第3話 私、これで死ぬのかな(未成年者わいせつ罪の冤罪で社会的に。)

 今日は桜泉女学園高等部の入学式。上級生は入学式の参加は自由で、私とあかりは連れ立って登校したものの、結局入学式に参加する気になれず屋上で時間を潰していた。


「入学式に参加しないならなんで学校来たのよ?」


「その言葉、そっくりそのままあかりに返してあげるよ。あかりだって、結局入学式に出ないでこうして時間を潰してるじゃん。それに―――入学式に出る上級生なんて、優秀な武双姉妹コユニゲースを早く見つけるっていう目的がある人が殆どでしょ。まあ、落ちこぼれの私には関係ない話だけど。」




 武双姉妹コユニゲースとは、この桜泉女学園にある義姉妹制度のこと。


 桜泉女学園は魔法少女育成校の中でも特に名門とされ、優秀な魔法少女を輩出することに定評がある。そんな桜泉女学園の質の高さを土台づくっている1つがこの武双姉妹契約。


 この学校では普段の授業とは別に、何だったら授業以上に上級生と下級生が自主的に結んだ義姉妹間による教育を重んじている。やっぱり魔法少女のことについては魔法少女でしか伝えられないこともあるから。武双姉妹契約は強制ではないけれど、中等部・高等部関わらずこの学園に入って1年目の生徒は殆どこの契約を誰かしらの上級生と結ぶ。


 ただ、上級生の方は必ずしも義姉妹契約の妹を全員が持つということじゃない。そもそも、教える側だからある程度の実力がないと務まらない。私の場合は中等部入学だから、去年も妹として結ぶことなんてなかったし、縁遠い言葉ではある。


 そして、この学園では魔法少女を頂点とする身分制度だけでなく魔法少女間のカースト意識も強い。武双姉妹相手のステータス評価は自分がどれ程の武双姉妹と契約を結んだのかということにも及ぶ。優越感に浸れるとかそういうことだけじゃなく、このカーストで下位にあると割と日常生活に支障をきたすことが多かったりするんだよね。


 まあ、カーストの下位は下位でも、私とあかりほど振り切れてしまうとそもそも授業に出なくてもクラスメイトも教師も何も言ってこなくなるから逆に振り切れた方が生きやすかったりもするんだけどね。




「武双姉妹ってどんな感じなんだろうね。」


 ふとそんな疑問を私は口にしてみる。それに対して怪訝そうな表情になるあかり。


「ほら、私って中学2年生の時の記憶がないじゃん?だから、ほんとにどういう感じなのかわからないんだよね。」


 そう。私の記憶は中学2年生の時、病院のベッドの上で目覚めたところから始まる。それ以前の記憶は一切なく、目覚めた当初は名前すらわからない有様だった。そのまっさらな状態から3年少しだけの経験で今の私はできている。


 そんな私でも中等部から入学している以上、武双姉妹の姉がいたはずだけれど、私にはその記憶がなかった。


「そんなこと、私にもわからないよ。私が中等部2年から編入してきたのは知ってるでしょ。編入性は武双姉妹契約なんて結ばないから。」


「そういえばそうだったね。編入性だからこそ、過去のしがらみとか関係なくあかりはこうして私と仲良くしてくれているところもあるわけで。」


 そう答えつつも、心にぽっかりと穴が開いているのを感じる。そんな私のことをあかりは面白そうにのぞき込む。


「まさか、武双姉妹契約に憧れでもしちゃった?」


「ないない、そんなことない!」


あかりのからかいに私は過剰に反応してしまう。


「私みたいな落ちこぼれには教えるなんて無理だよ。それに、私って学園内でも距離を置かれてるでしょ。そんな私と武双姉妹になったら、その子の学園生活も滅茶苦茶になるから、そんなかわいそうなことできない。」


 そう言いつつも、あかりに指摘されたことでこれまで意識していなかった自分の感情に気づいていた。


 多分武双姉妹でも友達でも、その名前は何でもいいから、私は特別な関係が広がることを求めているんだと思う。記憶を失ってから空回りしてみんなから孤立して、結局今では気兼ねなく話せる相手があかりだけだから。


「まあ確かに喧嘩っ早くて、喧嘩になったら反則まがいの手を使って上級生ですらボコボコにしてきた暴れ馬の白雪の妹なんて、それはもう大変だろうね。」


「間違いじゃないけど、ちょっとはフォローしてよ……。それに、全て向こうが悪かったんだし。」


「はいはい、あくまで白雪は過度なお人好しで、それが災いしての暴れ馬ってことにしておきますよ。」


「なんか釈然としないなぁ。」


 そう言いつつも、私は小さく笑ってしまう。


 うん。私にはあかりとの今の距離があれば十分。そう無理に自分に言い聞かせる。それに、私に武双姉妹なんていらないし、似合わない。




 それから私とあかりはとりとめのない話をして時間を潰した。話がひと段落したころには、もう式は終わって生徒達が下校しているところだった。


「じゃ、私は部活行くわ。」


 そう言って屋上を後にしたあかりを見送ってからしばらくして、私も帰ろうと立ち上がる。



 真裕正の混雑状況を確認するため昇降口の方を見下ろす。まだ混んでそうだった。これは、魔法で浮遊しながら帰るのが一番楽かな。そう思った時だった。何やら昇降口のすぐ近くで特に1人の新入生の周りに上級生が群がっているのに気づいた。それ自体は別に珍しいことじゃない。入試の成績上位者については毎年行われる、いわば年中行事のようなものだから。


