第5話 それでも私は受け止める

 あかりから夢川さんが風紀委員の水山さんの武双姉妹コユニゲースになったと聞いたのは、それから3日後のことだった。


 私と夢川さんが決別したような形で武双姉妹コユニゲース契約を破棄したことはあかりには伝えていた。


「そっか。まあ水山さんとはこれ以上お世話になりたくない、ってくらいお世話になっているけれど、その分彼女の魔法少女としての実力、仕事に対する誠実さは知っているつもりだから、落ち着くところに落ち着いた、ってことでよかったんじゃないかな。」


「白雪、ほんとに良かったと思ってる?」


「何、あかり?私が無理しているように見える?」


「見えるよ、そりゃ。」


 そう言ってあかりが私に無理やり手鏡を見せる。そこには歪な笑いを浮かべた、それでいて、どこか寂しそうな雰囲気をまとった少女が写っていた。


「口ではいろいろ理由をつけて、本当は武双姉妹コユニゲースが欲しかったんじゃないの?なら、今から探したって遅くないと思うよ。そりゃあ夢川さんみたいな優良物件はもういないだろうけれど、新入生にだって私達みたいな落ちこぼれ予備軍はいるでしょう。そのような「自分の身の丈に合った」妹を探して、私達のことを反面教師にしてもらうのもあり」


「それは違うよ。」


 私はあかりの言葉を途中で遮る。


「それは何処まで行っても、結局私の事故承認欲求に後輩を付き合わせてるだけだよ。どちらかに無理をさせる関係は必ず破綻する。だから私は夢川さんとの関係を偽物だと思って断ったんだから。」


 そう言いつつも、私の心の中にぽっかりと空いた穴は、すぐには埋まってくれそうになかった。


 そういえば、夢川さんはどう思っているんだろう。私のことを忘れてけろっとしているかな。そっちの方が夢川さん的にはいいんだろうけれど、その展開を素直に望めない自分がいた。




 その日の午後。私は自分の授業を抜け、魔法で自分の体に透明化をかけた上で1年の教室があるフロアに来ていた。別に武双姉妹コユニゲースの相手を探しに来た、というわけじゃない。夢川さんがどんなふうに過ごしているのか、と考え始めると、無性に気になってしまって、何も手に着かなくなってしまった。


 1年のフロアに来た途端、やけに静かなのが気になった。そして、各教室をのぞいてみると、どの教室にも殆ど生徒がいなかった。中には教師だけしかいない、という教室もあった。


 おかしいな、と思って見回っていると、あるクラスに顔なじみの先生が1人でいるのに気づいた。私は透明化を解除し、教室に入る。


「お久しぶりです、緑先生。」


 私の声に緑先生は一瞬驚くが、私だと認識すると何とも言えない表情になる。


 緑先生は私が記憶を失った中学2年の時、私のクラス担任だった先生。


「久しぶりね、姫谷さん。授業は……って、サボりに決まってるか。」


緑先生の言葉に私は肩をすくめる。


「緑先生のクラスもみんなサボりですか?」


「まさか。この時期は多くの新入生が武双姉妹コユニゲースと一対一で訓練をして、授業にも出ないことが多いのよ。……そういえば姫谷さんはてっきり夢川さんと武双姉妹コユニゲースになってくれるもんだと思っていたけれど、結局なってくれなかったのね。」


 緑先生の言葉に、私は目を丸くする。


「なんで先生がそのことを?」


「夢川さん本人に聞いたからよ。夢川さんは私の受け持ちの生徒でね、今年の新入生の中で一番不安な子だったから特に気にしてたのよ。ほら、あの子って魔力内蔵量だけで入学してきたところがあって、魔力操作なんて赤子同然だし、控えめな性格でしょ。エリート意識の強いこの学校でうまくやっていけるのか不安だった。


 だから、入学式翌日に早くも学校に来なくて、不安になって電話したの。その時、姫谷さんに武双姉妹コユニゲースになってもらうんだ、って嬉しそうに話してたから、それなら安心だ、って思ってたんだけど……。」


