02 我が家のクローゼットがダンジョンになったので潜ってみた結果……!

「いてて……」


 何が起こった?

 自室のクローゼットの中に吸い込まれた?


 俺は混乱した頭を振って起き上がり、周囲を確認する。


「ここは……洞窟、か?」


 俺がいるのは、洞窟のような広い空間だ。

 自分の部屋を丸ごとを入れても収まるような広さ。


 クローゼットを突き破って反対側へ出たわけではない。

 間取り上、突き抜けたなら自分のアパートの風呂場のはずだ。


 足元はゴツゴツした石の床。

 天井は高く、ジャンプしても手が届かない。


「え? 意味わからん!」


 空気はじめじめと湿っぽく、薄暗い。

 洞窟の壁面に生えているキノコやコケがうっすらと発光している。

 このおかげで、視界が確保できているようだ。


「えーと、とりあえず落ち着け俺。こういうときは警察に電話か? 写真でも撮っとくか?」


 遭難したときは、動かないことだ。

 とりあえずスマホを取り出す。


 自宅の中で「遭難しました!」とか通報して意味があるかはわからないが。


「あれ、電源が切れてる!? さっきは電話で話せていたんだけどな」


 スマホは操作を受け付けず、真っ黒な画面だ。

 電源ボタンを押してもピクリともしない……。


 むむ。壊れたかな。



 そのとき、遠くで物音が聞こえた。


「ん。何か聞こえたような……?」


 動物のき声か。

 薄気味の悪い、発狂したサルの鳴き声みたいな声……。


 洞窟の今いる場所……広くなっている部屋からは通路が一本伸びている。

 そちらから、得体のしれないわめき音が聞こえてくる。

 ひたひた、と足音が近づいてくる……。


「ギョぁ!」

「なっ!?」


 通路から現れた生き物は、不気味な声を上げる。


 現れたのはサルではなかった!

 もっと得体のしれない何か。

 これまでに見たことのない生き物だ。


 人型で小柄。緑色の肌。

 粗末な腰巻。手には棍棒を持っている。


 頭からは短い角が生えている。

 角が生えているのなら、これは鬼なのだろう。

 現代の日本にはありえない生き物。怪物モンスターだ。


 でも、俺はコイツを知っている。


 実際に見たことはないが、よく知っている。

 ゲームや漫画でよく見かけるアイツ。


「ゴブリン……だよな。ファンタジーでおなじみの。ということは、ここは迷宮……ダンジョンってやつか!?」


 クローゼットがダンジョンに通じた。

 そして、ダンジョンにはモンスターもいる、と。


 ゴブリン……らしき生き物に困惑する俺にむかって、奴が歯を剥いて吠える。


「ゴアアア!」


 俺を敵と認識したようで、やる気満々だ。

 勢いよく駆け出したゴブリンが、棍棒を手に迫ってくる。


 驚いたり考え事をしている場合ではない!


「ちょっ……心の準備が!」


 俺はじりじりと後ずさる。


 小柄とはいえ武器を持った相手と戦う覚悟は決まっていない。

 だがゴブリンはこっちの都合などお構いなしだ。


「ゴッギャア!」


 唾をまき散らし、耳障りな叫びをあげながら飛び掛かってくるゴブリン。

 きわどいところで振り下ろされた棍棒をよけて、後ろに飛ぶ。


 後ろには、黒い水面。

 入ってきたときのまま、そこにある。


 クローゼットで見たものと同じものだ。

 これが出入り口だとすれば、クローゼットへ通じているはず!


 さらに後退して、黒い水面へ飛び込む。

 視界が暗転する。



「……戻った! 戻れたっ!」


 いつものアパートの部屋に俺は立っている。

 戻ってこれたようだ。

 どういう仕組みかはわからないが、これは出入り口であるらしい。


「部屋と洞窟を行ったり来たりできるんだな。戻れなかったらどうしようかと思ったが……戻れてよかった!」


 これで、いろいろと準備ができる!

