第19話 靴


 今年の夏は暑いなんてもんじゃなかった。「暑い」と言う気力もなくなりそうなくらい暑かった。

 そんな中、出かけるなら、おしゃれよりも実用性。極力涼しい格好を心がけ、汗をかいても目立たない服を選ぶ。もちろん靴も素足で楽なのが一番。

 ということで、以前修理したサンダル(※第3話)を履く。修理代の分、たくさん履いて元も取りたいし。


 延々と続く酷暑の中のある暑い日。出かけようと下駄箱からサンダルを取り出した所。

 ああ、なんということでしょう。あんなに手間暇かけてお金もかけて修理したはずのサンダルの底が、またもや片方剥がれているではありませんか。

 

 そうでなくても脆い私のやる気はあまりのことにソフトクリームのように溶け出し、危うく外出を取りやめそうになった。が、しかし、何とか気力をかき集めると違う靴を履いて出かけた。

 帰宅後、剥がれた靴底を前にしばし考える。

 

 これはやはり寿命と諦めて捨てるしかないのか

 それとも他に何か方法があるのか

 あるとすればそのコストはいかほどか


 ひとつ、お手軽かつ格安な方法が頭に浮かんだ。それは「修理」という概念からはかけ離れていた。だが、私にはもうこれくらいしか取れる手立ては他に思いつかなかった。

 早速ダメ元で試してみると、意外なことに? 即座にくっつき、手で引っ張ってみても剥がれる気配がない。上出来である。

 とは言っても実際に歩いてみないことには本当のところは分からない。出先で剥がれてしまったら前回の二の舞。そうでなくてもこの酷暑、一歩外に出ただけで汗が吹き出てくるというのに、そんな不安を抱えていては更に冷や汗まで流れてしまうではないか。

 ということで家の近くを試し歩き。

 結果、全身から汗が滴ったものの、靴底は剥がれることなくぴったりくっついたまま、平らな道はもちろんのこと階段も坂道も見事クリアしたのであった。ブラボー。


 無事に復活したサンダルを履いて出かけたある日。酷暑にもかかわらず、少しばかり私の気は緩んでいた。というのも、時は9月。バーゲンの季節にようやく終止符が打たれたからだ。

 バーゲンは危険である。少なくとも私にとっては。あの赤い文字を見るとついふらふらと吸い寄せられていって、そしてどういう訳だか知らないが、探している物がなく買う気もなく油断している時に限って欲しい物を見つけてしまうから。

 なので、8月いっぱいまではそういった場所には近寄らないよう心がけていた。だが、9月となれば話は別。定価ではまず買わない(買えない、とも言う)ケチな私を誘惑してくる赤い悪魔たちは姿を消しているはずだった。


 緩んだ気持ちは足取りを軽くさせた。履き慣れたサンダルで辿り着いた先は、婦人靴売り場。以前は私の好きなお店が入っていたその広い売り場から、しかし1年程前にそのお気に入り店は撤退してしまっていた。

 そのお店の靴は私の好みにぴったりで、とても珍しいことに私の足にもぴったりだった。そこで買った靴で足を痛めたことは一度もなく、それ故、一度そのお店で買ってからはヒールがある靴は多分そこでしか買っていない。と言っても、そもそもセール価格で何足か買ったにすぎない泡沫客であったが。

 さておき靴売り場である。

 お気に入り店がない今、買う気などさらさらない。まして定価。きらきらと目に眩しいお値段の靴を冷やかしながら涼んでいた所、売り場の外れで赤札を付けられた一足のサンダルと出会ってしまった。


 ヒールを履いたことのある方ならお分かり頂けると思うのだが、あれはよほどぴったり合ってでもいない限り、形状的にどうしてもつま先に向かって足が滑っていってしまう。ヒールが高ければ高いほどなおさらだ。足に負担をかけたくなければ、だから平らな靴を選ぶ方がいいに決まっている。

 それでもなぜ女性はヒールのある靴を履くのか。

 答えは簡単。足は長く見えるし背は高くなれるし、スタイル良く見えるから。要はお手軽に見栄えアップできちゃう。しかもヒールの靴って女心をそそる素敵なデザインがたくさんあるし。それは多少しんどくても履きたくなるのが心情ってものです。ええ。

 でも、これはあくまでも「多少」であって、「多少」を超えたらやっぱりしんど過ぎて履けない(「多少」の範囲は人それぞれ)。

 それで言うと、ヒールと同じような視覚的スタイルアップ効果があって、ヒールでない靴があるとしたら、そちらに心が動くひとがいるのは当然だろう。そんな靴があるのかと問われたら、ある、と答える。それが今回、出会ってしまった靴だ。


 一昔以上前、厚底靴というものが流行ったことがあった。あれをもっと温和な形にした靴がしれっと普及している。それだ。

 元々の厚底靴は底の厚みが優に10㎝以上はあった。下手したら花魁もびっくりの20㎝近かったのではないだろうか。今、見かけるのは、だいたいが5㎝前後といったところか。

 底全体が平らな厚底靴は、足が前のめりになることなく背丈を嵩上げできる。これは合う靴がなかなか見つからず始終足を痛めているにも関わらず、少しでもスタイル良く見せたい私のような人間にとって、とても魅力的だ。

