第21話 エナメルのスリー・イン・ワン

 二人でシャワーを浴びた後、良枝さんは、いつも以上にムダ毛を気にして、私の身体にカミソリを当てます。渡されたエナメルのスリー・イン・ワンは海外製品で、ブラは少し大きめだったので、パッドを入れて調整しましたが、面積少なめのローライズショーツは問題なく私のを収納できました。成人男性としては情けないサイズですが、こういうときは便利です。


 良枝さんも同じコスチュームですが「輸入品だからMサイズにしたんだけど、ちょっと小さいよ。Lにしとけばよかったな」と悔やんでいます。たしかにショーツ、ブラともにピチピチで窮屈そうでしたが、くい込み具合が、とってもエロかったので「いやいや良枝さん、逆にいいですよ」と褒めておきました。


「二ヶ月前、私に『どうして付き添い役も痩せる必要があるの?』って

 質問してたけど、これが答えね。あのときに言ったけど、まずアイリーンに

 『そんな太った身体では、彼氏の恋人の資格がない』って、

 思われたくなかったことが第一の理由ね。

 二つめは、アイリーンと会う前に瑛斗に抱いて欲しかったけど、

 太った身体は絶対に見せたくなかったこと。

 そして最後は、アイリーンが、エナメル衣装を着た私と瑛斗のキスを見たいって、

 リクエストしてきたんで、絶対にお揃いの衣装を着たかったの。

 太ったオバさんが、こんなピチピチのエナメル着てたら、

 それこそ視覚から入る暴力でしょう」


 視覚から入る暴力とは、すごいワードですが意味は十分に伝わりました。良枝さんは三ヶ月前から、エナメル製コスチュームを着て、二人のキスを見せることを鮎香瀬さんに約束していたようです。一日に何度も電話してくるのに、こういう大事な話は教えてくれません。


 着替えた後に洗面台の大きな鏡の前でメイクです。鮎香瀬さんの好みということで、選んでくれたルージュやアイシャドウ、チークが、いつもより濃くて、全く雰囲気が違う仕上がりとなり、自分でもびっくりしました。

 ウィッグは少しブラウン混じりのミディアムロングと黒髪のショートボブが用意してあり、両方を試した結果、後者にしました。


 膝丈のエナメルグローブをはめた後で、良枝さんが八角形のオニキスが正面と左右に付いているエナメル製チョーカーを首に巻いてくれます。


「瑛斗、私にも巻いてくれない?」


 同じチョーカーだったので巻きながら「今回は、お揃いですね」と言ったら、照れ笑いをしながら、チョーカーについての昔話を聞かせてくれました。


 まだ良枝さんが女子大生だった頃、新宿のビアンバーでバイトしていた後輩がいて、その人から同セクの集いを教えてもらい、鮎香瀬さんと一緒に行ってみたそうです。

 今なら「○○オフ」とか「○○コン」などのネーミングでしょうけど、1980年代なんで「パーティー」と呼ばれていました。参加者の年齢は幅広く、学生から50代半ばの人までおり、一番多かったのは20代後半から30代でした。


 初参加の良枝さんと鮎香瀬さんは、雰囲気に圧倒されて気後れ気味でしたが、会場内で相手を探していない、もしくはパートナーと来場しているので声を掛けて欲しくない人は目印としてチョーカーかブレスレット、アンクレットを付けるというルールがあったので、会場でお互いの首にチョーカーを巻き合っていると「学生さん? 二人ともいい感じだね」「お揃いのチョーカーの巻き合いか。素敵ね」などと次々に声を掛けてもらえて溶け込めたそうです。


 やがてイベントに通うようになった二人にとって、相互チョーカー巻きはルーティンとなり、チョーカーはパートナーを示すしるしでした。今日、鮎香瀬さんが到着したときに、出迎えた良枝さんのチョーカーを気にしたり、良枝さんがプレイのとき、しばしば私の首に巻くのは、そういう過去があるからでした。


「ひょっとして、さっき良枝さんが付けていた幅広のレースチョーカーは、

 鮎香瀬さんとの思い出の品ですか?」


「違うんだよ。あれは別の人からのプレゼント。

 アイリーンとのお揃いは、最初に別れたときに処分しちゃったんだよね。

 もし、あれがアイリーンと付き合っていた頃のチョーカーだったら、

 今日、出迎えてあげたときに、すごく喜んだろうけどね」


「きっと大喜びだったでしょうね。

 さっきも『今でも私の気持ちは変わってない』って言ってたから

 今でも良枝さんのことを思っているんですね」


「うん。ありがたいんだけど、心が動かないんだよね。

 アイリーンのことは大好きで尊敬しているけど、

 親友としてであって、もう恋愛対象ではないんだよ。

 実はアイリーンとは別れて、一回ヨリを戻しているの。

 私が25歳のとき、彼女は医師になり立てで、

 滅茶苦茶に忙しくて、なかなか会えなくってね。

 おまけにバイ(セクシャル)だから、せっかく会えたときに、

 職場の男性医師が気になっているとか無神経に話すんで頭にきて別れてね。

 その後に付き合った人が、あの幅広チョーカーをくれたの」


 準備の合間の僅かな会話でしたが、鮎香瀬さん以外のパートナーなど、これまで知らなかった良枝さんの交際歴を垣間見ることができました。未だにプレゼントされたチョーカーを処分せずに持っているので、その人には、まだ思いがあるのでしょうか?


