隣の席の白崎さんがグイグイと迫ってくる件〜俺と彼女は『赤点』で結ばれている〜

月夜美かぐや

1. 二人だけの秘密

 うっわ……まじかよ。

 まじで最悪だ。


 俺は風早かぜはや 涼太りょうた

 どこにでもいる平凡な高校2年生だ。


 何が最悪かって?


 それは俺の手の中に握られている一枚の用紙が、全ての元凶だった。


 ——1学期末 英語テスト『32点』——


 平凡な俺にだって、楽しみにしていた夏休みがあるのに……。

 40点以下は赤点——つまり、夏休みが始まる前日である二週間後に追試が行われるらしい。


「あれ……風早くん。もしかして英語の点数……」


 少しニヤけた面構えでこちらを見てくるのは、隣の席の白崎さん。


 白崎しらさき 結衣ゆいは成績優秀、容姿端麗、そしてミステリアスな雰囲気で落ち着いているところが、高校生離れしていることで有名だった。


 美しいと言わざるを得ない白い肌に、艶やかなロングの黒髪はまさに国宝級。

 つい先日100人目から告白され、フったとの噂は俺の耳にも届いていた。


 そんなかけ離れた存在である彼女も、隣の席の俺には何気なく話してくれる機会がたまにあったのだ。


 彼女の言葉をスルーしていると、身を乗り出して更に質問を続ける。


「……もしかして、赤点取っちゃったの?」

「なっ……!」


 慌てて口を抑えたが、どうやらリアクションでバレてしまったらしい。


「ふふっ……。風早くん顔に出すぎだよ?」

「あ、ああ赤点なんて取ってねぇし。そういう白崎さんは、何点だったんだよ?」


 俺の言葉を聞いて、机の上に置かれた英語のテスト用紙を手にすると、チラッと捲って見せてきた。


 いや、待て待て。

 白崎さんって成績優秀だったような……。


「じゃーんっ!」


 そこには堂々たる『100点』という数字に加え、先生からの『大変よくできました』というメッセージがデカデカと添えられていた。


 得意げにはにかむ白崎さんは、俺が悔しがる様子を見てより一層ニヤけた表情をみせる。


 くっそ……。

 馬鹿にしやがってぇ。


「ねぇねぇ、風早くん」

「何だよ?」


 悔しさから、ついついぶっきらぼうな答え方になってしまう。

 それでも白崎さんは構わない様子で話を続けてくれる。


「私が英語……教えてあげよっか?」

「……え?」


 白崎さんが俺に教えてくれる?!

 まじか!!


「ふふ。その顔は決まりね。じゃあ、今日の放課後からね」


 そう話した可愛いすぎる彼女の屈託のない笑顔は、まるで俺に取り憑いたかのように、脳裏に残り続ける。


 その後の授業の内容など、全く頭に入ってこなかった。



 ◇◆



 放課後になり、クラスメイトたちが居なくなった教室で、俺たちは机をくっつけ合うようにして座った。


「ここはこっちの代名詞を使った方が的確かな……。そしてこっちはね———」


 いつもより距離が近いため、必要以上に意識してしまう。


 腕ほっそ……指も長ッ!

 そしてやっぱ肌の色白いな……。


 あまりに見入っていると、さすがに勘づかれたらしい。


「ねぇ風早くん、私の手ばかり見て説明聞いてないでしょ? 何考えてたの?」


 ズイっと身を乗り出すようにして、俺の耳元でそう囁く。


 や、やばい……

 耳元に息当たってるし!

 いい匂いしすぎだし!!

 胸あたってるって、ちょっ!!!


 白崎さんの胸は大きい方ではなかったが、俺の右腕に密着させた胸に確かな柔らかさと弾力を感じる。


 こんなの恥ずかしくて顔が赤くなってしまうほかない。


「……ふぅん。風早くん、えっちなこと考えてたんでしょ?」


 白崎さんが甘い吐息でそう呟くので、俺は弁解をすべく慌てて振り向く。


「「あっ……」」


 2人の唇があと少しでくっつきそうな距離。

 いや、もはや触れてしまっているのかと錯覚してしまうほどの距離に彼女の顔があった。


 綺麗に曲線を描く長いまつ毛。

 キラキラと輝く星空のような瞳。

 塗りたてのリップクリームでツヤツヤと光る唇。


 僕が白崎さんに見入っていると、彼女は頬を紅に染めながら、やがて静かに目を閉じる。


 こ、これはOKってこと?!

 このまま男らしさを見せて押し倒す勢いでキスしてしまうしかないっ!

 ……いやいや、待てよ。それはまず相手に告白して、お互いに気持ちを確かめ合ってからするべきだろ!


 ん?!

 そもそも俺は白崎さんのこと好きなのか?!


 こういう場合どういう行動を取るべきなのか、全く分からずにフリーズしてしまう。


 中々行動に移らない俺の様子を、途中から白崎さんは薄めを開けて覗いていたらしい。


「あはは……。風早くんって童貞でしょ?」

「んなっ! どどど童貞じゃ……はい……そうです」


 白崎さんから思いもしない言葉が出てきたのと、核心をつかれてしまったことで、赤面しながら動揺してしまった。


「まぁ、私も、その……。こ、こういうの初めてなんだけど、ね……」

「えっ?! ってことは白崎さんはしょ——」


『処女』の言葉を口に出す前に、白崎さんから人差し指を当てられ口を塞がれる。


「ばかぁ。風早くんのいじわるっ!」


 顔真っ赤じゃん。

 まじか……本当に白崎さんも初めてなのか!


 学年問わず男子からモテる姿を目の当たりにしているため、こういうことも手慣れているのかと思っていた。


 いや、まだ俺のことはからかっているだけってこともありえるな。

 あの白崎さんだし、きっとそうに違いない。


「ねぇ風早くん。手……繋いじゃおっか」

「な、なんっ」

「手……だよ? だめ?」


 うるうるした瞳を上目遣いにしてくる。

 反則だ!

 そんなのダメなんて言えるはずがない。

 でも本当にいいのか?

 俺たちただのクラスメイトで隣の席ってだけなのに……。


 心で悩む感情とは裏腹に、俺の右手はソッと白崎さんの左手に伸ばしていく。


 白崎さんもその様子を見て嬉しそうな表情を見せ、残りの距離を一気に詰めるべく右手を掴んできた。


 何だこれ……白崎さんの手柔らかッ!

 女子の手ってみんなこんなスベスベなのか?!


「風早くんの手、男の子だね。ゴツゴツしてて大きい」


 白崎さんはそう話しながら、俺の手を遠慮することなくにぎにぎしてくる。


「なんだよ。ゴツゴツしてて悪かったな……」

「ううん。かっこいいよ? 私は好きだな……風早くんの手」


『好きだな』という言葉が一瞬、自分自身にかけられたのかと勘違いしてしまい、心が踊ってしまう。


 くそっ。

 こんなの勘違いして、好きになってしまうじゃないか。


 いつしか窓から夕陽が差し込み、教室が茜色に染まっている。


 その茜色と同じくらい紅く染まる白崎さんの横顔を見つめ、俺はこのまま時間が止まってしまえばいいのにと思った。

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隣の席の白崎さんがグイグイと迫ってくる件〜俺と彼女は『赤点』で結ばれている〜 月夜美かぐや @kaguya00tukuyomi

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