日記

『四月二十日』

 高校へと進学して早くも十日ほど。

 何か新しいことを始めてみようと思い、こうして日記を綴っている。

 新しい学校に慣れ始めたところで、殆どのクラスメイトとは仲良くなれた。今のところ一番仲がいいのは中学からの付き合いがある明美ちゃんだけど……

 でも! 一人だけ気になるクラスメイトがいる!

 その子の名前は緋色ゆゆねちゃんといい、隣の席のお淑やかな女性だ。

 彼女は大人しいキャラとしてクラスで受け入れられ、恐らく、誰もゆゆねちゃんを嫌いな人はいないだろう。そう思うほどに優しくて、賢くて、美しく……それでいて私の大切な人に似ている。口調は違っているが、纏っている雰囲気が凄く似ていて、なんだか勘違いしちゃいそうだ。

 ゆゆねちゃんと友達になりたいなぁ……

 



『四月二十一日』

 なんだろう。

 ゆゆねちゃんを見ていると、こう胸の奥から何かが込み上げてくる。

 前からそのような感情は度々体験していたが、ここまで頻繁、それも強烈だったのは初めてだ。脳裏に引っかかりを覚え、大事なモノを忘れていると警鐘を鳴らしているようで気持ちが悪い。

 その所為で真面にゆゆねちゃんに話しかけられず、ただこっそりと見つめることしかできない。

 ああ、私は何を思って……





『五月二日』

 やってしまった。

 遂に人前で吸血鬼としての一面を出してしまった。それもゆゆねちゃんを襲ってしまうという最悪な形で……なんとか誤魔化せたと思いたい。

 でも! ゆゆねちゃんが悪いのだ! あんなに美味しそうだなんて……! 我慢出来るわけがない……

 ……ゆゆねちゃんは何故か雨宿ちゃんが愛用していた十字架のネックレスを持っていた。あれは数年前に墓荒らしにあった時に盗まれた筈だったが、一体どこで手に入れたのだろう? 予想だにしない物に酷く動揺してしまった。

 その所為で吸血鬼だと疑われたし最悪だ。

 はぁ……もしかして、ゆゆねちゃんは雨宿ちゃんの生まれ変わりだったりしないかな……なんて、そんな訳ないよね。雨宿ちゃんはもう……

 それにしても、ゆゆねちゃんはロボットなのだろうか? 吸血鬼である私を退ける力に、着脱可能な手首。まず普通の人ならあり得ないだろう。

 何かしら秘密があるのは確かだ。これから色々と探っていこうと思う。





『五月十日』

 やばい。

 あの事件がきっかけでゆゆねちゃんと仲良くなれたのは嬉しい。だけど、だけど、理性を保つので精一杯だ。

 ゆゆねちゃんの、あの可愛さはなんだ。偶に見せる笑顔が素敵で、まるで女神様のようだろう。美味しそうな香りに、何度食欲を刺激されたか……我慢しないと!

 それにしてもゆゆねちゃんはまだ私を吸血鬼だと疑っているらしい。まあ当然っちゃ当然だ。ゆゆねちゃんなら正体を明かしても良かったが、敢えて明かさなかった。

 こういうのは雰囲気とタイミングが大事なのだ。




 

『五月二十日』

 今日も、ゆゆねちゃんをロボットだと証明するために探りを入れたが失敗した。オイルと鉄屑をプレゼントしたのは露骨過ぎただろうか?

 でも収穫はあった。

 昼食後、眠ってしまったゆゆねちゃんを保健室に運んで……まあ色々と身体を堪能し――げふんげふん! 確かめた。その結果、ゆゆねちゃんが持つ十字架のネックレスは確実に雨宿ちゃんの物だと判明し、腕や脚が着脱可能と分かった。やっぱりロボットだ。

 その後、起きたゆゆねちゃんに友達宣言されて、とても嬉しかったのだが……なんだか記憶が曖昧だ。

 ゆゆねちゃんに聞いても「いきなり倒れたんですよ」と一点張りで、釈然としない……

 あ、そういえば明日はお出かけしようと約束したんだ! ゆゆねちゃんと遊びに行くのは初めてだから楽しみだ。

 んー暇な時間に遊べるように何かゲームでも持っていこうかな? やっぱりトランプが定番だけど……この前雑誌で載っていたクロスワードパズルがいいな。あれなら私でも作れそうだし、ゆゆねちゃんに解いてもらおう!





