第6話 異邦人
まず、先にお断りさせて頂く。
これは『言い訳』ではない、と。
そう。断じて、神かけて、『言い訳』などではないのだ。
その点を重々お含みの上、この先をお読み頂けたらと思う。
✻
金曜 🌑
少しばかり嬉しいことがあったため(※)、夜、ひとりで祝杯をあげた。暑かったこともあり、殊の外、美味しく感じられ、つい杯を重ねていた。
土曜 🌙
朝、起きるとわずかに頭痛がする。あれ? と思ったのだが、よくよく考えて、ああと腑に落ちた。多分これは軽い熱中症の類だろう。アルコールの利尿作用に伴う軽度の脱水状態だとの自己分析である。ということで水分を多めに取り、午後から気分良く外出。久しぶりの楽しい予定が入っていた為である。
楽しい時間を過ごした結果、夜は軽くビールを味わい、そのあとは水分もしっかりと取って就寝した。
日曜 🌛
夜、これまた久しぶりの楽しいお喋りタイムを過ごし、気づけば金曜以上の量のアルコールを摂取していた。この日も朝から暑い日で、だからこそより一層、美味しかったのである。
ところで私は寝る前に必ず、水をコップに一杯、窓辺に置いておく。朝、起きるとまずそれを飲み、それから動くことにしている。これは夏に限らず通年の習慣であって、暑かろうが寒かろうが、飲みすぎた翌日であろうと一滴も飲まなかろうと、変わることなく毎朝、続けている。
ということで、土曜の朝も日曜の朝も起きがけにコップの水を飲んでいた。日曜の夜も、飲む前に先に水を用意していた。というよりは、この夏はあまりに暑いので、就寝前に限らず、水を一日中置いておくよう心がけているのだった。
閑話休題。
日曜の夜、お喋りタイム終了後。
階下にはまだすべきことがいくつも残されていた。だが、飲みすぎた私はすっかり堕落しきっていた。再び下に降りてあれこれ片付ける気にはなれなかったのである。そのまま自堕落に寝転がり、本を読み始めたまでは記憶にある。だが、そこから先は──。
眩しくて目が覚めた。
電気が点いている。時計に目をやると、妙に半端な時間だった。そして、あれ? と割とすぐに気付いた。なんで時計の数字が読めてるんだ?
顔に手をやる。メガネはない。当たり前だ。いや、だとするとたちが悪い。コンタクトをつけっぱなしにしたまま寝落ちしていたということなのだから。
が、しかし。この期に及んでもまだ私は自堕落だった。コンタクトを外さねばならないが、それでも下に下りる気にはなれなかったのである。
コンタクトを付けたまま寝てしまうなんてこと、ふだんはまずないのだが、だからといって皆無とも言えない。そしてそういう場合、必ずと言っていいほど今回と同じように下に下りる気になれない。そんな時、どうするか?
──窓辺のコップを使うのだ。
まず、右のコンタクトを外し、コップに入れる。次いで左も同様に外すと、そちらは棚にしまってある空のパトローネにコップの水を少し移し入れ、その中に投入する。
翌朝、目覚めた後、それぞれを手に持って階下の洗面所へと向かい、洗ってから専用ケースにしまう。目の負担を避ける為、一定以上の時間が経過してからしかコンタクトは使わない。ここまでが私の中での暗黙のルールとなっている。
話は変わる。
高校時代の友人の話だ。
彼女はよく「目にゴミが入った」と言ってはその場でコンタクトを外し、外したコンタクトを舌でなめてから再び装着する、という離れ業を繰り出した。本当に、場所を選ばず鏡も見ずに、いつでもどこででもできてしまうのだ。コンタクトを外す時、勢いでどこかに飛ばしてしまうこともままあるような不器用な私なぞ、洗面台の前以外の場所で取り外すなんてことは紛失の危険性を限りなくはらんでいて、ましてや屋外でなんてとてもじゃないが不可能だった。
ある日のこと。学校からの帰り道、彼女は突然立ち止まるとコンタクトを外した。外したコンタクトを指先に乗せたまま、楽しげに話し出した。
「あのさー、この前、私、コンタクトうっかり飲み込んじゃったんだよねー」
「は?」
何のことか訳も分からず絶句する私。そんな私の顔も見ず、彼女は指先のコンタクトを舌でペロッとなめてから、器用に目の中にそれを再び収める。そうしてから、にんまり笑って言ったのだ。
「今みたいに舌でなめてたら、そのまんま口の中に入っちゃってさー」
「え?」
「なんかタイミング悪くっていうの? 反射的に? ゴクッとつば飲み込んじゃって。で、一緒に体の中に」
ははは、と声をあげて笑う彼女。こっちの方が呆然。
「トイレ行く度、しばらく、『出てこないかなー』って見てたけど、見つからなかったー」
