第3話 Where I am 1

 1:

 ここから逃げよう。

 そう決めた。

 ここから抜け出して、シックスが頭の中にやってきた時に彼と会うんだ。

 私を知っているシックスに会いたい。

 だが、ただ単にいなくなるだけでは駄目なのかもしれない。相手はみんな裏社会の暗殺組織ソーサリーメテオなのだから。

 何とかしてみんなを。

 ……人ってどうやって騙せばいいんだろう?


 よし、みんな働いてる。ここでこっそりと抜け出そう。

 なるべく自然な足取りで店内に入り、そのまま歩きながら落ち着いて、ドアに手をかけて――

「よう、反抗期。どこ行くんだ?」

 びっくりして振り向くとシュウジがいた。

「べ、別にどこだっていいでしょ! さ、散歩してくるの!」

 しまった。みんなが私に注目している。

「ああ、いってらっしゃい」

 麻人さんが優しい声で言ってくる。

 あれ? 意外とあっさり。

「ちょーっとまったあ」

 と、間延びした声で凉平さんが厨房から出てきた。

「その前に、桃のタルトが出来たんだけど食べてからにしなーい?」

 何故だか突然にむかっとした。

「食べ物で釣らないで下さい! いってきます!」

 こっそり麻人さんがため息をついたのを尻目に、私はひなた時計のドアをくぐって外に出た。

 

 なんだかんだで外に出られた。後はシックスがこっちに声をかけてきた時に会いに行こう。

 とりあえず、早足で街中を歩く。

 心が急いでしまう。はやく来て、シックス。

 道路、アスファルト、車、バイク自転車、人、男の人女の人、赤ちゃん、街頭、建物ビル……これもビル。

 知ってる。みんな知ってる。だけど、初めて見るような感覚だった。

 記憶喪失だと知っていてもこんな感覚なのかな? 失ったらどうなるのか本当は分からない、だけど目の前に入ってくる物全てが目新しく新鮮で、鮮明だった。

 いろんな物があって、目移りしてしまう。

「さてどこへ行こうか?」

「うわぁっ!」

 いきなり後ろから声をかけられてびっくりした。

 真後ろに誠一郎さんがいた。

「い、いつのまに? というかどこから?」

「いや、店内にいた。そして君が外に出るようだから、保護者になっておこうと」

 全然気付かなかった……店内にいた事すら気付かなかった。

 いるのかいないのか分からないって加奈子さんの言ってたのは、こう言う意味だったのか。

「どこに行く?」

「ど、どこでもいいでしょ! ついて来ないで下さい」

 本気でびっくりしてしまって、まだ心臓がどきどきする。

「そうはいかない」

 誠一郎さんは首を振った。

 胸の中で、またむかっとする。

「任務だからですか?」

 口調を強めて言うも、誠一郎さんは涼しげに澄ました顔で答える。

「ああ、そうだ」

「一人にしてください」

「そういうわけにもいかない」

「私だって一人になりたい時があるんです」

「ふむ、やはり反抗期か」

「何でもいいですから勝手にさせてください」

「一人にすることは出来ないが、反抗期にはなるべく良い青春を送るべきだ」

 ……何なんだ、この人は。

「反抗期、誰もが一度は通る。問題ない、青春の1ページだ」

 うんうんと頷いて、なんか一人で納得している。

 もうほっとこう。

 きびすを返して街中を少し早足で進む。

 ずんずん進んでから、一度後ろを振り返る。

 少し離れたところに、人ごみにまぎれて誠一郎さんがいた。

 なんか、無性にむかむかする。なんでか分からないけど、子ども扱いされてるみたいでむかむかする。

「ふんっ」

 誠一郎さんをなるべく無視して、街中を歩く。

 

