世界万国かくれんぼ

池田春哉

第0話

「もしもし沙耶さや、今どこにいるの?」

「それを探すのが君の役目でしょ、ゆうくん」

「ヒントくらい貰ってもいいだろ。規模が規模なんだからさ」

 僕が不満を口にすると「えーしょうがないなあ」と楽しそうな声が電話口から聞こえた。その声の後ろから、うっすらと音楽が漏れ聞こえる。そのリズムも歌詞も僕には聞き馴染みがなく、ますます彼女の所在が気になった。

 自室の壁に掛けられた世界地図に目を向けて、僕は彼女の返事を待つ。

「ヒント1。私は暑いところにいます」

「エジプト?」

「ヒント2。大きな川が流れています」

「ブラジルか?」

「ヒント3。カレーが美味しい」

「インドだ!」

 僕の答えに沙耶は正解とも不正解とも言わず「ふふふ」と弾むように笑った。サビに入ったのか、電話の向こう側のBGMが盛り上がりを増す。

 何の楽器を使えばこんな音が出るんだろう、と僕は赤道よりも少し上にある菱形の国を指で触れた。 

「さ、ヒントはこれでおしまい。あとは頑張って探してね」

「いやまだインドってことしかわかってないんだけど」

「だいぶ絞られたじゃん」

「縮尺だけはな」

 確かにこの地図で見ればインドなんてちっぽけだ。日本なんてもっと小さい。

 けど僕はその小さな島国のさらに小さな首都でさえすべて歩き回れていない。訪れたこともないインドで一人の女性を見つけ出すのはどれだけ難しいことだろう。

「でも探さなきゃ。優くんが鬼なんだから」

 笑い声の混じった沙耶の楽しそうな声がスピーカーから聞こえる。

 まあそうだな。それが僕の役目。

 僕は隠れた子供を探し回る鬼なんだから。

「ところで大学は順調? 卒業研究中だっけ」

「毎日教授に鬼のようにしごかれてる」

「世の中は鬼だらけだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る