 しかも目に留まったサンダルのデザインはユニークかつ好み。色は今、履いているお気に入りと同系色。おまけに、というかここが肝心というか、赤札である。今のサンダルがいよいよ履けなくなった時、後釜としてかなりいい線いっているのではなかろうか。

 優柔不断でケチな私は、店頭で逡巡した。接客してくれた店員さんは私より年上、魅力的な低めの声で穏やかに話す、いわゆるイケボ女性。その声と柔らかな笑顔で悩む私に付き合ってくれた。それでも決断しきれず、買わずに帰った。

 帰宅後、自力で直したサンダルを見ると、かかとのストラップがほつれかけてきていた。今まで気付いていなかったのだが、これだけ気合いを入れて履いてるのだから、それくらいはまあ当然だろう。

 イケボ女性はこの靴のことを「可愛いくて珍しいデザインですね」と褒めてくれた。対して、買わずに帰ってきたサンダルは、可愛いというよりはカッコイイ。後釜にするのは良しとして、キャラはかなり違う。原田知世と山口百恵くらいと言えばお分かり頂けるだろうか。

 イケボ女性は帰り際の私にイケボで囁いた。

「このサンダルは、このサイズともうひとサイズ、それぞれあと1点ずつです」

 悪魔のような誘惑が私をしばらく悩ませたが、答えは出ないままだった。


 それから一週間後。

 買うと決めきれず、かといって諦めもつかず、ぐだぐだな私は他力解決に持ち込んだ。いいかげんこの時期にそういつまでも赤札、しかもサンダルが残ってはいないだろう。もう一度行って無ければ諦めが付くし、万一まだ残っていたならそれは私を待っていたからだと思ってお迎えしよう、と。

 前回と同じ、夕方遅めの時間。この前見た、売り場の端。あって欲しいような、なくなっていて欲しいような、相変わらずぐだぐだな私。

 ……サンダルはなかった。

 ああ、やっぱり。そう思いながら、一応ぐるりと一周して見てみる。それでもなかった。

 ご縁がなかったのだな。そう思いながら顔を上げると、少し先にイケボ女性が微笑んでいた。あいさつを交わし、先日のお礼を言った後、続けた。

「この前のサンダル、売れたようですね」

「あら、ありませんか?」

「ええ、」

「だとすると、棚を全部秋物で揃えるためにしまっただけかもしれません。奥を見てきます」

 そう言って、「しばらくお待ちください」と言い残して姿を消した。

 次に彼女が私の前に現れた時、その手には箱があった。

「……ございました」



 *



 まだまだ暑い9月。意気揚々と新しいサンダルを素足で履いて出かけました。


 ……あっという間に甲がずる剥け、小指が赤く腫れ、足が血まみれスプラッタに。

 あんまり痛くて帰りがけに買ったお店に駆け込みました。合う靴になかなか出会えず、今回きちんとフィッティングしてもらって「合っていますよ」とお墨付きをもらっても心配していた私に「履いてみて当たるようでしたら甲の部分を機械で伸ばしましょう」と言ってもらっていたからです。皮ではなく合皮なので履いていても伸びにくいから、ということでの提案でした。

 ありがたいことにイケボ店員さんがいました。スプラッタ足を見て、大慌てでバンドエイドを何枚も持ってきてぺたぺた貼ってくれます。手当をしてもらいながら、どうやって履けばこうならずに済むか相談。伸ばしても当たるようなら後は靴下を履いて使う、という結論に。




 ようやく快適な陽気になった10月、おそるおそるこのサンダルに靴下を履いて出かけました。


 ……血まみれこそ回避したものの、やはり食い込みました。耐えきれないという程ではありませんが痛いです。お気に入りのサンダルと比べたら……むにゃむにゃ。

 友人は新しいサンダルを「似合ってる」と褒めてくれました。でもね、履き心地がね……。



 ・結論/靴は運

 結局、履いてみなければ分からない。

 今回のサンダルは、このまま靴下を使って履くか、赤い箱のアプリを使って売り払うか、ただ今絶賛思案中。

 お気に入りのサンダルはセールサイトにて2011年購入。知らないブランド、しかもネット購入で試し履きも無し。それでも合う時は合うといういい例です。こうなったらストラップが切れるまで履こうと思っています。

 



 そうそう、一番大事なことを。

 今回、どうやってサンダルを直したかと言いますと。

 グルーガン、です。

 百均で200円で買ったグルーガンに、100円のグルースティックで接着しました。靴底と靴本体どちらも黒だったので、グルースティックは黒を使用。グルースティックは他に透明や金など色数があったので、試される場合、靴色に合わせれば多少はみ出しても大丈夫かと。ただし高熱になりますし、本来靴の修理に使うものではないはずなので、あくまでも自己責任で♪



 さすがに彼岸を過ぎて10月になる頃から素足にサンダルでなくても良くなりました。これなら外出も楽……と思っていたら、10月ももう終わり。

 え? 1時間後は11月?? ハロウィーン・オバケもびっくりです👻





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