「私に任せて安心ってことはないんじゃないですか?私ってこんな感じの、ただの落ちこぼれですよ?」


 そう言って自虐した笑みを浮かべる私に対し、緑先生は首を横に振った。


「うんうん、そんなことない。私があなたの担任だった頃、今よりも経験の浅い私は、優秀な魔法少女ばかりが集まっている桜泉女学園で孤立していくあなたの十分な力になれなくて、今でもそのことは悔やみ続けているけれど、それでも私も、あなたの努力はちゃんと見ていた。


 記憶と一緒に固有魔法を失い、体に内蔵できる魔力量が極端に減ってしまって授業にさえ支障が出てしまったあなただったけれど、あなたは単に卑屈になるだけじゃなくてその中で自分の魔法を最大限に生かす努力にすぐに切り替え、魔法行使と自身の魔力の徹底管理を極めた。魔力量が少なくなったからこそ、自分の魔力量をしっかりと把握したうえで魔法を行使する時に注ぐ魔力量を徹底的に管理できるようになっていった。人一倍魔法人の勉強をして、国中で10人くらいしか使えない魔法を操作できるようになった。


 桜泉の他の魔法少女は優秀だから、彼女達に追いつくことはできないかもしれない。それでも、「できない」を知りながら、それを努力で克服していったあなたは立派よ。そんなあなたにしか、夢川さんに伝えられることがあったと思って期待してたんだけど。」


「私にしか伝えられないこと……。」


 私は緑先生の言葉をかみしめるように反復する。


「夢川さんは、私がそういうことを伝えることを望んでいたと思いますか?」


「そんなのわからないわよ。でも、人間望んでいることがすべて満たされればそれでいい、ってものでもないでしょ。“たまたま”出会っただけから大切なことを得られることもある。だから、時には偶然に身を任せてみてもいいとは思うけどね。


 それに、あなた達の関係はこれで終わりだとは思わない。武双姉妹コユニゲース問う形は無理でも、もしあなたさえよければこれからも夢川さんのことを気にかけてくれたら担任としては嬉しいかな、なんて。だって、あなた達はもう既に“偶然”出会ってしまっているんだからね。」


 緑先生の言葉が不思議なくらいストン、と胸の内に落ちる。


 そっか。偶然に身を任せてしまってもいいんだ。必ずしも“正しい”“実体のある”関係でなくてもいいんだ。


 そこで私は初めて気づいた。もう私と夢川さんは出会ってしまっている。そして、現に私は夢川さんのことが少し気になってしまっているんだ。他の後輩じゃない、夢川さんのことが気になってしまっているんだ。


「緑先生、夢川さんが今どこにいるかわかりますか?」


 私の質問に緑先生は一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑む。


「水山さん達は確か第一演習場でいつも訓練しているはずよ。」


 それを聞いて、私は第一演習所に向かって歩き出した。私が入る隙間なんてもうないかもしれない。でも、もしあれば少しでも夢川さんの役に立ちたいという気持ちで心がいっぱいだった。




 再び透明化をかけた上で第一演習所に着くとそこでは水山さんが夢川さんと一対一で訓練をつけているところだった。


そして、しばらく見ているだけで気づいた。明らかに夢川さんは魔法行使が心もとなかった。魔法の種類によってはそもそも行使できず、できたとしても発動に時間がかかりすぎている。


 そんな夢川さんを、水山さんは最初のうちは仕方がない、と容認しているようだったが、できないことについても感覚的なアドバイスしかできていなかった。まあ、それはそうか、とも思う。特に風紀委員に選ばれるような魔法少女は「天才」だ。感覚でどうにもなってしまう。でも、凡人はそういうわけにはいかない。


そして次第に、水山さんも苛立ちが募ってきたようで、ついに一方的にこう宣言した。


「方針変更。今から実践訓練に移行しよう。多分命の危険を感じないとあなたの魔法行使速度は上がらないよ。そのままじゃ、戦場で生き残れないよ。だからこれは愛の鞭、ってことでさ!」


