第7話 幕間① 動き出すテロリスト

 20代半ばくらいの研究者はその光景を目にするなり、腰を抜かしてへなへなっとその場に座り込んでしまった。



 国立第四研究所を守るために配備された数十体の警備ロボット。それは1類魔法少女ミアの襲撃にも1時間は耐えられる設計になっていたはずだった。


 しかし、戦闘開始から10分もたたないでその警備ロボットたちは鉄屑と化していた。警備ロボット”だった”ものの中心―――そこには、大きな日本刀と拳銃を構えた黒髪碧眼の少女が立っていた。


「お、お前はまさか、ロンドン塔の魔術師。で、でも、なんで……50年前に死んだはずじゃ……。」


 黒髪の少女はその問いに答えず、右手に持っていた日本刀の切っ先を研究者の喉に向ける。その研究者は恐怖でそれ以上何も言えなくなる。




 そこで騒ぎを聞きつけた他の研究者もようやく現場に駆け付けるが、あまりの惨状を目の当たりにして、それ以上近づける者は誰もいなかった。


 ―――1類魔法少女ミアですら足止めできるはずの警備ロボットが全滅させられた。そんな相手に自分たちがこれ以上できることは何もない。もう自分たちの人生はここで終わりだ。


 そうその場にいる全員が覚悟した時。


 ピンクの白衣を羽織った金髪の少女がノートパソコンを抱えたまま黒髪の少女の傍に走り寄ってくる。




「お疲れ様です、姫。時間稼ぎお疲れさまでした。もう十分ですよ。必要な情報は全て回収できました。」


「だ~か~ら、姫はやめてって言ってるでしょ。それに、あなたが1か所に警備ロボットを誘導してくれなきゃこんなにあっさりと片付かなかった。これはあくまで私とあなたとの勝利よ。さ、さっさとお暇しましょうか。」


 そう言って2人は研究者達を興味なさげに一瞥しただけで、何事もなかったかのように出口へと歩き出す。


 そこで研究者たちは気づく。自分達は最初から相手にすらされていなかったことに。




「ふ、ふざけるな!し、侵入者をそのまま返すわけないだろ!」


 逆上した研究者の1人が拳銃を取り出し、黒髪の少女に向かって発砲する。




 もちろん研究者が銃を撃ち慣れているわけもなく、その軌道は黒髪の少女から大きくそれたが、黒髪の少女はあえて銃弾に接近して持っていた日本刀で球を叩き落すと同時に、拳銃で銃を持つ研究者の手を狙い撃ちした。拳銃はその場に落ち、研究者は打たれた手を押さえる。そしてあたりに生じる小さな血だまり。


 しかし、研究者たちの抵抗はそれで終わりでなかった。


 拳銃を撃った研究者に黒髪の少女だけでなくピンクの白衣の少女の注意も引き付けられている間に、他の研究者が捜査したのか、ピンクの白衣を羽織った少女が入ってきた入口が上から降りてきた壁に塞がれそうになる。


 それでも、白衣の少女が慌てることはなかった。


 白衣の少女が持っていたパソコンのエンターキーを押すとその壁は10cmも天井から降りないで止まる。


「何をやっても無駄ですよ。この施設のシステムは既に私が完全に掌握してますし、あなた達程度の物理攻撃は姫……じゃない、レイナさんの敵じゃないですから。」


 白衣の少女はつまらなそうにそう言って、再び黒髪の少女と並び、2人は出口に向かって歩き出す。


 そこでその場にいた研究者達は悟った。もうこの2人の侵入者を逃がさないために自分たちができることはないこと、そして情報流出を許したことで自分達は一週間以内に公国政府に消されることを。


