処方2 眠れない

 ああ、今日も眠れない。暗い部屋の中、私の目は冴え渡る。


 眠気がやって来るまでの間、頭だけは働く。だから明日が来てしまうことに憂鬱を感じ、不確定要素が多すぎる未来を考えてしまって不安を感じ、逆に明日は来ないのではないかという焦燥感を覚える。頭の中がぐちゃぐちゃだ。それだから余計に眠れないのだろう。


 ああ、布団に入ってもう何時間経っただろうか。それくらいずっと布団の中でゴロゴロしているのに、一向に眠気が来ない。


 今日も睡眠薬に頼るしかないのだろうか。でもあまり薬飲みたくないんだよなぁ。そんな葛藤を毎晩繰り返している。


 仕方ない。明日も朝早く起きなければならないし、さっさと睡眠薬飲んで寝よう。そう決めて布団から出て部屋の明かりをつけると、目の前に見慣れないくまのぬいぐるみが座っていた。それも……白衣を着ている? 何故?


「こんなもの……買った記憶は無いなぁ……」

「そりゃあそうだよ。僕は君に買われたぬいぐるみじゃあ無いからね。」

「ひっ、お化け!?」


 いきなりくまのぬいぐるみが動いて喋り始めた。それに驚くのは普通のことだろう。しかしくまのぬいぐるみは私の驚き具合に首を傾げていた。


「僕はお化けでは……ないよ?」

「いやいやいや、そもそもなんでぬいぐるみが喋ってるの!?」

「それは……なんでだろうね? 僕も詳しいことは分かんないや。」


 分からないんかい。


「まあまあ、細かいことはいいじゃない! そ、れ、よ、り、も! 君は眠れないんでしょ?」

「……まあ、そうだね。それがどうしたのさ。」


 私の言葉を聞いたくまはよっこらしょと立ち上がる。


「もふもふ病院の院長でもある僕、テディーが君に抱き枕を処方しよう!」

「……へ?」


 このくま……テディーは急にどうしたのだろう。決めポーズなのか、両手を私に向けて広げた。……くっ、そのポーズも可愛いじゃあないか。私はテディーの可愛さ故に緩んだ口を手で隠す。なんとなく、見られたら恥ずかしくてね。


「さあ、僕を抱き枕にして今日はおやすみしよう?」

「でも……いつも眠れてないし……」

「確かにいつもは眠れないのかもしれない。だけど今日は僕というイレギュラーがいるんだ。もしかしたら眠れるかもよ?」

「でも…」


「それに僕、とってもふわふわな触り心地だよぅ? ほらほら、触ってみて?」


 ほらほら、と両手をプラプラと揺らして、私に早く抱き上げろと催促をする。くっ、興味をそそるワードが飛び出たじゃあないか。ふわふわは正義なのだから。


「……。」


 この時の私にはもう動くくまへの恐怖は薄れ、ただひたすらふわふわに触りたいとしか考えられなかった。


 そっとテディーの頭に触れると、ふわふわもふもふと柔らかな感触が手に伝わる。これは極上のもふもふであると私は認定する。


「さ、僕を抱き枕にして眠ろう? 今日は君一人じゃないよ。」

「う、うん……」


 半信半疑になりながらもテディーを抱いたまま布団に入る。隣にはふわふわもふもふが。これの触り心地は本当に最高だ。


 テディーのお腹に顔を埋め、ふわふわもふもふを堪能する。


 ああ、今の私はテディーのことしか考えられず、先程まであった不安が薄れていく……


 今日はテディーのおかげで少しは眠れる気がした。


「おやすみ。いい夢を。」

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