私を殺した彼の話 ~5000兆円殺人事件~

飯田太朗

降り注いだのは5000兆円

「全額集めたところ、5000兆円に及んだ模様です……」

 街中。巨大なスクリーンに。

 映し出される私の家の近所。規制線が引かれ、ブルーシートがテントのように幕を張っている。

 そう。やっぱり、死んだんだよね……。

 両手を見つめる。こうしてハッキリと実体があるように、思えるのに……。

 無遠慮に突進してきたサラリーマン。私はかわそうとしたが避けきれない。もっとも、避ける必要などないのだが、の感覚が私に回避行動をとらせる。

 少しだけ、時間を巻き戻す。私が目覚めたのは、暗い箱の中だった。

 それが棺だと気づいたのは、ふわりと体が浮かんで、箱の中から出られたからだ。

 すぐに目に飛び込んできた、私の遺影。たくさんの花。

 両脇には親族。泣いている。黒い服。ようやく分かる。

 私の葬式……?

 何で? と思って思い出す。空から降ってくるコンクリートブロックみたいな紙の塊。札束。雨のように降ってきて私を押しつぶした。記憶が確かなら、最初の一撃をもらったあたりから、いやもっと言えば降ってきたのが札束だと認識した瞬間から、頭の中は疑問符だらけだった。多分、交通事故なんかで死ぬ人も頭が混乱して死んでいくのだろう。

 まぁ、それはさておき。

 私は死んだのか? それも、空から札束が降ってきて……。



 しかし死んでもなお、私は私を自覚できた。

 つまるところが幽霊になっているわけだが、理由はいくつかあるだろう。幽霊とはこの世に未練を残したが故の存在だ。つい先日までこの世に絶望していた私が未練。まぁ、考えられるのは以下。

 一、奇怪な死の現場。空から降ってきた札束に押しつぶされて死ぬなんてことある?

 二、大量の金に恵まれたのに一円たりとも使えず死んでいったことへの無念。

 三、いざ死んでみるとなると色々やってみたいことがあった。せめて後一回くらいディズニーに行ってもよかった。

 しかしそんなのは考えても後の祭り。

 にっちもさっちもいかない状況。幽霊だから眠る必要も食べる必要もないけれど、このまま中途半端な存在としてこの世に縛り付けられるなんてごめんだ。

 解決策は「この世への未練」を断ち切ることだろう。つまり上記の未練を全て解消すればいい。まぁ、三つ目のやつはおまけみたいなものだから、実際のところ。

 奇怪な死の現場。

 金を使えなかったことへの未練。

 これらを解決すれば何とかなる、かも……? 



 まず。

 あの量の札束を空から落そうと思ったら空輸する機械が必要だ。簡単に言えば飛行機とか、ヘリコプターとか。その辺りについて調べてみる。

 霊体だから指紋認証も顔認証もできず、スマホを扱うのに難儀したが、時間と無尽蔵の体力に物を言わせてひたすら探し回っていたら見つけた。空港。もしかしたら、ここに何らかの記録があるかもしれない。

 そう思って霊体であることをいいことに、難なく空港の管理設備の中に入り込み、寝ずにいられる体を使ってひたすら情報を参照していたところ、見つけた。私が死んだ某日、空を飛んでいた機についてまとめた情報を。

 午前六時から七時の間。私が住んでいた地域上空を飛んでいた機は三機。

 一、旅客機。これは選択肢から外しても良さそう。北海道からの便で、乗客は二十名前後。採算取れるのかな?

 二、航空自衛隊の訓練機。どうも編隊を組んでの訓練だったらしい。

 三、これが怪しい。個人の所有するヘリコプター。持ち主は某世界的検索エンジン会社の日本支社役員。

 この人なら5000兆円持っててもおかしくはなさそうだな……。そういうわけで、私はこのヘリコプターの所有者の家へ向かう。

 これまた探すのに難儀した。参照できる情報はまず某社の役員であること。つまり某社まではたどり着けた。しかしそこからだ。

 某社の日本支社は二社あった。内どちらかに勤めるのだろう。とりあえず空港から近い方に一週間潜伏した。そして片っ端から社員の顔や情報を調べて回ったのだが、なかなかあのヘリコプターの所有者には出会えなかった。

 たまたまこの一週間、そのヘリコプター主が不在だったのか、それともただ単にこの支社にはいないのか、判断しかねた。

 しかし私は幽霊だった。時間も体力も無限なのだ。間違えたらまた来ればいいと割り切ることにし、次の支社へと行った。そこであっさり出会えた。

 さすが、某社の役員はオフィスが違う。

 最新設備に最新のセキュリティ。多分ドアの隙間から髪の毛一本入れても怒られるんじゃないだろうか。そんなオフィス。しかし霊体の私なら難なく入れる。

 仕事ぶりを見る。至って真面目な会社員。なかなかいい男だったので秘書か部下かをオフィスに連れ込んで……ということはないか期待したが何もなかった。彼の帰り道を尾行した。

 自宅はタワーマンションの最上階だった。これまた髪の毛一本床に落ちていようものならブザーがなりそうな最新設備。夜景も綺麗。カーテンがいらない部屋なんて初めてみた。そして、気づく。この人の家、あの空港が見える……。



 それから二月ふたつきほど、私は彼の家に居座った。

 そして分かったことがある。5000兆円。それは某社の役員を務める彼にとっても、決して安い金額ではなかったということ。

 単純計算で、彼が5000兆円を稼ごうと思ったら云十年かかる。つまり彼は云十年かけて得た成果をすべて投入して私という個人を殺したわけで、当然私にそのような価値はない。