 でも、遠目から見ても今回のそれは違和感を感じた。


 無詠唱で視覚鋭敏化をかけて見ると、数十人近くの上級生が取り囲む真ん中にいたのは下手したら小学生に見えそうなくらいの、ふわふわしたピンク髪の少女だった。そんな彼女がびくびく体を震わせながら上級生に言い寄られている。そう、それは傍目から見たらいじめているようにすら見えた。なのに、強引にピンク髪の女の子の腕を掴もうとする輩もいる。あろうことかその輩はいつも私がお世話になっている風紀委員の水山さんだった。


 そこまで状況を認識した時、いつものお節介精神が働いていて私の体は動いていた。


「術式発動:浮遊」


 浮遊魔法を体にかけた途端、私の体はふわりと宙に浮く。そしてあまり目立たないようにさりげなく騒ぎの中心の真上までやってくる。上級生たちは取り囲んだ新入生に夢中で誰も私のことに気づかなかった。


 そして、一番乱暴に勧誘していた水山さんの頭上を蹴り飛ばすようにして私は不時着を装って地面に降り立った。水山さんのことはよく知っているから、彼女がこの程度で怪我しないことはよく知っている。だから日ごろの恨みを込めて、多少強く蹴ってみた。


 そして


「ごめんごめん、昇降口が塞がれてたから空中浮遊で帰ろうと思ったんだけど途中で落ちちゃって。いいところにクッションがあって助かったよ。」


明らかに嘘だとわかる言い訳。それに対し、水山さんは勿論突っかかってくる。でも、それでいい。私の目的はこの場を白けさせること。そうすればこの状況は解散になり、ピンク髪の少女は私に恩を感じることなくこの場を切り抜けられる……はずだったのに。



「お姉様!来てくれたんだね。 私、1人で頑張ったけれど無理だった。1人ですっごく心細くて、すっごく怖かったよぉ」


 あたりの雰囲気が凍り付いた。なんだったら私も意味が分からなかった。


 水山さんと言い争っていた私に、ピンク髪の少女はあろうことか抱き着き、泣きじゃくってきたのだった―――武双姉妹契約を結んでいるのでもない私のことをお姉様、と呼びながら。しかもかなりがっしりと掴まれていて、そう簡単にほどけてくれそうにない。豊満で柔らかい胸を躊躇もなくこすりつけてくるから、私も女だけどその感触にちょっと意識が飛びそうになる。というかこれ刑法的にアウトな奴じゃない?ほんとに大丈夫?


「これ、どういうこと?」


「姫谷さんって落ちこぼれだよね。そんなのが、なんで入学時の成績5位の少女にお姉様なんて呼ばせてるの?」


 私達を取り囲む上級生たちのひそひそ話が胸に痛い。


「ち、違うの。」


 私がそう言ったところで件の新入生に抱き着かれたままの状況では説得力も何もあったものでなかった。


「ごめん、ちょっと理解が追い付いていないけれど、また今話は聞かせてもらうから。」


 頭を押さえながら水山さんがその場を去っていく。それを契機に、1人、また1人。


 かくして、私が望んだのとは違う形でその場は白け、集まりは解散したのだった。




 それからたっぷり10分後。ようやく泣き止んで私を解放してくれた少女はまた先ほどのおどおどとした調子に戻っていた。


「ご、ごめんなさい、いきなり抱き着いちゃったりして……迷惑でしたよね。」


 今にもまた泣き出しそうなウルウルした目でそう聞いてくるのはやめてほしい。反応に困る。


「驚きはしたけれど……私がお姉さんにでも似ていた?」


「いえ、妹に。あ、私、妹の方がしっかり者で、そして妹のことをいつもお姉様って呼んでいて、そして、その、先輩が妹にそっくりで……。」


 ??? イマイチ理解できないけれど、まあこれについてはそっとしておこう。


「まあ、私はいいけれど、高校生になってまで家族と他の人を間違えるのは気を付けなよ。あと、今日の調子だったらさっさと武双姉妹決めた方がいいと思うわよ。さっきまでのあなた、すごく辛そうだったし。」


 そこでピンク髪の少女ははっ、という表情になる。


「や、やっぱり私のこと助けてくれたんですね。その……。」


「私は姫谷白雪。多分一応君より先輩だろうけれど、呼び捨てで読んでくれても名前覚えてくれなくてもいいよ。」


「わ、私は、ゆ、夢川由紀、です。そ、その、今回は助けてくれてありがとうございました!」


 そう言うなりいきなり土下座しだす夢川さん。そのオーバーなリアクションに私はたじろいでしまう。


「そんな、別に感謝されたくてやったことじゃないし、土下座されるとこっちが気まずいから顔を上げて、ね?」


 あやすように言ってようやく立ち上がってくれる夢川さん。


「まあ、なんにせよ私から言えるのは早く自分のことを大切にしてくれる武双姉妹を見つけな、ってことくらいかな。それじゃ。」


 そう言ってその場を後にしようとした時だった。私の裾を少女がギュッと掴んで、私のことをうるうるとした瞳で見つめてくる。そしておどおどとしながらも口を開く。


「そ、その、こ、こゆにげーす?、って、なんですか?」


 夢川さんの疑問に私は唖然とした。武双姉妹制度を知らないでこの学校に入ってくる人がいるなんて考えたこともなかったから。

 

 それでも、夢川さんは本気で武双姉妹制度を知らないようだったので、私は簡単に武双姉妹制度について夢川さんに着いて話した。


 私の説明を聞いてからしばらく、夢川さんは難しい顔をしていた。


 武双姉妹は学校に特有の制度だから理解するのに時間がかかってるのかな。そんなことを思って私は悠然と構えていたらその余裕は次の夢川さんの言葉で一気に崩れ去った。


 何かを決意したような夢川さんは深呼吸してから、私をまっすぐ見つめてこう告げた。



「そ、その……私と姉妹になってくれませんか?わ、私は、あ、あなたがいいんです!」

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