 それならば、と最初に現場にやってきた研究者はおもむろにスイッチを取り出す。




「き、貴様、この研究所ごと爆破する気か!奥にはまだ研究中の幼い情報系魔法少女がいるんだぞ。」




 年配の研究者の言葉に白衣の少女は思わず振り返ってしまう。しかしその言葉はスイッチを持った研究者には通じなかったようで自棄になったように怒鳴り散らす。


「うるさいうるさいうるさい、どうせ俺達は政府に殺されるんだ。だったら今、この場ですべてを吹き飛ばして何もなかったことにしてやる!」


 戻ろうとする白衣の少女。しかし、結論から言うと彼女は戻ることはできなかった。気づくとその襟首を、黒髪の少女ががっちりと掴んでいた。


「辛いのはわかるけど、ごめん、急ぐよ。」


 そう言うなり、黒髪の少女は白衣の少女を抱えてトップスピードで出口に向かって走り抜ける。




 そして2人が国立第四研究所から出た直後だった。研究所は中央から爆発し、後には残骸が残った。建物内に残っていた人物の中で生存者がいるようには到底思えなかった。


 白衣の少女はやりきれなさでいっぱいだったが、黒髪の少女―――レイナが泣きそうな表情なのにぐっとこらえているのに気づいた。多分、レイナさんの方が自分より辛い。


「……また人殺しさせちゃってごめんなさい。レイナさんは戦争を終わらせたいという意思があっても絶対に人殺しをしたくないから、今回の作戦への参加を選んだのに。」


「モニカちゃんが気にするようなことじゃないよ。今回はたまたま目の前で死んじゃっただけで、遅かれ早かれ、私達のせいであの人達はこの国政府に殺されることは決まってしまった。だから、私が殺したことに変わりはない。その罪から逃れる気なんてないよ。


 ―――あの研究所に何人の人が残っていた?」


「……研究者20人、情報系魔法少女10人、です。情報系魔法少女の中にはデータ上10歳にもならない子が含まれていました。」


 レイナは緋色のカバーをした手帳を取り出し、その人数を書き込む。その中には、公国にやってきてからのレイナ達の行動が原因で死んでしまった人・公国政府に殺されることになってしまった人の命日と人数が書き込まれていた。直接手を下した人は1人もいなかったのに、それでもレイナは自分の罪だと受け止め、忘れないように書き留めるようにしていた。




「で、予定していた情報は手に入った?」


 レイナは切り替えるように白衣の少女―――モニカに対して尋ねた。罪を忘れてはいけないと思いつつも、レイナの心は仕事の話で気を紛らわせなくては押し潰されそうだった。


「あっ、はい、戦力情報についてはやはりこの地区で管轄している魔法少女育成機関の場所と所属生徒の固有魔法を含めた情報、あとこの近くで起きた大規模な魔法事故の情報がありました。―――相変わらず、公国の中枢部である科学特区については何の進展も得られませんでしたけど。」


「そっか。ありがとう。」


「ごめんなさい……。」


 再びモニカが謝る。


「だからモニカちゃんのせいじゃないって。連邦を出る時に私は誓ったの。私達の代でこの歪んだ第4次世界大戦を絶対に終わらせる、そのためなら、私はどんな罪でも被る必要悪になる、って。それが、自分の望む理想の世界を創るために誰かがやらなきゃいけないってことがわかってるから。


 まあ、私が望む未来も、ただの自由主義イデオロギーの押し付け合いだから本当は正義でもなんでもないのかもしれないけれど。」


「……違います。戦争が終われば、少なくとも第4次世界大戦が80年前に起きて、世界が7つにわかれつつもまだ停戦状態で戦争が終わってないことも知らされずに、騙された状態で戦わされている魔法少女や公国の人々を救われます。」


 モニカが強い調子で言う。するとレイナは、はっとして


「そうだね、私達がそこを疑っちゃだめだよね。ごめん。」


と謝った。そして、「よしっ!」と短く言って気合を入れてから、モニカに対して手を指し伸ばす。


「さて、続けましょうか、私達の、悪人達の第4次世界大戦終戦前史を。」




 そう言い放ったレイナの顔は泣く直前のようにも見えた。

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