そういう時は、仲の良かったパーティの仲間達とだって衝突が起こる程。

 人生で一番の大仕事は終わったのだ。

 だから、今後はしっかりと余裕を持ちながら生きて行こう。

 そんな風に考えられるくらいには、歳を取ったつもりでいる。

 という訳で、今日も今日とて街の外へと足を踏みだすのであった。


 ――――


 「ははっ! こいつはスゲェ」


 思わず、そんな声が漏れてしまった。

 現在森の奥深く、目的の魔獣を捜して一人踏み込んで来た訳なのだが。

 “悪い癖”が出てしまっていた。

 襲ってくるのは、数多くの魔獣や魔物。

 様々なモノが襲い掛かって来ては、“鉄塊”の餌食になる。

 本日の討伐目標、兎の魔獣の討伐。

 だというのに、気付いたら随分と奥深くまで踏み込んでいた。

 新しい得物、その試し斬り。

 最初はそのつもりだった。

 だというのに、あっちなら? こっちの魔獣に対しては? なんて思ってしまい、いつまでも大剣を振り回し続けてしまった。

 そして試し斬りの結果はと言えば。


 「だはははっ! 全然斬れねぇ!」


 名は体を表す、まさにそのままだった。

 鉄塊、本当に鉄の塊だ。

 刃は付いている筈なのに、斬っているというよりかは叩き潰しているに近い。

 巨大な猪に叩きつけてみれば、鈍い音を放ちながら相手が吹っ飛んでいく。

 コレは凄い、見事に欠陥品も良い所だ。

 見た目だけのポンコツ、とまでは言わない。

 なんたって分厚い鉄の塊なのだ。

 剣が曲がる事も無く、刃こぼれ……はしているのかもしれないが、特に気にならない。

 最初から斬れると思っていないから問題なし。

 こんな武器は随分と久しぶりだ。

 勇者達と共に旅をした事から、各地の名剣や魔剣。

 更には伝説級とまで呼ばれる大剣さえ振るった事がある。

 ちょっとした収集癖もあるので、何本もの大剣がマジックバッグの中には眠っている程。

 どれもこれも凄い物だったが、コイツはどうだ?

 大剣なんて本来こういうモノだと言わんばかりの、圧倒的な重量感。

 斬れないなら叩き潰せと鍛冶師の声が聞こえてきそうな、馬鹿みたいな物理攻撃。

 そうだ、そうだった。

 大剣ってのは、本来こういうモノだ。

 仲間達と共に旅を続けている内に、俺は贅沢になっていたんだ。

 大剣を振るには筋力が必須、筋力をつける為には努力が必要。

 そして体の基本を支えるのは、飯と睡眠。

 そのどちらも手に入れる為には、金が必要なのだ。

 だから俺は働く。

 飯を腹いっぱい食って沢山寝て、次の日に身体を動かせるように。

 全ては循環していて、たった一つの目標に向けての布石でしかない。

 “強くなりたい”

 ただその為だけに、回り回って俺は生きて来た。

 原点とも呼べるソレを思い出した今、非常に興奮していた。


 「だぁぁらぁぁぁ!」


 雄叫びを上げながら、吹っ飛んだ猪に向かって鉄塊を突き刺した。

 尖ってはいるので、一応刺さる。

 やけに鈍い感触が掌に返って来るが、兎に角刺さる。

 その間にも周囲から迫る魔獣に対して、突き刺した猪の死骸ごと大剣を振り回して投げつけた。


 「来い……俺はまだ生きているぞ」


 ちょいちょいっと獣に向かって手招きしてみれば、こちらの挑発など理解していない筈の狼が集団で襲い掛かって来る。

 いいぞ、実に良い。

 この剣で、足の速い連中にどこまで対応できるか試さないと。

 そんな事を考えながら体ごと回転させ、一番近くに飛び掛かって来た相手を横から叩き潰す。

 遠心力を殺す事無く、ステップを踏む様に移動しながら二匹目、三匹目と鉄塊を叩き込んだ。

 そして刃を止めれば、また一斉に飛び掛かって来る獣の群れ。

 その内の一匹に対して、切っ先を構えたままあえて飛び込む。

 引けば集団に追われる、だったら攻めろ。

 一対多になるほど、集団戦になるほど。

 大剣使いって奴は我武者羅に暴れる事が出来るのだから。


 「ガァァァァ!」


 獣の様な叫び声を上げながら、鉄塊をとにかく振り回した。

 つるぎとは繊細なモノだ、杖の様に地面に突き立ててはいけない。

 雑に扱えば芯は曲がり、適当に叩きつければすぐに刃も駄目になる。

 本来なら、そう教えられる筈の刃物。

 しかし、コイツは別だ。

 芯が曲がる心配など皆無、刃の心配など元から必要ない。

 剣術は必要になるだろうが、“魅せる”必要は皆無。

 美しくなくて良い、ただ生き残れば良い。

 切っ先を一匹の獣に突き立てれば、その場で暴風の様に巨大な鉄の塊をぶん回す。

 重すぎる大剣に多少振り回されようが、自らが動いて調整してやれば良い。


 「ずあぁぁ!」


 踏み込んだ踵を軸に、振りぬいた剣をもう一周回転させてから次の獣に叩き込む。

 頭蓋は砕け、血やら肉やら色々な物をまき散らしながら、叩かれた獣は物凄い勢いで視界の端へと消えていく。

 まだだ、まだ敵は居る。

 大剣を構え直し、周囲で唸る獣たちに敵意を向けた。

 懐かしいとまでは言わない、つい最近までコレが日常だったのだから。

 だが、だからこそ。


 「これぞ冒険って感じだよな」


 ニッと口元を吊り上げてから、再び大剣を握る拳に力を入れた。

 さぁ来い、どんどん来い。

 俺は新しい相棒に“馴染む”必要があるのだ。

 その為には、やはり実戦が一番だろう。


 「うっしゃぁ! やってやらぁ!」


 その叫び声は、随分と遅くまで森の中に鳴り響いたのであった。


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