第2話 転校するとは別に言ってない

 心菜の家は今年の夏休みに引っ越すことになった。今までは父親の会社の団地住まいだったが、昇進したこともあり進学の前に団地を出て賃貸とはいえ一軒家に住むことになったのだ。今まで妹と同じ部屋をカーテンで仕切っているだけの狭い密室ですらない空間しか自分の物がなかったので、とても楽しみにしていた。

 引っ越すと同じ学区内の中でもさらに恵那の家にも近くなるので、今まで以上にお互いに遊び易くなるし、それもあって早く言いたくて仕方なかった。


 とは言え、団地のほかの人に言うと自慢になってしまうから、引っ越すことは内緒ね。と母親から口止めされていたのでずっと心菜の胸に秘めていたのだけど。


「ねぇ、誰にも内緒の話なんだけど、えなちゃんにだけ言っていい? 秘密だからね?」

「えー? ここちゃん、めっちゃもったいぶるじゃん。何々? 私口固いから、早く言ってよ」


 だけどもうすぐ引っ越し当日だし、今は畳だけどフローリングになるので引っ越してから夏休み中に家具も多少希望をきいてくれると言ってくれていたので、同じ団地でもないし大親友の恵那になら言ってもいいだろうとついにこっそり打ち明けたのだ。

 妹が遊びに行っていていないのも大きい。もしいたら、確実に親に告げ口されるだろうから。


「あのね、引っ越し先、私もこの間見てきたんだけど、一軒家でね、私の部屋ももらえるの! ベッドも買ってもらうんだー」


 と言う訳で内緒の打ち明け話をした。ようやく内緒にしておく罪悪感から解放された喜びもあり、新しい家具をどうしようか、うきうきで恵那に相談していく。


「統一したオシャレ―な感じにしたいんだぁ」

「そ、うなんだ。まあ、統一感はあった方がいいよと思うよ。青系は心を落ち着けるらしいし、いいよね」


 カタログを参考資料に示しながら、どんな感じが恵那は好きか。恵那も長く過ごすことになるのだから聞いてみたい、と思ったのになんだか恵那は声に元気がなかった。


「ん? あんまり興味ない感じ?」


 いつも服も小物も可愛くて、パッと見たらすっごく可愛いお嬢様って感じなのに、実際にはあんまり興味なくて余裕で地べたにすぐ座り込んだり意外と行儀が悪かったりする。

 そんな恵那だから仲良くやれているのだけど、さすがにもう小6なのだから少しくらいオシャレに興味があってもいいのでは、と余計なお世話ながら心菜は考えつつ、部屋の話をする。


 恵那はソファベッド、なんてオシャレな提案をしてくれたので一瞬心動いたけど、大きさは恵那の部屋と同じくらいなのでさすがにソファをベッドの他に置くと狭くなってしまうだろう。


「えへへ。お泊りはえなちゃん家ばっかだったけど、これからはうちにもどんどん来てね」


 それに同じベッドの方が近くて、ぎゅって抱き合って寝るのが温かくてぎりぎり寝るまでお話しできて楽しいから、心菜は仮に広くてもソファベッドは買わないだろうと思って何だか照れくさくなりながらそう照れ隠しに頭を搔きながら言った。

 放課後に遊ぶだけならともかく、お泊りで遅くまで夜更かしとなると、すぐ隣に妹がいる心菜の家だとちょっとめんどくさいのだ。なのでお泊りはついつい恵那の家にばかり行っている。

 恵那の家はご飯もオシャレなので楽しみにしていたけど、多少申し訳なくは思っていたのだ。これからは挽回して、中学時代はずっと心菜の家に泊まってもらってもいいくらいだ。


「っ、うんっ。ぜったい、ぜったい遊びに行くからっ」

「ん? うん。え? 泣いてる?」


 明るくて楽しい未来の想像がとめられなくて、わくわくしていた心菜だけど、何故か恵那から震える声が返ってきて戸惑ってしまう。

 心配する心菜に恵那はいつもの強気で乱暴に心菜の肩を押しながら強がりを言う。


「泣いてないし、馬鹿ッ」

「えぇ……。何急に。どういう感情で泣いてるの? なに? なんか嫌なことあったの? あ、もしかして私がいいこと報告したから言い出しにくかった? ごめんごめん。悩んでるなら聞くよ。何でも言ってよ」


 さっきまで普通に遊んでて、流れで引っ越しして部屋がもらえてお泊りもしてねって言う楽しい話をしていたのに、どうして泣くのか。心菜には何もわからないけど、今日ずっと落ち込んでいたりしたのだろうか。他でもない恵那が泣いていて、そんな状態なのに何も気づかなかったなんて。自分にショックを受けつつも、心菜はそうできるだけ軽い調子で聞いた。

 真剣に重く受け止めた雰囲気をだしてしまうと、また恵那は強がってしまうだろうから。軽く話してと言うのが一番いいのだ。


「なっ、にがいい報告!? なんでそこまで平然とできるの!?」

「え? 私!?」


 だけど怒鳴られてしまって、ますます混乱してしまう。恵那の様子に気が付かなかったのは申し訳ないけれど、だけどまるで心菜のせいで泣いているみたいなのはおかしくないだろうか。


「当たり前でしょ。私は……心菜のこと大好きなのに!」

「えっ……」


 さらに泣きながらされた告白に、心菜は思考が止まってしまった。大好きなのに?


