吸血鬼とお昼休み―前編

 あれから数週間が経ち、私と三日月さんの素性を探り合う関係はエスカレートしていた。


「ゆゆねちゃーん! お昼ご飯一緒にどう?」


 今はお昼休み。今日も今日とて三日月さんは白銀のポニーテールを揺らしながら誘いに来る。


「今日もですか? まあいいですよ」


「よし! いざ早速屋上へ!」


「テンション高いですね。私とつるんでもいいんですか?」


「え? ダメなの?」


「そういう訳じゃ……ただ以前一緒にお昼を摂っていた友達はいいのかなって……」


「ちゃんと伝えてるから大丈夫だよ」


 安心感を与える笑みを浮かべた三日月さんは私の手を引いた。

 三日月さんが他ではなく、私を積極的に誘ってくるようになったのは正直嬉しい。いつも孤独だった時間が三日月さんとの時間になり、純粋に楽しかった。他愛ない会話ばかりだが、私の感情は豊かになっただろう。

 しかし、彼女はただ私の正体を暴きたいだけなのだろう。こうして私をお昼に誘うのもそういう心理があるからに違いない。

 そう思うと少し残念だ。


 三日月さんにとって私は……ただの興味対象でしかないのだろうか?


「――ちゃん? ゆゆねちゃん!」


「っは!? な、なんですか?」


「いや、もう屋上に着いたし、早く座ろうよ。あ、もしかしてさっきの体育で疲れちゃった?」


「そうかもしれません……」


 どうやら屋上へと着いたようで目の前には鮮やかな世界が広がって、空を仰げば快晴だった。


 それにしても吸血鬼は日光が弱点ではないのだろうか?


 その疑問を確かめるために三日月さんを屋上へ誘ったのが最初で、それがいつしか当たり前になった。

 しかし、目の前の彼女は日光を浴びているのに平然としているどころか、心地よさそうに伸びをしている。

 私の予想では死ではなく、十字架を目撃した時のように体調不良だったが、慮ってみれば日光が弱点というのは迷信なのだろう。そもそも三日月さんは普通に登下校している時点でそう考えるべきだった。

 隣同士でベンチに座り、やるせない気持ちで弁当の蓋を開けた。中身は彩りと栄養を意識した、食欲を湧かせる内容だ。


「わぁ! ゆゆねちゃんの弁当っていつも美味しそうだね!」


「ありがとうございます。……少し分けましょうか?」


「え? いいの? じゃあお言葉に甘えようかな」


 三日月さんはえへへと頭を掻きながら口を開けた。照れているのは分かるが、雛鳥のように小さく口を開けては餌を待っている。これはつまり――


(こ、これは私に食べさせて欲しいってことだよね?)


 主に親しい者同士の友好や親愛の証、または恋愛関係にある人たちが愛を確かめるためにする行為。俗に言うあーんという奴だろう。

 ありふれた行為だが、相手が三日月さんだと思うと変に意識してしまう。しかし、断る訳にもいかず、覚悟を決めた。


「あ、あーん……」


「んぐっ……ん、やっぱり美味しいよ!」


 私はおかずの中ではリーズナブルな卵焼きを取ると彼女の口へゆっくりと運んだ。

 すると三日月さんは本当に美味しいのか、頬に手を当てて表情を綻ばせる。お世辞でも嬉しくて、私も何だか照れしまう。


「この卵焼き……甘いね……」


「私は甘い卵焼きが好みなので……お口に合わなかったですか?」


「そんな事ないよ! 何だか懐かしい感じで……これ、ゆゆねちゃんが作ってるの?」


「あ、はい! その、自炊した方が安いですし……」


「ゆゆねちゃんは凄いなぁ……私、料理なんてしたことないからいっつもコンビニ弁当だよ。今日だって登校前にコンビニで買った物だし……」


「……私は最低限料理が出来るだけなので大したことはないですよ」


 ロボットなので料理に関する知識は高いが、実力は伴っていない。頭はプロ、手足は素人というチグハグだ。難易度の高い料理を作ると失敗しがちで、最低限の家庭料理くらいしか作れないのだ。因みに得意料理はフレンチトーストだったりする。


「謙遜しなくても美味しいのに……あ、そうだ! お礼にね――」


 肩を落としたと思ったら三日月さんは勢いよく鞄に手を突っ込んだ。


「はい! ゆゆねちゃんのために買っていたの!」


「こ、これは? お、オイルですか?」


 彼女が差し出したのは油だ。それも食用ではなく、主に機械に対して使われる潤滑油という物だろう。


(ど、どうしてこんなもの……はっ! ま、まさか!)