「あっ」

 公園だ。

 入り口からでも分かるくらいの大きな公園があった。

 何があるんだろう? 入ってみる。

 初めに見たのは、青々と茂るそれでいて広い緑の芝生だった。

 均等に管理された緑の絨毯。そして雲の混じる青々とした空。

 新鮮な空気。

 そしてすごく綺麗。

 芝生の中に入ると、サクサクと音が鳴って、足の裏が靴越しに気持ちよい感触が伝わってくる。

 芝生の中をよく見ると、芝生に混じってクローバーや知らない蕾のような白い花があった。可愛い。

 当然人もいた。ジョギングしている老夫婦。ボール遊びしている家族。野球をしている子供達。

 みんな楽しそうだ。

 ……もしかしたら私にも、こんな家族や友達がいたのかもしれない。

 こんなふうに穏やかな世界で、気持ち良さげにのんびり過ごしていたのかもしれない。

 日向ぼっこでもしているのだろうか? 杖を突いてベンチに座っているおじいさんに声をかけられた。

「こんにちは、良い天気だねえ」

「そうですね」

 とても朗らかな声に、こちらも口調を優しくして返してしまう。

「お兄さんと散歩かい?」

「え……っと」

 振り向くと、やっぱり誠一郎さんが後ろにいて、さらに手を上げて答えてきた。

「まあ、そんなところです」

「見かけない子だねえ、この公園は初めてかい?」

「はい、とても良いところですね」

「ああ、ええところじゃあ。わしゃあいつもここでのんびりするのが趣味でのう。また会えたら、挨拶でも気軽にしてくれてええでな」

「はい」

 おじいさんに軽く会釈をして通り過ぎる。

 もう少し奥まで行ってみよう。

 

 公園の奥は森になっていた。

 いろんな木々には名前と簡単な説明が入ったプラカードが下げられている。

 ちょうど見つけたのは銀杏の木だった。

「わっ」

 見えない何かがへばりついた。それを振り払おうとするが、なかなか取れない。

「動かないで」

 いつの間にか近くまで来ていた誠一郎さんが、見えない何かを取り払ってくれる。

「くもの巣だ。森の中ではよくある」

 せっかく良い気分だったのに。

「どうしたんだ? なにをむくれている?」

「なんでもありません!」

 誠一郎さんを無視してさっさと森の中を進む。

 少しだけ薄暗くなってきた。

 芝生から舗装された道、そして落ち葉だらけの道を歩く。

 かさかさという自分の足音に混じって、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。ちいちい鳴いたかと思うと、小さく羽ばたき音を鳴らしていなくなってしまう。

 どこにいたんだろう?

 にゃーん。

 こんどは……あれはたしか、猫という小動物。

 日のあたる落ち葉の上でごろ寝していた。

 近づいてみたのだが、猫はこちらに気付いた途端に、警戒して伏せた姿勢になる。

「大丈夫、怖くないよ」

 少しづつ、少しづつ近づいて……頭をそっと指先で撫でた。

「ほら、怖くないでしょ?」

 なんだか少し不満そうな鳴き声を漏らして、私にされるがまま、野良猫が頭を撫でられてじっとしている。

 なんだか、気持ち良くなってた所を邪魔してしまったみたいだ。

「じゃあね」

 そろりそろりと、野良猫をびっくりさせないように静かに離れてる。すると、野良猫はまた体を転がして体を舐めてから、また日向ぼっこの姿勢に入った。気持ちよさそうな顔をしている。

 よし、次に行ってみよう。

 さらに奥へ進むと、古ぼけた小屋があった。

 中をのぞいてみると、木でできた椅子とテーブルがあった。休憩所らしい。

 だけど残念なことに日が当たらないせいか、じめっとした空気が漂っている。

 小屋の壁も、緑のコケに覆われていた。古くて日の当たらない場所にあってか老朽化が激しい。ちょっと残念だ。

 落ち葉だらけの道から今度は思い切って、森の中に入って見た。

 天井が枝葉に覆われて薄暗い、でも。

「わあ……」

 空を見上げると、枝葉の隙間から日の光がキラキラと輝いていた。

 さぁっと風が流れて、枝葉のかすれる音がいっせいに響いた。心地良い木々の音。

 キラキラした空を見上げて、くるりと回ってみる。

 枝葉の隙間から漏れる日差しが、角度を変えて瞬く。

 今度は逆にもう一回転。

 ワンピースのスカートがふわりと上がって、緑の世界が回転した。

 土の匂い、木の香り、キラキラした日差し。風が鳴らす素敵な葉っぱの音。

 ただひたすらに、心地良い。

 不意にため息が漏れた。ついでに深呼吸をしてこの自然の空気をいっぱいに吸い込む。

「はあ」

 気持ち良い。

 思えば気がついてから、彼らのいるひなた時計から出たことがなかった。

 今まで鬱蒼としていた気持ちも、むかむかした気持ちも消え去っていた。

 この世界はこんなにも、何て清々しいのだろう。

 がさりと、落ち葉を踏む音。

 人の気配がして振り向くと。

「来たよ。セブン」

 声の先に少年がいた。見覚えるある顔。

 ――そうだ。

「……シックス」

「迎えに来たよ」


 2:

 突然現れたのに驚く事はなかった。あっけに取られたわけでもない。それよりもむしろ不思議な感覚にとらわれていた。

 懐かしい?