 もちろん心菜も恵那が大好きだ。大事な親友で、世界一だ。

だけど、ちょっと待ってほしい。

 こんな真剣に、泣きながら言われて、そんな普通の意味なわけがない。つまりこれは、正真正銘恋愛感情としての大好きで、告白なのだ。


「あ、え……ご、ごめん。恵那の気持ち、気づかなくて」


 全然気が付かなった。そんな可能性、欠片も考えたことはなかった。だから、怒っているのだ。きっと今までにも恵那は心菜に好意を伝えてくれていたのに、鈍感な心菜は気付かなくて、そしてちょうどそれに耐えられなくて怒ったのが今なのだろう。

 そう心菜は理解して、申し訳なさでたまらないのと同時に心臓がドキドキとして、何だか恥ずかしくってたまらなくなった。

 泣き顔ですら美少女な恵那の顔を見れなくて、頬をかいて顔をそらしてしまう心菜に、恵那はますます腹を立てたようでぎっと睨んでくる。


「何言ってるの。こんなに好きなのに、わかってないわけないでしょ! どういう言い訳なの!」

「えぇ……」

「ずっと、一緒にいたいのに。心菜とずっと、一番近くにいたいって、私だけ思ってるみたいに。なんでそんなこと言うの!?」


 言い訳ではない。本当に気が付かなかったのだ。だけど、やっぱりそれも言い訳なのだろう。頭のいい恵那がそこまで言うなら、きっと気づかなかった心菜が鈍感だったのだ。


 恵那はぼろぼろ泣いていて、全身で苦しみを表現していた。負けん気が強い恵那でクールでもない恵那なので、泣いてしまうのを初めて見るわけじゃない。だけど、こんなにあからさまに、隠さずに涙を見せるのは滅多にないことだ。

 それを心菜が好きだから、心菜を思って、とりつくろうこともなくわんわん泣いているのだ。


 そう思うとどうしようもなく胸がきゅっと締め付けられるようで、どうにかしてその涙をとめてあげたいと思った。


「ご、ごめん。別にそんなつもりなくて。その……あの、つ、付き合おっか!」

「……へ? ど、どういうこと?」


 だから気が付いたらもう口が勝手にそう言っていた。恋が何かとか、恋人とか、付き合うとか、全然何にもわからないし今まで考えたこともないのに。

 だけど口が話すのをやめて冷静になっても、それでも撤回する気にはならなかった。ぽかんとする珍しい間の抜けた顔も、何だか可愛いと共に、涙がとまった安堵感でほっとしてしまって、これでいいんだって確信した。


「だ、だから。恋人になろって、こと。だって……私も、えなちゃんのことは、その、大好きだし。こ、恋とか、よくわからないけど、その……い、一番一緒にいるのは、やっぱり、恵那ちゃんかなって思うし」


 嘘をつくのは不誠実だ。だから、まだ心菜が恵那に恋をしているかわからないことは伝えないといけない。それでも、恵那の気持ちに応えたいのも、心菜にとっても恵那が一番大事な存在なことも、本当の気持ちだ。


「……」


 なのに、勇気をだしてちゃんと心菜からそう言ったのに。どうしてか恵那は口を開けたまま心菜を見るばかりで何も言ってくれない。

 恥ずかしさでどんどん体温が上がっていってしまう。


「……、あ、あれ? え、そ、そう言う話じゃなかった!?」


 さっきの大好きは告白でも、別に、付き合うって言う話ではなかった? でもだとしたら、どうして気持ちを分からせる必要が?

 混乱して、でもとりあえず一回なし、仕切り直し! としようと出した手を、だけどそれより前に勢いよく起き上がった恵那に手を掴まれて言葉がとまる。


 強く手を握られる。近づいた顔の可愛さに、いつも通りだし別にいつも通りのことなのに、何だか変に、ドキドキが加速してしまう。


「ううん。ありがとう。なろう。恋人に。私、ここちゃんと恋人になって、ずっと一番近くにいたいよ」


 合っていた。よかった。そんな単純な安堵感と、それ以上にとんでもないことになってしまったことに何だか緊張してきてしまう。

 だって、恋人って。あの恋人だ。自分がなるなんて、しかも相手が恵那だなんて、考えたことなかった。まだまだずっと子供で、そう思っていた。


「そ、そか……うん。あの、よ、よろしくお願いします」

「うん。これからもよろしくね、ここちゃん」


 だけどにっこり微笑む、まだ目じりに涙の残る恵那を見ると、もう恋人じゃない時には戻れそうにない胸の高鳴りに襲われた。

 何度も手なんて繋いでいたのに、恥ずかしくて、うまく言葉が出なくて、この日はじっと恵那と見つめ合うしかできなった。









 それから、夏休みになるまでほんの一週間。引っ越しの日まで10日足らず。恵那は心菜と恋人になれたのがすごく嬉しいみたいで、すごくぐいぐい来てくる。困るけど、嫌ではなくて、終業式の日にキスまでしてしまった。


 そしてその後、泣きながら引っ越しても恋人だからね! と言う恵那に心菜はもしかして遠くに引っ越すと勘違いしているのだろうかと気が付いて、説明をした。

 ものすごく怒られたけれど、引っ越すだけで学校が変わるとか言っていないのだから、言っていないことを勝手に想定して怒られるのはなんだか納得できなかった。


 納得できなかったけど、でも、そのおかげで恋人になれたのだからいいかな。と心菜は甘んじて怒る恵那の抱き着き攻撃を受けるのだった。

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引っ越しするのをきっかけに何故か恋人になる小学生百合 川木 @kspan

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