第二幕 その会話は、親子水入らず。


 ――帰り道とお家に至るまで、梨花りかと同じ。共に歩む影法師的な存在。



 その日の晩に取り掛かる。今日は十三日の日曜日。明日は決戦の十四日の月曜日、その日と定めてチョコレート作りに熱が入る。熱を要するから……薫り広がるチョコの、チョコレート工場に見学に行った、小学二年生の春を思い出させる薫りだけれど、目指すはビター。ちょっぴり大人の冒険も試みるから、カカオの分量も意識するの。


 あとはね、僕の愛で甘みを帯びる……


 するとね、――「千佳ちか、そこは大人の冒険よ」と聞こえる声は、梨花と違う? ビックリして振り向くと「お母さん……」だったのだ。お母さんはニッコリしながら「一緒に作ろ、千佳」と言って、二人並ぶ台所。身長はまだ、僕の方が低く……というよりも、お母さんが高いの。十センチ以上の差だ。そして梨花は、いつの間にかいなくなって……


 台所で、お母さんと二人きり。


 思えば、……そうだね、まだ戸惑いもある中だけど、きっと夢見ていた光景。元々は二人きり。母子家庭で、貧困の渦中にあった。とても今のような光景は、想像も、大空の彼方ほど遠いものに思えていたの。今に光景に至る前は、明日も見えない状況だった。貧困やいじめ……それから少しばかりの、お母さんからの……暴力。言葉も含めて。こんな時に限って思い出すの。今の光景と比較してみることに……


 ちょっぴり、涙がでそうになった。


「千佳、ありがとうね……」


「お母さん?」と、顔を向ける。顔を向けると、お母さんも涙ぐんでいるように……


「あなたのお陰で、頑張ってこれたのね。どんなに辛くても、娘にあたるようなダメな母親でも、千佳が優しく強い子だったから、お母さんも勇気が出せて、新一しんいちさんと……今のパパと、胸を張って家族になれた。梨花も一緒に、本来の家族の形になれたから」


 って、もう号泣の域だ。僕もお母さんも。


 これまでの、……過去の溝を埋めるように、涙はその地を固めるように、より強固に。



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