 心が澄んでいくような。

 嬉しい?

 失くした物を見つけたような。

 安堵感? 安心している?

 よく分からない。ただ、目の前に現れたシックスの側に行きたくて仕方がなかった。

 シックスへ向かって駆け出す。

「シックス!」

「セブン!」

 私とシックスの間で三度、地面が小さくはじけた。

 突然の銃撃に驚いて足を止めると、突風のような速さで誠一郎さんが現れた。私を背に、まるで私をかばうか守るかのような位置取りをして、シックスと向かい合う。

 背丈と服装で誠一郎さんだと分かったが、彼は今、幾何学模様の入った仮面をつけている。

 誠一郎さんがサイレンサー付きの拳銃を何の躊躇もなく、立て続けにシックスへ発砲した。パスンパスンと小さな破裂音が連続する。

 シックスへ一直線に向かって行く銃弾は――シックスの目の前で停止した。シックスの体よりやや手前で、放たれた銃弾が宙に浮いて留まっている。

「なに、ただの簡単な念力……サイコキネシスさ」

 力を失った銃弾が、ぽとりぽとりと地面に落ちる。

「こんなふうにね」

 シックスが手を上げた。

 すると、誠一郎さんに異変が起こる。

 拳銃を持っていた手が、見えない力に縛られ、腕が勝手にねじれていく。

 その力に抗えず、誠一郎さんはサイレンサー付きの拳銃を取り落とした。

 シックスが上げた手をぐっと握る。

 ボキリッ!

 誠一郎さんの腕の骨が折れた。

「…………」

 誠一郎さんは悲鳴も上げることも悶える事もなく、くの字に折れた腕をまじまじと見つめる。

「セブンを返してもらう」

「断る」

 誠一郎さんははっきりと即座に答えた。

「なら、もう片方の腕もいこうか?」

 シックスの勝ち誇った笑み。

 だけど――たしか誠一郎さんの能力は。

「ヒール」

 誠一郎さんが小さく呪文を呟き、淡い緑色の発光と共に、折れた腕があっさりと治った。

「……治癒能力か」

 これは厄介だなと言わんばかりにシックスが顔をゆがめた。

 折れた腕を手首から指を動かし完治を確かめ、誠一郎さんはシックスへ向き直る。

「邪魔だよ、吹き飛べ!」

 シックスが腕を振る。同時に誠一郎さんへ向かって突風――衝撃波が襲い掛かった。

 だが、

「第二呪文(セカンドスペル)――」

 誠一郎さんが呟いた最後の部分、呪文の名前だろうか? 突風の音で聞こえなかった。

 向かってくる衝撃波を誠一郎さんは手をかざしただけで、シックスの放った衝撃波をかき消した。

 はらはらと落ち葉が静かに舞い落ちる。

「……なに?」

 シックスが驚く。

 あっけにとられて言葉を失ったシックスに、今度は誠一郎さんが口を開いた。

「確かに、簡単な力だな。単純すぎて覚えるのも楽だった」

 覚えた? サイコキネシスを?

 私の頭が回転して、推論する。

 誠一郎さんは確か人の怪我を治す治癒の能力。

 つまりそれは他者にエネルギーを与えることだ……そして彼は第二呪文と言った。これはおそらく治癒の能力を第一呪文と仮定すれば、いま誠一郎さんがサイコキネシスを無効化した第二呪文と言う能力は、その治癒能力の発展系……そして誠一郎さんはさらに「覚えた」と言った。

 ……推論。誠一郎さんの第二呪文と言うのは、他者にエネルギーを与える治癒能力とは逆――与えるのではなく、取り込む能力だ。そう考えれば今のやり取りに納得が行く。誠一郎さんはシックスのサイコキネシスを受けた事により、その力を何らかの形で覚えて取り込み、自分の物として扱い、シックスの二度目の攻撃を無効化した。

