沈黙に積雪~ハッピーバレインタイン?

大月クマ

受け取ってはいけないもの

 沈黙に積雪~ハッピーバレインタイン?


 ああ、どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

 あっ、今須います阿佐比あさひです。


 高校1年生の期間が長いようで短く、あと1ヶ月ちょっととなりました。

 今日はそう! 老若男女、いろんな人が一喜一憂するバレンタイン……まあ陰キャラの僕には関係ない話です。

 同じく、陰キャラの太田――同士だよな――含めて朝から、一切、チョコの姿を見ていません。

 朝から見ているのは、雨ぐらいか――

 そして、今は雨から雪に変わり、そんな寒空の中を立たされています。

 頭の上に雪が積もり、鵜沼さんにニラマレながら……

 僕は下校前にトイレに行って、さて帰ろうとしていたのです。そこを捕まり、引きずられここへ連れてこられました。

 なので、防寒着を着込んでいないです。反対に、彼女のほうは上から下まで、完全防備。温々ぬくぬくだろうなぁ……ニット帽にマフラー、コート。下はスカートのはずだけど、あきらかに校則違反してジャージを穿いている。


 鵜沼さんは朝から不気味だった。


 僕だってもしかしたら、と思っていたのですが……僕の下駄箱には、チョコどころか上履きぐらいしか入っていませんでした。もちろん、机の中に入っているはずもないわけです。


 加納かのう姉妹。紅葉くれはさんからもらえたら嬉しいなぁ~……まあ、怪しい青葉あおばからでもいいから。なんて思っていました。が、朝、席についても、紅葉さんの席には逆に人だかりが出来ている。彼女にチョコを渡す人達が集まっているようだ。女子にも人気だし……青葉は行方不明。

 あっ気が付いたら、その中に太田がいるじゃないか!


 僕は無いも買ってきていない。


 ――今は女子から男子じゃなくてもいいのか!?


 一夜先輩か?

 無理だな。先週までの先輩の行為で、絶対、ことは分かっている。

 後は……伏見さんは、食事はしない。ので、残念ながら除外だ。

 鵜沼さんは……貰っても見返しホワイトデーが怖いから。「三倍返しが常識だろ!」と、謎のルールを言われそう。

 で、鵜沼さんだが……何かあったのか!? 不機嫌そうに自分の席に着いている。


「チッ!」


 あっ、僕と目が合った途端、舌打ちしたよ。

 何か……僕、悪いことしたか?

 ひょっとして、女の子の日? いやいや、オオカミって、繁殖はどうなんだろう?

 ネットで調べて……いやいや、なんでそんなことを気にしないといけない!


 ※※※


 雨は雪へと変わるだろう。とか昔、流行った歌があったとか何とか。

 朝からの雨は、いつのまにか雪に変わっていた。

 それはそうとして、僕はどうして学校の中庭。雪が降りしきる中、防寒着なしで立たされているのか!?

 そして、目の前に不機嫌そうな、鵜沼さんが立っている。


 ――マジで寒いんだが……


 先程も言った通り、雪が降りしきっている。薄ら芝生にも積もりはじめた。

 そのまま鵜沼さんを無視して、校舎に逃げ込み、コートとマフラーを取りに行けばいい……が、彼女にニラマレている僕は、動こうにも動けない。

 それに校舎で隠れているが、数名のクラスメイトや知り合いがいる。

 僕と鵜沼さんの行動を興味津々のようだ。


「山が動いた!?」

「ついに告白か!?」

「異種間交流が、別の意味で実現した!?」


 ヒソヒソと話しているのは、聞こえている。鵜沼さんに……学校が始まった頃、僕を喰おうとした人狼族だぞ。迷惑でしかない。それにこの雪の中――年末年始早々、インフルエンザで、ぶっ倒れたのだ。また風邪で倒れたらたまったものではない。


「あっ、あの……」


 沈黙のままの鵜沼さん。動くのはマズそうだが、ずっと睨み付けている。


 ――やっぱり寒い!


 無視して動こう! そう思った途端、鵜沼さんが動いた。

 背中に隠していた小さな紙袋を、前に掲げた。何の変哲のない白い紙袋だが、中身が問題だ。

 部室で怪しげな液体で染めていた、一夜先輩お手製のリボン。それがチラリと見えたのだ。

 先輩に何を作っているんですか? と聞いたら、


「チョコの箱を包むリボンよ。この時期は大量注文が多いから」

「効果は……聞かないほうがいいでしょうね」

「アタシは結界のリボン。結界といっても極小ね。縛った箱の中身とかの力を閉じ込める。

 チョコレート本体に入れる薬は別の人――」


 聞いていないのにベラベラ話し始めた。

 鵜沼さんの持つ、紙袋。その箱の中身はチョコレートと推測できる。一夜先輩のリボンで結んであるんだから……

 チョコレートに混ぜられた薬のほうが恐ろしい。


 そして、チョコに入れられる薬は……言うなれば、惚れ薬だ。


「さすがに人の心わ操るのは非合法だから、『惚れるといいな』ぐらいの分量だから――」

「それでも、入っているんですよね」

「まあ……」

「大量に摂取したら――」

「あっ――」


 先輩、何故黙る。やっぱり非合法なんだろ?

 とにかく、そんなものを鵜沼さんが持っており、僕に突きつけている。

 無言で「受け取れ」と――

 そんな怪しげなもの、受け取れるわけないだろう……でも、後ろの野次馬共が、


「今須くんて非道い」

「あの鵜沼さんが、勇気を出しているのに男か!?」


 僕の評価ががた落ちしていくような気がする。いや、聞こえているよ――


「わッ、分かったよ!」


 僕はやけくそで、鵜沼さんの手から紙袋を奪うと、校舎に逃げ込んだ。

 寒さにも耐えかねた。それに評価ががた落ちするぐらいなら、チョコを受け取るだけは受け取る。そして、先輩魔女のところに持ち込めば、解毒剤ぐらいあるはずだ。


 それに賭けた。


 ともかく、体に積もった雪を振り払いながら、昇降口に飛び込んだ。

 野次馬共の目の前を通ったときに、拍手がわいたような気がしたが、知ったこっちゃない。

 校舎の中は暖房が効いて暖かい。

 芯まで冷え切った体を温めてくれる。が、一気に暖められた為か、頭に血が上っているためか、ポーッとしてきた。

 なんか視界もぼやけてくる。


 ――寒い! 早く教室に帰って、コートを取ってこなければ!


 と、急いでいた所為か、昇降口から廊下に上がるところでつまずいた。


 ――あれ?


 そこで、体が動かなくなっていることに気が付いた。視界も真っ暗だ。


「キャーァ、アマスくんが倒れている! 誰か来て!!」


 ――イマスだってば……


 まだ僕の名前を間違えるヤツがいるのか……と、それか僕の記憶が途切れた時に聞こえたものだった。

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