07 まだ行けるはもう危ない。自分を守れ! ……あれ、これまでで一番のピンチに!?

「ちょっと疲れてきたな。いったん帰るか。もうちょい進むか……」


 ステータスの体力のおかげで、疲れにくい体質になっている。

 とはいえ限界はある。


 ダンジョンを駆け回っていた俺は疲れを感じ始めている。


「まだいける、が……」


 探索や検証も楽しくなってきたところだ。

 やろうと思えば、まだまだダンジョン攻略を進められる。


 しかし、それは事故の元だ。


 疲れていればミスもする。

 ダンジョンの中でミスると、ケガや死につながる。


 ダンジョンに潜っているのは自分の意志だ。

 帰るのも休むのも自由だ。


「えっ!? 好きなときに休んでもいい……? 斬新ざんしんな感じがするな!」


 んん?

 考えてみれば当たり前のことだよな。


 いかんいかん! 感覚がブラックだ!


 長時間労働が当たり前になりすぎている。


 まだいけるはずだ。

 無理でもやるしかない!


 できないのは努力が足りないから。

 そう言われてきた。そう考えてもいた。


 でもそんなのはただの根性論だ。

 現代の価値観にそぐわない。通用しない。


 人にそれを強いるなんてもってのほかだ。

 パワハラである。


 自分でやるのもおすすめできない。

 病んでしまう。身も心も疲れはててしまう。


 ……それに気づけて良かった。

 無理をしている人には、少し足を止めて考えることを勧めたい。



 いずれにせよダンジョンでは命がかかっている。

 無理をして失敗するわけにはいかない。


 無理は禁物だ!



 スキルの検証が楽しくて、ちょっと遠出しすぎたな。

 数時間はダンジョンをうろついていた。


 時計がないので正確な時間はわからない。

 相変わらず、スマホは電源が入らない。

 ダンジョンの中では電子機器は使えないのかな。


 洞窟は広くて、短時間では調べきれていない。


 途中にいくつか分岐はあったが、すべて右に曲がるようにしていた。

 帰りは左に進んでいけば間違いない。

 迷路右手の法則だ。


 帰り道に迷うことはない、はずなのだが……。


「この道……通ったっけ?」


 間違っていないはずなのに、妙な不安感を感じる。

 行きと帰りでは同じ道でも見え方が違う。


 あっているはずだ。迷ってはいない。そう自分に言い聞かせる。

 仮に迷っても、そんなに複雑じゃない。大丈夫大丈夫……。


 そうしているうちに見慣れた部屋にたどり着き、胸をなでおろす。


「ふう。無事に戻ってこれたな。迷子になって死ぬ恐怖が頭をよぎったわ……」


 なかなか心細い思いをした。


 もっと奥まで探索するには、紙とペンを用意しよう。

 地図を描かなければ迷ってしまうかもしれない。

 次回は食糧や水も用意しなきゃな。

 すぐに帰ってこれない事態がないとも限らない。


 準備が足りない状態でダンジョンに潜ってしまったが……モンスターに襲われて死んだりする可能性あるんだよな……。

 そうでなくても、足でも折って帰れなくなったら死んでしまう。


 救助隊なんて来るはずもないんだ。慎重にしなきゃな。

 ま、俺が死んでも誰も困らんけどな。


 とはいえ、死にたくはない。俺が死んだら俺が困る。

 命を大事に行くのは当然。


 基本的には入り口まで戻れる範囲しか探索しないつもりだ。

 命をかけてまで、ダンジョンを探索しなければならないわけじゃない。



 今日の探索の結果、いくつかわかったことがある。


 ゴブリンはたいした脅威ではない。

 勝てる相手だ。


 ステータスやスキルは充分に戦力になる。

 無双できるほど強いかはわからないが、ゴブリン相手には充分に通用する。


 ゲームやアニメのスキルはもっと派手で、もっとチートな感じだ。

 俺が身に着けた範囲では、すこし不思議なことができるくらいの範囲だ。

 物足りなさを感じもする。



「でも……現実的に考えたらスゴイんだよな!」


 ジャンプ力ひとつとってもとんでもない。

 高く、早く跳べる。

 競技によっては、世界新記録も出せるだろう。


 現実世界基準で考えたら十分にチートだ。


 だがここはダンジョンだ。

 安心はできない。慢心するわけにはいかない。


 もしもドラゴンやミノタウロスのような強い怪物が居るとしたら……。


 今のスキルやステータスで勝てるか?

 無理だろう。


 そういう怪物が居る前提で考えるべきだ。

 ダンジョンの深い階層には、きっといる。


 俺は駆け出し忍者だ。レベルも低い。

 レベルを上げて、スキルを身に着ければ強くなれるはずだ。

 死なない強さを身に着けることが当面の目標だ。



「続きは次回にして、帰るとするか!」


 ダンジョンとアパートをつないでいる出入り口の前に立つ。

 黒い水面はゆらゆらと不気味に揺らめいている。


 消えたりせずにちゃんと残っていてよかったー!


 これがなくては家に帰れなくなる。

 こんな洞窟に閉じ込められたくはない。


 出入口である黒い水面に手をかざして……ってあれ?


「んん!? 通れないぞ! はじかれている!?」


 水面に触れれば通り抜けられるはずなのに!

 俺は何度も手を突き入れようとする。

 だが、触れることができずにはじき返されてしまう。


 なんだと!?


 まさか……時間制限で閉じるタイプか!?

 水面の見た目は、さっき通った時と変わりない。


 いや、見た目なんてあてにならない。

 こんな不思議な物体をどうやって判断すりゃいいんだ。


 まずいぞ。閉じ込められた!

 そうなると、飢え死に、渇き死に待ったなしだぞ!


 俺の背中を冷たい汗が流れる。


「おいおい、シャレにならん! 何か条件があるのか?」


 頭をかきむしりながら、部屋をぐるぐると歩き回る。

 考えろ……。


 水面は来た時と変わりない。

 開いたり閉じたりしているような、見た目の違いはない。

 黒い水をたたえた水面のような、微妙に揺れ動いている穴。


 横や後ろに回り込んでも、見た目は変わらない。

 楕円形の黒い穴だ。

 どこから見ても楕円形の水面のように見える。

 黒い物質は目でとらえても立体感を感じづらい。


「条件があるとして……時間? 営業時間でもあるのかダンジョン……」


 本日の営業時間は終了しましたって?

 まさかね。


 ちょっと間をおいて再度チャレンジしたが、変わらず通れない。


 手を差し込んでみても反発するようにはじき返される。

 磁石の同じ極を近づけたときみたいに。

 外へ出ることを拒むみたいに。


「行きは通れたんだから、こっちに来てからの違いか? レベルとかスキルとかが原因だったら詰むぞ……!?」


 行きと違うこと、他に何かあるか?


 経験値?

 ……これはレベルと同じか。


 持ち物?

 行きに持っていなかったものと言えば……!


「あ!? コレか!? ――ドロップアイテムの魔石!」


 ポケットに入れていた魔石を取り出す。

 とりあえず足元に置いて……黒い水面へ手を伸ばす。


 反発は……ない!


 手が黒い水面に触れ、ふわりとした感覚につつまれる。


「通れた!」


 視界が暗転する。

 気がつけば見慣れたアパートの部屋へ戻っている。


 ふう。あせったー!

 危なく閉じ込められるところだったぜ!


 ダンジョンから物は持ち出せないってことか。

 そうならそうで、警告のメッセージでも出してくれればいいのに。

 ちょいちょい不親切だな、このダンジョン。


 いや、焦ったよマジで。

 これまでで一番のピンチだった!

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