『五月二十一日』

 ゆゆねちゃんとのデートは楽しかった。一緒に食事をして、買い物をして、ゲームセンターで遊び、私が見たかった映画を一緒に視聴した。

 だけど、最後は失敗してしまった。

 夕暮れの公園で二人きり。ロマンチックな雰囲気に流されて吸血鬼だと明かしてしまった。自分の気持ちを伝えてしまった。

 その後、吸血行為に及ぼうとしたのが大失敗だった。

 ゆゆねちゃんは辛そうにして逃げてしまうし、あぁ……これはあまり思い出したくないなぁ。私にとって黒歴史になるだろう。

 ……よし! ポジティブに切り替える!

 プリクラはどこか貼ろうかな! あまり目につくところはダメだよね。明美ちゃんに揶揄われそうだ。




『五月二十三日』

 あれからゆゆねちゃんは時々浮かない表情をしている。吸血鬼という点には一切触れず、腫れ物扱いされているようで気に食わない。

 こうなったら! 攻める! とことんアタックしていこう!






『五月二十四日』

 今日、ゆゆねちゃんの住所を知った。

 位置的に四階から見えそうなので、一階から四階へと引っ越した。ついでに高精度の望遠鏡を買い込んだ。

 これでゆゆねちゃんの私生活が見える! うぇへへ!

 




『五月二十七日』

 拒絶された。

 今日、初めてゆゆねちゃんに断られた。

 確かにここ最近の私は積極的で、ストーカーと言われても仕方ないが、まさか優しいゆゆねちゃんに拒絶されるなんて……ショックでどうにかなりそうだ。

 その影響でまだ夕飯前なのに、こうして憂鬱気味で日記を書いている。

 こうなったら自棄食いだ。今日はおかずを買い込んで、いつもより豪華な食事といこう。


 進展があったのでまた日記を記す。

 あの後、夕飯のおかずを買いに出かけ、その帰り道でゆゆねちゃんと出会った。どうやら学校でのことを謝りに来たようだった。

 丁度いい。

 ゆゆねちゃんとはきちんと話し合って仲直りしようと思っていたのだ。それでもダメだったら無理矢理にでも私の物にする気概で、家へと招き入れる。

 ゆゆねちゃんお手製のカレーをご馳走になってから屋敷を案内して私の部屋へ誘い込んだ。

 そこで手錠を使ってゆゆねちゃんをベッドへと磔にしたのだが、ああ……あの時のゆゆねちゃんは可愛かったなぁ……

 私を拒絶していた理由が、親しくなるのが怖いだなんて……健気な恐怖心だ。本気で拒絶されていたら、私はきっと立ち直れない。

 何はともあれ仲直り、否、もっと深い関係になれたのは嬉しいが、また記憶が曖昧なのは何故だろう?

 確か、私は我慢できなくなってゆゆねちゃんを襲った筈なのに、目を覚ました時に彼女はいなくなっていた。

 解せぬ……





『七月十日』

 最近、ゆゆねちゃんが私のためにお弁当を作ってくれて嬉しいが、気を遣わせているようで、少しだけ申し訳なく思う。

 だけど、ゆゆねちゃんのお弁当が美味しいのは確かなので、中々拒否できない自分が情けない。うう……美味しいよぉ……





『七月二十日』

 びっくりした。

 今日もお弁当を受け取っていると、いきなりクロスワードパズルを解いたと言われ、思わず目を逸らしてしまった。

 だって、パズルの答えはあまやど……つまりは雨宿ちゃんの事だ。

 ゆゆねちゃんがそれを知って、もし「私のことですか?」なんて言ったら私の心臓は止まっていただろう。まぁ幸いなのか、それとも最悪なのか、ゆゆねちゃんには何のことか分からないようだ。

 私はがっかりした。心のどこかでゆゆねちゃんが雨宿ちゃんだったら、と期待していたからだ。

 はぁ……無愛想な態度で宣戦布告してしまったけれど、ゆゆねちゃんは怒ってないだろうか? 嫌われてないだろうか?