言い終わるなり、無詠唱の雷撃魔法が夢川さんの頭上から落ちる。それに対して夢川さんは体がこわばってしまい、避けることができない。


 その光景に私は一瞬既視感を覚えた。次の瞬間、私の体は自然と動いていた。


 ―――風紀委員が自分の武双姉妹コユニゲースが上手く魔法を使えないから八つ当たりするなんて本当にあり得ない。


そう思いつつ私は無詠唱で身体強化で夢川さんのところまで駆け抜けつつ


『術式多重発動:吸収/転移』


と詠唱し、落雷のギリギリのところで夢川さんのところに滑り込み、電撃を左腕で”吸収”し、人から離れた所に”転移”させて放電させる。


 夢川さんは驚いたように私のことを見る。さっきまで感情に任せて夢川さんを殺しかけていた水山さんもいきなり現れた私のことを見て呆気に取られていた。


 2人の注目を集める私というと、魔法の三重発動がかなり体に応えて、正直今すぐでもその場に倒れ込みたかったけれど、ここで倒れたんじゃ格好がつかない。疲労をぐっとこらえ、水山さんの方をまっすぐ見つめる。 


「天下の風紀員が、寄りによって自分の妹を殺そうとするのってどうなんですかね。私が間に合わなかったら、あなた人を殺してたよ?」


「それは……並みの身体強化が使えればかわせると思ってたし、まさかあれをよけられないなんて思いもしなかったから……。」


「じゃあ夢川さんは“並みの身体強化”が使えることを確かめたの?」


「……。」


 何も言えなくなる水山さん。一時の気の迷い、ずっと優秀だった人にはわからないこともある、そんなことは私にもわかっていた。それでも、彼女が後輩を殺しかけた、という事実は変わらない。


 私は長い溜息をつく。そして


「決めた。やっぱ夢川さんは私が引き取るわ。」


と私は宣言する。すると水山さんの顔に動揺の色が走る。


「そんな、あなたなんかとは不釣り合いよ。夢川さんみたいな優秀な人は私が最強の魔法少女に育てて……。」


「そっか。風紀委員のあなたには少し期待してたんだけど、結局“最強の魔法少女”の育ての師、っていう称号が欲しかっただけなのね。だったら、私が寂しさを紛らわすために夢川さんを連れて行っても別に構わないわけだ。」


 私の言葉に水山さんは何も言い返せない。


「……確かに、私が夢川さんと武双姉妹コユニゲース契約を結んだのに下心が全くなかったというと嘘になるわ。でも、武双姉妹コユニゲース契約は上級生が一方的に恩恵を与える者じゃないから許されたっていいでしょ。それに、夢川さん自身はそう思ってるの?」


 苦し紛れに言う水山さんと私の視線が夢川さんに集まる。その視線が夢川さんはちょっと苦しそうだったが、そうは言ってられないと思ったのか、口を開く。

「私、お姉様……姫谷さんにひどいことしてしまったんだ、と思いました。だから私は姫谷さんから距離を取らないといけないと思ってました。姫谷さんのことを見ると、私はどうしても妹と重ねてしまうから。だから、姫谷さんのことを考えなくていいように、内気な自分を奮い立たせて自分から武双姉妹コユニゲースを探しました。でも、もし姫谷さんがこんな私を受け入れてくれるなら……姫谷さんがお姉様の方がいいに決まってるじゃないですか。」


 言いながら夢川さんは泣いていた。


 まったく、仕方ない妹だ。そう思いながらも私は夢川さんに近寄って、夢川さんを優しく抱擁する。


「私も人間関係うまくないからさ、人と人の関係は正しくないといけないんだって思ってた。でも、違ったんだね。人と人の関係はいつも相思相愛が正解なわけじゃない。偶然の出会いだって大切な関係に発展することもある。私達の偶然の出会いだって、既に私にとっては特別なものになっちゃったんだよ。それは一方通行の、正しくないものでもいいんだと思う。だから、私は夢川さん……うんうん、由紀ちゃんが私のことを見てくれていないということも含めて、あなたのことを受け入れる。あなたもこんな私を受け入れてくれるなら、私はあなたの姉にでも、妹にでもなるよ。」


 水山さんの方に目を向けると、水山さんはがっくりとうなだれていた。


 その日。私と由紀ちゃんは武双姉妹コユニゲース契約を結んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る