「いやだ、これからアイリーンの前でキスするのに、変なこと思い出しちゃったよ」


 そう言いながら、エナメルの黒いハイヒールを手渡してくれました。


「今日は、この7㎝のハイヒールを履いてくれる?

 初めてだと歩きづらいだろうから、気を付けてね」



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 ダブルのベッドルームに戻ると、いつの間にか鮎香瀬さんが待機していました。エナメルのスリー・イン・ワン姿の良枝さんを見るや、興奮して喋りが止まりません。


「ビーノ! あ~ なんて素敵なんだろう!

 あんなに太ってた身体が嘘みたい。完璧に昔に戻った、いや、

 前よりも、ずっと色っぽいよ。

 腹は割れていない方がいいね。

 やっぱりビーノはエナメル衣装が映えるね。

 また、この姿が見られるとは思わなかった……」


 抱き付こうとして良枝さんに「お客様、踊り子には手を触れないようお願いいたします」と冗談で制止されていました。


「アイリーン、今日の主役は私じゃないから。

 アナタが御所望の女子っぽい男性のエナメル姿、

 しっかり見てあげてよ。どう? 素敵でしょ?」 


「……」


 良枝さんには、あれほど興奮していた鮎香瀬さんですが、私を一瞥すると急に黙りました。期待とは違っていたのかとドキドキしましたが、近づいて顔をじっと見た後で堰を切ったように言葉が流れ出します。


「いいね~ 島崎くん。

 そのメイクなら、関谷のとこの少年画の面影があるよ。

 男性のときも端正な顔だと思ったけど、化粧映えしてるよ。

 なぁ、あの手ブラのポーズをやってくれないか?

 そう! それ、それだよ。首も手の角度もそのまんまだね。

 さすが、ちゃんと覚えているんだな。素敵だよ。

 私はエナメルが大好物でね。たまらないよ。

 ビーノは君に、こんな格好させて楽しんでいたわけだ。

 羨ましいな。このクオリティなら、私でも別れたら忘れられないな。

 それにしても、いい尻と太腿だな。

 あんまりショーツの前が膨れてないのは、サポーターで固定したのかい? 

 それともタックしてテーピング?」


「いえ、私のモノは中学生の頃から成長してないので、 

 そのままでショーツに収まります」


 ちょっとした悪戯心で、証拠とばかりにショーツを下ろして現物を見せたら、鮎香瀬さんは大笑いして喜んで、良枝さんは苦笑してます。


「ちょっと瑛斗、それはサービスのし過ぎだって。

 そういうのは出し惜しみしないと

 エロ女医の要求が、どんどんエスカレートするよ」


「はははは、いい! いいよ! 君は最高だ。

 ビーノから、モノは可愛いサイズだと聞いていたけど少年だな。

 でも勃てば、ちゃんと使えるんだろう?

 人体の神秘だね。なかなか便利じゃないか」


 良枝さんは、私のサイズまで話していたようです。プレイのとき女装させたり、胸があることを教えているくらいだから、当然と言えば当然なのかもしれません。


「さぁて、そろそろ始めようか。アイリーン、どうするの?

 そこで、つっ立って見るの? 

 それとも、あちらにお座りになって、ごゆるりとご観覧?」


 鮎香瀬さんが窓際のレザーチェアに腰を下ろすと、それが合図かのように良枝さんはハイヒールを脱いで、私と向かい合わせに立ちました。良枝さんが用意してくれたハイヒールは、ヒール高が7センチなので、いつもは見上げる良枝さんの顔が真正面にあります。


「今日は見下ろさずに瑛斗とキスできるね」


 そう言うと良枝さんは両掌で私の頭を押さえて口唇を合わせ、長い舌を入れてきます。昔、熊本空港でキスを避けられた教訓から、良枝さんは、人前でキスするとき逃げられないように私の顔や頭を押さえ込むようになりましたが、今日は部屋の中なのに、それをしてきました。

 キスの披露は筒がなく進み、途中、鮎香瀬さんも黙って眺めていました。あと5〜10分程度で終わるかなというとこで、良枝さんの吐息が次第に荒くなり、両手で強く私を抱きしめてきました。

 これは暴走するシグナルなので、「今日はキスのデモ(ンストレーション)ですよ。鮎香瀬さんが見ていますよ」と彼女の耳元で囁きました。


 そのときは頷いて、口唇を合わせてくれましたが、吐息の荒さは治まらず、結局、私の耳たぶを甘嚙みしてきました。


「だめ、もう我慢できない!」


 そう言うと、私をベッドに押し倒し、馬乗りになって両掌で私の肩を押さえ込んで身動きできなくしました。

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