 それにしてもゆゆねちゃんの胸は柔らかかった。





『七月二十三日』

 今日はゆゆねちゃんの家に招待され、例の博士に会った。そう、ゆゆねちゃんを作った張本人だ。

 子供とは聞いていたがまさか本当だったとは驚いた。しかし、その博士が雨宿ちゃんのお墓を荒らしたとなれば許せない。

 一対一で話す機会があり、私は博士の真意を探った。

 だが、博士は何も言わない。場を茶化すばかりで、唯一語ったことはゆゆねちゃんは自分が作ったこと……そして、ゆゆねちゃんを完璧な人間にすること。

 たったそれだけだった。

 雨宿ちゃんとゆゆねちゃんの関連性の言質はとれなかったが、やはり子供あって表情から何となく感じ取れた。ゆゆねちゃんは雨宿ちゃんなのだろう。

 それから気分が悪くなって、帰ろうとしたらゆゆねちゃんに止められて、なんだかんだあって結局留まってしまい、目一杯遊んでしまった。

 博士とも打ち解けた。ゆゆねちゃんを作った天才の筈なのに、ゲームが下手で腹を抱えて笑ったのは仕方ないだろう。

 それにしても星の爆発のような閃光を見た気がするのは気のせいだろうか? また記憶が曖昧な部分がある……






『七月二十五日』

 たいへんだ。

 ママが帰ってきてしまった。

 ゆゆねちゃんのことを根掘り葉掘り聞いては不気味に笑っていた。何か良からぬことを考えていそうだ。






『七月二十八日』

 はぁ……またママに吸血鬼として生きろと言われた。

 今に始まった事ではないが、いい加減うんざりとする。

 私は人間だ。人間と同じ食事をして、同じように歩んでいく。ただそれだけ。

 血なんて飲む筈がない……まあゆゆねちゃんのは例外だけど






『八月二日』

 ここ最近忙しくて日記を書けなかったので記すことが沢山ある。

 まず二十八日から昨日まで私はママによって監禁されていた。うん、監禁だ。いくら眷属だからといって、牢屋に放り込まれて放置は可笑しいだろう。

 ずっとお腹が空いていて、途中から意識がなかったが、気がついた時にはゆゆねちゃんが「私はロボットなんです!」と叫んでいて、私は目の前の誘惑に耐えられなかった。

 ゆゆねちゃんの首筋へとかぶりついて血を吸った。ああ、こんなに美味しい食事は雨宿ちゃん以来だろう。久しぶりに吸血鬼としての本能が満たされ、暫く幸福感に浸ってしまった。

 しかし、正気に戻って湧いてきたのは罪悪感。今まで何度も彼女を襲ってきたが、こうも呆気ない結末とは思わなかった。


 私はゆゆねちゃんを雨宿ちゃんのお墓へとエスコートし、罪滅ぼしとして真実を語った。

 落ち込んだゆゆねちゃん。そのいじらしい姿に、耐えられなくなった私は大好きだと、気持ちを伝えてしまった。勿論、愛の告白のつもりだったのだが、照れたゆゆねちゃんにビンタされた。

 これはフラれてしまったということだろうか?

 ……まあでも、その後はクロスワードパズルの勝者は私となった! ゆゆねちゃんは私とずっと一緒に居ると約束してくれて、思わずにやけてしまった。

 ゆゆねちゃんとの仲はこれから深めていけばいいのだ。そして、いつか私だけのモノにして見せる。

 ああ……やっぱりゆゆねちゃんは美味しい!

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