ろく

「……で、あなた、モノの怪ではなかったかしら?」

「モノの怪……?」


 春子さんはまた聞きなれない言葉を発した。モノの怪って……何? 僕は首を傾げる。


「そうよ。……テディー、この世界の物に感情があるのはあなたも同じよね?」

「うん。」

「物は動けないし喋れないから、人間は物に感情なんて無いと思っている。だからたまにね、感情が無いから良いよねって言って物につらく当たる人もいるの。」

「ふぅん……」


 瞳ちゃんはいつも僕を優しく抱きしめて撫でてくれた。だからつらく当たる人っていうのにピンと来ないや。


「そしてね、大事にされなかった物は悲しいと心の中で泣き、何故大事にしてくれないと怒り狂う。」

「うん。」


「そういう物の、とても大きな感情──そのほとんどは怒り──が降り積もっていくと、物自体が怒りで埋め尽くされる。」

「うん。」


「で、怒りで埋め尽くされた物達は怒りとても大きな感情を糧にして動き始めるの。そうして動き出した物をモノの怪と呼ぶ。テディー、あなたもそれよね?」

「そうなの?」


 僕は生まれてこのかた怒りなんて微塵も感じたことはないし、ええと……?


「でもまあ、普通のモノの怪は怒り狂っているから意思疎通なんて出来ないし、ただただ暴れ回るだけだから……その点はテディーとは全く違うわね。」

「うん。いしそつー出来てるもん。」


「ふーむ……私もこんなケースは初めてよ。あ、私はモノの怪の怒りを消す仕事をしているから、モノの怪にはしょっちゅう会うんだけどね。」


 僕のようなモノの怪? に頻繁に会っている(らしい)春子さんでも、僕が動き出した理由が分からないらしい。専門家春子さんでも分からないなら、何も知らないまま急に動き始めた僕には尚更分からないよね。


「九重、あなたなら何か知らないかしら?」

「いえ、拙者も分かりませぬ。」

「まあ、そうよね。」


 隣でずっと黙っていた九重と呼ばれる人物も分からないらしい。お手上げ、とかいうやつじゃない?


「ただ、解剖してみれば或いは……」

「か、かかか解剖っ!?」


 九重さん、真面目な顔して言うことそれ!? やだ九重さん怖い! いや、もうこの人にさん付けしないっ! 九重やだっ!

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