 心の準備。それから戦う準備だ。


 いまのところゴブリンはダンジョンの外までは追ってこない。

 とはいえ、いつ飛び出してくるかもわからない。

 あんなのが外に出てきたらニュースになって世間は大パニックになってしまうだろう。


 外へ出たゴブリンが大暴れしたら、モノも壊れるし騒音も出る。近所迷惑どころか通報案件だ。

 倒したとしてもゴブリンの死体が残る。事故物件だ。

 殺人現場……殺鬼現場になってしまう。


 そんなことになったら、ここに住んでいられなくなってしまう。

 それは避けたい!


 もしもこのクローゼットからゴブリンが出てくるとするなら、一撃で黙らせなければいけない。


 そのために必要なもの……。

 それは武器だ!


 外へ買いに行く暇はない。

 家の中にあるもので、ゴブリンを一撃で葬れる威力……。


 包丁? 武器としては悪くない選択に思える。

 だが、強度やリーチが不安だ。


 小柄なゴブリンとはいえ、棍棒を持っている。

 同じリーチでやりあいたくはない。


 どうせなら楽に勝ちたい。

 リーチだ。それなりの長さを持った武器。


 ……日本刀とか槍が俺の家にあるはずもなし。


 となると鈍器。

 金属バットの出番だ!


 素振りして体を鍛えようなんて考えて数日でやめたバットさん。

 いまこそ活躍のとき!


 傘立てのなかで居心地悪そうにしている金属バットを手に取る。


 金属バットを構えて、クローゼットを見張る。

 しかし待ってみてもダンジョンの入り口に変化はない。


「うーん……出てこれないのか?」


 とはいえ、このまま放置もできない。


 家の中でGのつく虫が出たときに似ている。

 始末するまでは安心して過ごせない。

 パンデミックのせいで外出もできないのに、自分の家で安心して過ごせないとかイヤすぎる。


 安眠のため、Gは始末する! 害虫死すべし!


 ではどうするか。

 再び、ダンジョンへ行くしかない!


「よし、やるか。準備はととのった! 覚悟は決まった! 害虫は始末する!」


 覚悟を決めて、黒い水面へ飛び込んだ。



 暗転。洞窟だ。

 俺はダンジョンの中に戻っている。

 なんどでも行き来できるようだ。


 最初と違うのは俺に戦う覚悟が決まっているということだ。

 戦うための武器もある。

 ちょっとのことだがこの違いは大きい。


 いた。奴だ。Gだ。ゴブリンだ!

 俺を見つけて驚いている。黒い水面から突然に現れたように見えているはずだ。

 さっきは俺が驚かされたが、今度はゴブリンが驚く番だ。


「ギョ! ゴブぁっ!?」


 慌てて棍棒を構えようとするゴブリンだが、その動きは遅い。

 そして俺はそのすきを見逃さない!


「食らえ金属バット! うおりゃ!」


 間髪いれずにフルスイングした俺のバットは、ゴブリンの頭部にジャストミートする。

 くわぁん、とバットが小気味いい音を立てる。


 派手に吹き飛ぶゴブリン。

 かたい洞窟の床に倒れたゴブリンは動けない。


「よし、やったか!?」

「ギ……」


 バットを構えて残心。油断してやられるのはごめんだ。


 起き上がろうと首を持ち上げるゴブリン。

 しかしそれはかなわず、力尽きて動かなくなる。

 さらさらと、ちりになって消えるゴブリン。


「倒した、な。ふう……」


 人型の生物をぶん殴るのは気持ちの抵抗があった。

 だけど、思ったような罪悪感はない。

 もともと俺を殺そうと襲ってきたやつだ。


 それに、ゴブリンを見ると生理的嫌悪感と共にこいつは敵だ、と認識される。

 姿を見るだけでも敵だとわかる。これは不思議な感覚だ。

 モンスターとはそういうものなのだろう。


 ゴブリンには人権……ゴブリン権なんてものはない。

 害虫死すべし!


 ゴブリンが消えたあたりで、何かがきらりと光っている。

 ……これはなんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る