 これで今のやり取りのつじつまが合う。

「こうだろう?」

 やはりそうだ。

 今度は誠一郎さんがシックスへ手をかざし、衝撃波を放った。

 シックスがはっとなって、襲い掛かる衝撃波を全身で受けて何とか耐える。

 誠一郎さんがぽつりと、そして淡々と呟く。まるで独り言のように。

「なるほど、合点がいった……指揮官がこんな子供ならば、今までの戦術も戦法も無いこちらへの雑すぎる牽制も納得できる。そして本人が出てきたとなると、おそらく手持ちのリザードも尽きたのだろう? 残念だが、君では俺達には敵わない。いや、正直にはっきりと言おう……君一人では相手にもならない」

「うるさい!」

 シックスが叫び、両手を突き出してさらに強い衝撃波を放った。

 だが、誠一郎さんは片手を前に出しただけで、あっさりと衝撃波を無効化する。

 ――力の差が歴然だった。

「くそっ! くそっ! くそお!」

 シックスがサイコキネシスの力場を発生させ、立て続けに衝撃波を撃ち放つ。

 落ち葉が舞い木々がざわめき、大勢の鳥が逃げ去り、土煙が立ち込める。

 しかし、誠一郎はシックスへ片手をかざしたまま平然としていた。

 衝撃波の余波すらも通らない。完全にシックスの衝撃波を無効化していた。

「……そんな」

 シックスが愕然とする。

 誠一郎さんとの力の差を見せ付けられ、シックスは両手を下げた。

 そんな中で誠一郎さんは、落としたサイレンサー付きの拳銃をゆっくりとした動作で拾い上げ、またシックスへ銃口を向けた。

 シックスが叫ぶ。

「銃なんて効かないさ!」

 しかし、誠一郎さんは否定した。

「いいや……たとえば弾丸に君のサイコキネシスを付与し、同調させれば、君のサイコキネシスの壁も無効化できる。それ以外にも、君が発生させる力場以上の力を込めて撃ち出せば、この弾丸は君に届く」

 静かだった。

 銃を向ける誠一郎さんはまるで自然な動作で、まるでそれが当然かのように構えている。

 何の違和感も感じない。ただ静かに、周囲の風景と一体化したかのような雰囲気。

 この挙動が……誠一郎さんの一挙一動の自然すぎる動作が、彼の存在感の希薄さの原因なのかもしれない。

 完全な殺し屋。

「君を抹殺(デリート)する」

 ただひたすらに、静かな死の宣告。

 ――だめ!

 ようやくはっとなって気がつき、誠一郎さんの腕にしがみついた。

「やめてください! シックスを殺さないで!」 

 誠一郎さんはシックスから目を離さず、淡々と告げた。

「彼は敵だ。そしてこれが任務でもある」

「やめて! お願いします!」

 嫌だ! シックスが死ぬところなんて見たくない。死んで欲しくない!

「戻るから! 私ひなた時計に! ソーサリーメテオに戻りますから! やめてください! お願いします! シックスを殺さないで!」

 誠一郎さんがようやくこちらに目を向け、仮面越しの瞳から複雑な心境を露にした。

 私、泣いてる……泣きながら誠一郎さんに懇願している。

 シックスを失うことが耐えられない!

 自分でも気が付かない間に、誠一郎さんの腕にしがみつきながら泣きじゃくっていた。

「………」

 誠一郎さんが――銃を下ろした。

「では、帰るとしよう」

 拳銃と顔に着けていた仮面を胸のポケットにしまい、誠一郎さんが私の肩を掴む。

「……はい」

 言われるまま、誠一郎さんに押されるまま、私はシックスから離れる。

「……だめだ」

 背後でシックスが呟いた。

「セブンを! 返せ!」

 シックスが誠一郎さんに飛び掛る。

 だが、誠一郎さんがサイコキネシスで力場を発生させ、向かってくるシックスを吹き飛ばした。

 シックスが対面にあった樹木に体を強く叩きつけられ、がくりと力を失って倒れた。

「シックス!」

 名前を叫んでも、シックスからは反応が無い。

「大丈夫だ手加減はした。気絶しているだけだ」

「シックス……」

 ぐったりとして動かないシックスを置いて、私は誠一郎さんに引っ張られるままその場を後にするしかなかった。そうしなければ、シックスが誠一郎さんに殺されてしまう。

 そうするしかなかった。

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