 三日月さんの瞳はキラキラと輝き、まるで私が油を飲むと期待しているようだ。つまり、これは彼女なりの作戦で、私がロボットだという尻尾を掴もうとしているのだろう。


(だけど甘いです。仮に私がオイル大好きなロボットだとしても見え見えの罠には引っ掛かりません!)


 明らかに怪しい物に飛びつくような馬鹿ではなく、博士によって作られた高性能ロボット。それが私である。

 彼女を騙すのは気が引けるが、今まで通り一人間としての暮らしを守るため絶対にバレてはいけないので、引っ掛かるわけにはいかない。


「ありがとうございます。家族が機械を扱う仕事をしているので助かります」


 しかし、会話上感謝の気持ちとして差し出された物なので、それを拒むのは良くないだろう。潤滑油自体、割と便利グッズなので無駄ではないので有難く受け取っておく。


「あっ……うん、喜んでもらえて良かったよ……その、飲まないの?」


「え? 潤滑油は飲み物ではないですよ? 三日月さんこそ、先ほどの体育で疲れているんじゃ……」


「あ、あはは、そうかもね……はぁ……」


 残念そうに項垂れている彼女は可愛らしい。

 私がオイルに飛びついて燃料を補給すると思っていたらしいが、奇天烈な発想だろう。某タヌキ型ロボットでも、人間と同じ食事をして暮らしている。 


「こ、これがダメなら……ゆゆねちゃん! これも受け取って!」


 私が苦笑いを浮かべていると、三日月さんはまた鞄へ手を突っ込んで風呂敷に包まれた何かを出した。


「弁当箱? ですか? えっと中身は……鉄屑……?」


 ぎゅうぎゅうに敷き詰められた釘やネジ。それらに錆や埃は無く、態々ホームセンターで買ってきた新品なのだろう。

 そして、弁当箱に入っているという事は私が鉄屑に食らいつくのを期待しているに違いない。オイルと同じ思考回路だ。

 その証拠に彼女はキラキラとした希望に満ち溢れた視線を注いでくる。眩しいったらありゃしない。圧し折ってしまう私の気持ちにもなって欲しい。


「ありがとうございます。また使わせてもらいますね」


「え? あ、うん……食べないの? ごほんっ……別に口からじゃなくてもいいんだよ? ロボット特有の口があるなら……」


「何度でも言いますが、私はロボットではありません。手品が特技な普通の女子高生です」


「や、やだなぁ別に疑っている訳じゃ……ただ私の中のゆゆねちゃんはオイルと鉄を主食として、目からビームが発射するロボ――ごほんごほんっ! マジシャンだよ!」


「……やっぱり疲れているのでは?」


 三日月さんのロボットのイメージはどうなっているのだ。発言を聞く限りオイルと鉄屑を主食とし、補給方法は口以外もあって、目からビームを発射するらしい。もはやロボットというより怪物である。彼女自身、ロボットではなくてマジシャンと言い直しているが、そんな過激な事をするマジシャンはいないだろう。世間一般でのマジシャンのイメージは精々スプーン曲げやトランプを使った胡散臭い人に違いない。

 飽くまで人間、それも凡人のフリをしている私は恍け、その冷たい反応に我に返ったのか彼女は顔を赤くしては俯いてしまった。


「ごめんね……」


「別にいいですけど……疑うのは止めて欲しいです」


「あ、うん、分かったよ。その、やっぱり……ゆゆねちゃんってロボットだよね?」


「言ったそばから!? だから違います!」


「なら機械仕掛け? オートマトン? それともホムンクルス?」


「それって全部ロボット的なニュアンスですよね!? 兎に角、私は人間なので! これ以上は怒りますよ!」


「ちぇっ……」


 三日月さんはつまらなさそうに舌打ちを打った。この調子なら明日も似たようなことを仕掛けてくるだろう。


(はぁ……私が言えたことじゃないですか探りを入れてきますね。それもド直球な……まあいいです。今日の私はいつもと違うこと、思い知らせてあげますよ)


 彼女との謎の関係が始まってから私はいつも防戦一方だった。しかし、今日という日は違う。反撃できる武器を、博士から授かったのだ!

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