下りの道だから思えること

糸島誠

第1話 技術搾取

「やった!巨大通信会社Nddから内示を貰ったよ」ベンチャー企業社長の谷井は労苦を共にしてきたCTOに電話で一報を入れた。


 当時、CD-ROM以前、フロッピーディスクという四角いシート状の記憶メディアがあった。

 谷井たちが開発したのは、簡単に自動で早くフロッピーディスクのデータを遠隔地のフロッピーディスクに転送できるものだ。

 Nddはその機器と高速回線をセットで販売する計画だ。


 谷井はNddの要望に応え機能確認や品質確認用に技術資料を提出した。


 Nddから連絡が入った。

「随意契約でなく入札案件になった」

 ー谷井の会社に任意に発注できなくなり、競争入札になるらしい。

「でも入札が3ヶ月後で短いからね」

 ーその期間で新たに設計開発できる会社はないから大丈夫だ。

「発注規模が大きくなると随意契約から入札になるのはよくあることだから気にしないで」

 ーチャンスがさらに大きくなったと谷井は思った。


 入札結果が公示された。某大メーカーが選ばれた。

 谷井の会社の技術資料が大メーカーに漏洩していた。公開された入札結果公示資料を見ても明らかだ。


 もちろんNddは否定した。谷井が指示されて技術資料を開示したのはNddのグループ会社でNdd本体ではなかった。Nddは善意の第三者、Nddのグループ会社と大メーカーとの繋がりを証明することは困難。訴えても負ける。


 谷井の会社とっては巨大なライバル会社ができたことになる。

 急いで新製品をリリースしないといけない。そのためには資金が必要だ。


 事情をメインバンクの信用金庫に伝えたが、これから経営が危なくなるであろうベンチャーに融資はできないとの回答だった。


 ーこのまま潰れてしまうのか。今なら多少の資金がある。

 谷井は経済新聞では大手の日本工産新聞のベンチャー担当部門に訴えた。

「新聞一面に意見広告を出したい。ベンチャーの技術がこんな扱いを受けていては日本の発展はない」

「でも、新聞社としては広告といえども事実と認められることしか掲載できないよ」

「はい、それで十分です」

「局長に掛け合ってみるよ」

 日本工産新聞も前代未聞のことに躊躇した。しかしベンチャー担当部門が押し切り新聞一面の意見広告がでた。


『公正な入札を求めます!』の見出しの元に、谷井の会社が提出した技術資料と入札結果公示資料が並べて掲載されていた。

 業界は驚愕した。様々な意味でベンチャーを侮ってはいけないとう意識が生まれた。


 メインバンクの担当者は、その新聞を持って再度上層部と掛け合った。

 私たち信用金庫が地元のベンチャーを支えなければ地域も新しい成長は望めないと説得、融資を実施した。


 それから5年後、谷井の会社は上場を果たした。

 まだコンプライアンスという言葉が知られていない頃のお話。

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