そりゃそうでしょ。そんなに簡単に見つけられるとは思えない。って言うか、見つかったらどうするつもりだったんだ!? と突っ込みたかったけれど、心優しい私はただ「へー」と頷くのみに留めた。
……ここまで書けば、私が何をやらかしたか、ほぼお分かり頂けたと思う。
そう。まさに「やらかした」んである。
何をどう「やらかした」か、恥をしのんで最後まで書いておく。
月曜 🌄
コンタクトを外してコップの中に入れた後、寝直す前に目覚まし時計をセットした私は、その後いつもの時間に起床した。起きてからは特に何も考えることなく(朝は苦手なので決まった行動を自動運転でこなすのみ)ルーティーン通りに動いた、はず、である。はず、と言うのは、特に記憶がないからである。
そうして一連の朝の行動を終了すると、再び自堕落人間と化した。オフ日だったのである。ありがたや~。こんな暑い日、動きたくなんかないもんねー。メガネをかけて昨夜の寝落ち前に読んでいた本の続きを読み始めた私は、しばらくしてから、何か大事なことを忘れているような妙な胸騒ぎを覚えたのだった。
ああ、そうだ。水分、ちゃんと取らなくっちゃ。
そこまで考えた瞬間、ゾワッと総毛立った。
もももももしや……!?
イヤな予感というか、不吉な確信というか、とにかく慌てて起き上がると、窓辺のコップの中を覗き込んだ。
今、使っている私のコンタクトレンズは青い。昨夜コップに入れた時、最初、浮いていて沈まなかったそれを、私は指でぐいっと押して底へと沈めたのだった。ガラスのコップの中で、小さくて丸い青がきれいに底に着地したのを私はよく覚えている。そうして、今、覗き込んだ底に──。
ない。ないのである。何も。
途端に喉に何か違和感を覚えた。そんなことあるはずがないと分かっていて、それでもなお指を喉の奥に突っ込んでしまったことを「バカだ」と言われても仕方がない。けれど未練なんてものはそんな形で現れるのだろう、きっと。
そう。私は確かに未練を感じていたのだった。というのも、今、使っているコンタクトは、覚えているだけで二度の大きな荒波を超えてきたツワモノだったからである。
一度目は身内に非常事態が起きた時。あの時は両目共、紛失したものと諦めたのが、運良く? 両方見つかったというか、なんというか(むにゃむにゃもにょもにょ)。
二度目は今回と同じようにちょっと気分良くすごし過ぎた結果、起きた時に見当たらず。探すとなぜかカバンの中から出てきて、狐につままれたような気分を味わった。
そんなタフな
現実は甘くない。喉の奥から排出されたのはゲホゲホと苦しい咳だけ。脳内では切ない歌声がループしていた。
~♪ないかなー、ないよなー、なんてねー、思ってたー♪~
月曜 ☀
こうしてせっかくのオフの午後、熱中症警戒アラートが発令されている中、肩を落とし、汗も落とし、ついでに言うと使わなくていいはずの余計なお金を落とすために私はとぼとぼと家を出たのであった。
月曜 🌃
こうして私はまた書かなくてもいい話を書く羽目となった。
✻
「(カーテンもひかずに寝てしまったが為に窓辺から差し込む)
太陽が眩しかったから
(見えなかっただけでコップの中にコンタクトは本当はあった)」
そう答えられたならどれだけ幸せだったことだろう。残念ながらそうではなかった。
敢えて言うとしたら、異邦人は異邦人でも、
「ちょっと、飲みすぎて、いただけの」
と答える他ない自分があまりに残念である。
ということで、しばらく酒は慎もうと思う(あくまでも、しばらく、である)。
そうして今しばらくはトイレの度、中を覗き込むことをきっとやめられないのだろうな、と自虐気味に考えている。
付け加えると、新しくしたコンタクトは遠近のバランス調整がうまくいかなったようで、今ひとつよく見えない。なので、仮にそれが数日後に排出されたとしても、きっと私の目にはとまらないだろうな、とこれまた自虐気味に考えている。
※ 本当はお知らせするつもりはなかったのですが、こんなことがあってこの話を書いたということは、このエッセイを読んで下さってる方にだけはお伝えした方がいいってことなのかな? と思い直しました。
ということで、「第4話 魚」を加筆修正、改題の上、別サイトの企画に参加した所、お褒めの言葉(だけ)を頂きました。これもひとえにいつも読んで応援して下さっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
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