第2話 スニーカーの紐

 コンサルタントから聞いた、POSレジもない時代のお話。


 その中堅の靴チェーン店は、毎年、中学校卒業生を十名ほど店舗スタッフとして採用していた。


 コンサルタントは、売上向上を依頼されていた。

 入社式で、気になる女子がいた。自己紹介のときですら人の陰に隠れようとする、シャイと云うにはオドオドし過ぎた女子だ。


 新入社員が各店舗に配属されて、すぐ、ある店舗で問題が発生した。あのオドオドした女子が接客をしないというものだ。


 女子本人と話して理由はすぐ判明した。彼女は家の事情で小学校から学校に通えず、足し算引き算ができなかった。おつりの計算ができない。


 それでは接客はできない。

 会社は解雇を考えたが、コンサルタントが女子の身柄を預かった。


 コンサルタントは、若く期待している店長がいる大型の店舗に、彼女を配属してもらった。


 数ヶ月が経ち、コンサルタントが全店舗の売上をチェックしたところ、ある店舗の売上が他店舗と比較して顕著に上がっていた。彼女のいる店舗だ。


 コンサルタントは、現地に趣き、要因を調査した。

 当時、スニーカーが爆発的に売れていた。スニーカーを店頭に並べる際には、一足づつ紐を通さなければならない。手間が掛かる。


 この店舗のスニーカーはすべて綺麗に紐が結ばれている。

 客が試着した後も、スニーカーの紐はすぐに綺麗な状態に戻る。

 他の靴も、型、色、サイズが分かりやすく並んでいる。客はお目当ての靴が見つけ易い。他の店舗との大きな違いだった。それは、すべて彼女が行っていた。


 若い店長はコンサルタントに言った。

「最初、コンサルタントに、彼女をこの店舗に配属するよう言われた時には、腹が立ちましたよ。正直、ハズレくじをもらった感じでしたから。

 でも、ここはスタッフの人数も多いで、接客は他のスタッフに任せ、それ以外の仕事を彼女に依頼しました。スニーカーの紐結びは彼女が自主的に考えて始めたんです。店員からも評判がいいですね

 彼女が配属された当初は、客が立て込んでいるときに接客しないので、他のスタッフから嫌味を言われたり、私にクレームもきました。

 でも、彼女は自分にできることを探して時間を惜しんで動きます。だんだん周りのスタッフは彼女への不満を言わなくなりました」


 コンサルタントはこの店舗のスニーカーの展示の仕方を、全店に真似るように指示を出し成果は上がった。


 彼女は社員表彰された。集まったスタッフの前で、もじもじしながら賞状を受け取った。


 年末、コンサルタントがその店舗を訪問したとき、彼女が接客をしていた。自分でおつりの計算をしていた。

 若い店長が閉店後に、彼女に計算の仕方を教えたとのこと。


 翌年4月、残った前年の新入社員は2人しかいなかった。その一人は彼女だ。地方出身の女子は、都会の遊びを覚え、そして夜の街へと流ていく子も多い。


 何十年も経った。彼女は盛り場にある小型店舗の店長をしている。接客はもちろん、閉店後に店舗の売上金の計算も行っている。


 若い店長は、人材育成に興味を持ち、人事も管轄する役員となった。


 POSレジも、働き方改革もない時代のお話。

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