第1話

「もういーかい!」

「まーだだよ!」

 壁に顔を向けて叫ぶと、部屋の外から沙耶の声が聞こえた。どうやら違う部屋に隠れているらしい。

 家が隣同士だった僕と沙耶は小学生の頃から仲が良く、特にかくれんぼをして遊ぶのが好きだった。

「もういーかい!」

 少し待ってからもう一度叫ぶと「もーいいよー!」とさっきよりも小さく籠ったような声が聞こえた。

 よし、と僕は沙耶の捜索を開始する。

 彼女が隠れるとしたらどこだろう。暗いところは苦手だからきっと押し入れの中ではない。トイレに鍵を掛けて立て籠もるような卑怯な真似もしないだろう。

 僕は扉を開けて部屋の外に出ながら、彼女が隠れている場所を推測する。ひとまず台所に入り、冷蔵庫と食器棚の隙間を確認するがそこにはいなかった。

「あれ、どこだ……?」

 そうだ。川を眺めるのが好きだって前に言ってたかも。

 微かな記憶を頼りに、僕は階段を上る。

「あー、みーつけた!」

「わ、みつかっちゃった!」

 二階の部屋のカーテンの陰に隠れていた沙耶を指差して叫ぶと、悔しいような楽しいような表情の沙耶がゆっくりと姿を見せた。

「くそー、でもこのどきどきがくせになるのよね!」

「わかる。たのしい」

「うんうん、たのしいはしあわせ!」

 真っ黒な瞳を隠すように満面の笑みを浮かべる彼女を見ていると、なんだかこっちまで楽しくなってくる。だから僕は人差し指をピンと立てて振り上げた。

「たのしいからもういっかいやろー!」

「いいよー! しあわせはあきない!」

 今度は鬼を交代し、沙耶が壁に顔を向け、僕は最高の隠れ場所を見つけるために部屋を飛び出す。

「もういーかい!」

「まーだだよ!」

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