 しかし、「彼にとって5000兆円の損失は果たして損なのか?」という問題に立ち会ってみると、その答えは必ずしもイエスとは言えないらしい。

 どうも彼には裏ビジネスがあるようだ。そのビジネスの儲けがある。

 毎日、決まった時間に彼は電話を受ける。このご時世、スマホで個人が個人の連絡先を持てる時代にわざわざ固定電話にかかってくる。そして彼はあれこれ指図をするとそのまま電話を切る。以下に彼の話した内容の一例を述べる。

「少ないな。それだけ世界はよくなっている」

「何? まとめて落ちてた?」

「持ち主は見つかったのか」

 相手の発言が分からないので断片的な情報しか得られない。しかし、見えてきたことはあった。

 どうも彼、本当に5000兆円を、いや大量の札束を落とす気だったらしい。



〈富士五湖のひとつになら入れられそうなんだな?〉

 これは彼の手紙。ご丁寧に、彼は自分が書いた手紙のコピーをとっておくタイプの人間らしい。いい手だと思う。筆が乗って余計なことを書いたとしても、コピーをとればその段階で心が冷静になって読み返せるし、その時点で気づく間違いも多いだろう。用心深い。

〈はい。どの湖でも問題ありません。どこにしましょう〉

 そうして選ばれる、ひとつの湖。

〈某日(私の命日)の早朝に迎え。ご来光とともに沈めるぞ〉

〈承知しました〉

 私はこの手紙をさらに遡ることにした。遡ること数年前。こんな企画書からこの手紙のやりとりは始まったようだ。

 すなわち。


『落とし物を落とそう』



 彼の隠れたビジネスというのがずばりそれだった。え? 分からない? ではお教えしよう。

 拾得物ビジネスなのだ。ある情報によると、東京都だけで年間38億円もの現金が拾得され、警察に届けられている。では逆に、着服された金額は? 日本は治安がいいからかなりの額が警察に届けられることだろう。しかし、他の国では? 

 世界中の「落とされた現金」を集めて必要なところに回す。それが彼の隠れたビジネスだった。これは彼の組織の統計によるもので、決して公的な発表ではないのだが。

 世界中で見つかった現金の落し物は年間、日本円にすると472𥝱円。「𥝱」という単位は全く馴染みがないだろうから説明すると、「1000兆」の次が「1京」、「1000京」の次が「1垓」、「1000垓」の次が「1𥝱」なのでどれだけ途方もない金額かが分かるだろう。しかもこれ、「公的機関に届けられていない」金額なので、拾得物として届け出のあった金額を合計するともっと大きな額になる。そう、彼の仕事は、「本来なら公的機関に回っていくべきであった誰かの落とし物というお金を、世界がよりよくなるために多方面に回す」というものだった。その仕事のために年間500𥝱円近くものやりとりをしていたのだ。

 そんな彼からすれば、5000兆円なんてまさしく「落とし物」だろう。財布に5万円入れていて500円落としたような感覚なんじゃないだろうか。しかし彼、この5000兆円を無駄にしようと思っていたのではないらしい。

 ギフテッドキッズ計画。読んで字のままだ。天才子供計画。

 世界中から知能の高い子供を集めてきて、特殊な教育、訓練を施し、世界の役に立てる。そんな計画があるらしい。

 集める、なんて言ったが実際は子供たちの自由意思を尊重しているらしく、集められた子供は何らかの動機を持ってこの計画に参加する。

 そんなギフテッドキッズへの教育の一環として「ゲーム」があるらしい。課題を与えその課題へどのようなアプローチをするか見るという教育だ。

 そんな「ゲーム」にある日彼の協力が求められたらしい。曰く、「子供たちがワクワクするような景品がかかったゲームを企画してください」。

 そういうわけで「落とし物を落とそう」。つまり5000兆円が選ばれた。何度も言う。5万円持っている大人の500円くらいの値段だ。子供にやる小遣いにはちょうどいい。

 彼はこの額を日本の「富士五湖」という「池」に隠し、「どーこだ」というゲームを企画した。5000兆円はそのために空輸された。この5000兆円はどう考えても彼の裏ビジネスで得られた額なので「落とし物」である。落とし物を落とそう、とはそういうことだ。

 しかしそこでトラブルが起こった。運んでいた5000兆円がヒューマンエラー系のトラブルにより落下。果たして私の頭上に降り注ぐ、という事態になってしまったのだ。

 5000兆円を落とした彼でも、人の命を奪ってしまったことに対してはかなり思うところがあったらしい。まぁ、そりゃあ、500円落として人が死んだらショックだろう。

 その後、彼は私の実家宛てに毎年5000万、匿名で振り込むという行為をしている。

 計画によれば私が寿命で死ぬであろう、云十年先までの振り込みが決まっているらしい。

 実家の様子も見に行ったが、困惑しているというか怖がっているというか、どうも私の死がきっかけで起きたのであろう事態なのは把握しているようだが、しかし送り主を特定する気はないようである。まぁ、その気になったとして、幽霊の私が時間をかけて辿り着いたこの答えに、生身の人間が、それも中流階級の人間が辿り着けるとは到底思えない。

 さぁ、そういうわけで。

 私が今何をしているか、気になるだろう? 

 私は彼の元に集められる年間数百𥝱円の金額がどのように推移していくかを眺め、その結果どの地域のどんな人がどう変わったかを具に見ていくことに生き甲斐、いや死に甲斐を見出すようになり……。


 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私を殺した彼の話 ~5000兆円殺人事件~ 飯田太朗 @taroIda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