処方3 死んでしまいたい

 ああ、今すぐ死んでしまえたら。そんなことをまた考えてしまう。どうせ死ぬ勇気なんて無いのに。


 そんなことをぐるぐる考えながら私はビルの屋上に座っている。ブラブラと足を揺らしながらこの夜景を見ていた。なんとなく気持ちが落ち着くと思ったから。……実際はそうでもなかったけれども。やっぱり死にたい気持ちは消えなかった。


「あーあ、死にたいなぁ……」

「死にたいの?」

「っ……!」


 びっくりした。まさか人が隣にいたとは思わなかった。恐る恐る気配もなく近づいてきた人の方を向くと、そこには……


「テディベア?」


 白衣を着たテディベアがいた。人ではなかった。


「よく分かったね。そう、僕はテディベアのテディーさ!」


 ふんす、と胸を張って自己紹介をするテディー。……いやいやいや、突っ込みどころ満載過ぎるでしょ。


 何故ぬいぐるみが動いてるか、何故白衣を着ているか、テディベアのテディーとか名前が安直過ぎる、エトセトラエトセトラ……。


 疑問が次から次へと湧き出てきたが結局一つも質問出来ず、はくはくと口が動いただけだった。


「さて。君、死にたいのかい?」


 テディーはコテンと首を傾げる。その仕草がとても可愛くて、思わずフイッと顔をテディーから背ける。なんとなく、今の情けない私をテディーに見られたくなかったからなのかもしれない。


「……それがなんだよ。どうせ死ぬのは駄目だとか言うんでしょ? ……そう言われることが辛いのに。」


 誰に相談しても皆口を揃えて『生きろ』と言う。死にたがりの私にとってはその言葉こそが死にたくなる原因でもあるということに誰も気がついていない。


 ああ、思い出しただけで気分はだだ下がる。


「うんうん、そうだなぁ……」


 そう言ってテディーはぽすんと私の隣に座る。


「じゃあ、もふもふ病院院長である僕が君に、僕との雑談を処方しよう。」

「……は?」

「追加で僕のもふもふも併せて処方しよう!」

「……は?」


 いきなり何を言っているんだ? テディーは。


「取り敢えず、僕をだっこして? ふわふわのもふもふだよぅ?」

「う……」


 ちょっとそれには惹かれる。しかし本当にいいの……だろうか。そう不安げに両手を彷徨わせていると、テディー自らその手に擦り寄ってきた。うわ、わ……これは確かに極上のもふもふだ。


「ほらほら、僕をだっこして?」


 ふわふわのもふもふを私は恐る恐る抱き上げ、私の膝に乗せる。するとテディーはピトッと私にくっつく。


「さあ、話を聞くよ?」


 ぽふぽふぽふ、テディーは私の横っ腹を優しく撫でる。


「あのね……私、死にたいんだ。」


 そんなテディーの優しさに触れた私の口は無意識的に開いていた。


「うんうん。」

「生きていることに意味を見出せないんだよ。だから死んでしまった方がいいかなって。」


 そう言ってもう一度ぎゅっとテディーを抱きしめると、より一層ふわふわもふもふを感じる。その感触に、ほんの少しだけ癒されたような気がした。


「そっかー。でも君に死なれたら、僕は悲しいな。」

「そんなことないでしょ。」


 悲観的になった私はムッと口をへの字に歪める。表面的な言葉なんて要らない、と。するとテディーは、


「だって僕をもふもふしてくれる人が一人いなくなる。これは由々しき事態だよ!」


 そう言い放った。


「……ふっ、」


 どんな理由だよ。思わず笑っちゃったじゃあないか。


「あ、笑ってくれたね! 僕は嬉しいなぁ!」


 笑っただけでこんなに喜んでくれるなんて……。人に喜んでもらえたのはいつぶりだろう。心がほっこりと温まった。


「……テディー、もう少しだけ、このままでいていい?」

「もちろんさ!」


 テディーのその言葉を聞いた私は、今一度テディーをぎゅっと抱きしめた。

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