釣れたのは客か、それとも……俺?

夕日ゆうや

釣り人

 海釣りでシイラをとってきたという親子。

 料理店を営む俺に、挑戦状を渡してきたのだ。

「このシイラを調理してくれ」

「……わかりました」

 俺の店では釣り客の要望にお応えするようにしている。

 シイラは雑菌が多く付着していることも多く、鱗を完全にとる、よく水で洗う、捌いた後のまな板や包丁を変えるなど、調理には注意が必要な魚でも有名だ。

 さかなへんに暑いと書くシイラということもあり、暖かな海流に乗ってくるのが多い。

 鮮度の高いものを刺身にするとうまいと聴くこともあり、俺は急いで下処理を終える。

 血抜きから始まり、皮を剥いだり、水で良く洗う。

 量があるので、他にもシイラの切り身に小麦粉をつけて焼く。

 バターと塩胡椒で味付け。

 ハワイではマヒマヒと呼ばれる高級魚だ。

 筋肉質で脂質の少ない身なので傷みやすい。

 味じたいは淡泊な味わいなので、バターとの相性は抜群。

 これで〝シイラのおいしいお刺身〟と〝シイラのうまいムニエル〟のできあがりだ。

 俺は客に提供すると、まな板と包丁を丁寧に洗う。

 刺身の方はもちもちとした食感に淡泊な味わい。

 ムニエルの方はふわふわの身にバターの味と香りが鼻を突き抜けていく。

 きっとうまいだろうな。

 こっそり自分の分を取り分けておいて、味見と称し、少し食べてみる。

「うむ。うまい」

 もっちりとした食感の刺身。淡泊な味わいながらも、醤油との相性は抜群だ。

「こっちはどうだ?」

 ふわふわした身のムニエル。カリカリに焼いた表面。ふわふわの食感、バターの甘み、旨みが淡泊な味わいとマッチしている。

「いいよな。釣り人は~」

 俺は釣りがへただ。

 だから自分で釣って捌くことはできない。代わりにこうして料理人として魚を捌いている。

 今度、俺も釣りにいく予定だが、お客さんのようにうまく釣れるだろうか。

 釣りたいのだ。俺も。


 友達の春木はるきに頼み、船を出してもらう。

 最初は揺れがひどく、立っていられなかったが、慣れてくると、どうということはない。

 釣り具も春木が用意してくれたものを使う。

「今日はなにを釣るんだ?」

「今日はカワハギだ。うまいぞ~」

 ごくりと喉が鳴る。

 カワハギはアジと同じくらいうまい。

 想像しただけで口の中は唾液でいっぱいになる。

 刺身にするのもいいが、唐揚げや天ぷら、シンプルに塩焼きにしてもいいだろう。

 肝と醤油を合える肝醤油にするのもありだろう。

 釣り餌はアサリのむき身。虫が苦手な初心者でも簡単にできる。

 でもカワハギは釣り針から器用に餌を食べることもできる。そんなカワハギを釣ることができるのだろうか。


 俺は洋上の船で釣り糸を垂らす。

 揺れる糸に集中し、魚が食いつくのを待つ。

 爽やかな乾燥した冷たい風が冬を告げる。

「うぅう。さむ……」

「冷え込むな。でもこの時期のカワハギは肝に旨みがますからな」

 がはははと豪快に笑う春木。

 ピクピクと竿が引く。

「こい」

 そう言って引き上げると、そこにはカワハギがかかっていた。

 よっしゃ!

 内心ガッツポーズを決め、俺は丁寧にカワハギを針から外し、水槽に放る。

「お。釣れたじゃないか。とりあえず一匹は確保だな」

「そうだな。でもまだ釣りたい」

「おれだってそうだ」

 そう言っている春木の竿も引く。

 リードを巻くとウマヅラハギが釣れる。

「お。こいつもおいしそうだな」

「ウマヅラハギだな。カワハギと同じくらい、うまいぞ」

 俺はそう言い、再び釣り糸を垂らす。

 風にも負けず、釣っていると、徐々に釣れるようになっていた。

 が――、

「あ。ばれた」

 針を外れた糸を見つめる。

 その後ろで春木が釣り上げている。

 針にあさりのむき身をつけ、再び投げる。

 でもまたもや餌だけがなくなっている。

「春木、こつとかあるのか?」

「うーん。あんまり意識したことないな。あ、また釣れた」

「くそっ。なんてこった!」

 俺は再び釣り糸を垂らす。

 待っていると数分後、ヒットする。

「きたきたきた!」

 俺はリードを巻き取り、水面近くにたぐり寄せる。

 たも網で魚を取り込むと、針を外し、水槽に移す。

「お。やっと釣れたか」

 春木がこっちを見てニカッと笑う。

「カワハギだな。よかった。三匹目」

「そろそろ撤収するか? これだけあれば、うまい晩酌ができるだろ?」

「そうだな。そうするか」


「さてさて。今日の料理はなんだ?」

「今日は量が多いから刺身と唐揚げとムニエル、天ぷらもいいな」

「じゃあ、刺身をお願いするよ。うまそうだもの」

「それもそうか。うまいぞ~」

 俺は五枚に捌き始める。

 頭を落とし、皮を剥ぎ、五枚におろす。

 刺身用に薄切りにした切り身を、いったん冷蔵庫で冷やす。

 油が温まったところで頭だけを落とした身に片栗粉をまぶし、あげる。味付けは醤油、料理酒、みりん、ニンニクと生姜だ。

 刺身の方は先ほどとっておいた肝を醤油と溶かし肝醤油にしたものを差し出す。

「これが〝俺流カワハギのお刺身 ~肝醤油を添えて~〟のできあがりだ」

「おお~!」

 俺も一緒になって酒をかわし、食べ始める。

 コリコリとした食感にアジに匹敵する旨みの詰まった味わい。なんと言っても肝醤油がうまい。

「うまいな!」

「おう!」

「じゃあ、これもいくか。〝カワハギの身と肝の唐揚げ〟」

 俺は少し酔っ払いながらも唐揚げを差し出す。

「酒の肴にはうってつけだな」

 春木は嬉しそうに手を叩く。

 サクッとしていて旨みの乗った油がじゅわっと出てくる。

 グビッとビールをあおり、再び食べる。

「うん。うまい!」

「だな。今度も呼んでくれ。カワハギ以外も釣りたい」

「いいぞ。でも、お前運がないからな!」

「人が気にしていることを」

 その夜は楽しく飲み明かすことができた。


「うぅ。頭痛い」

 二日酔いになりながらも、店は開けなくてはならない。

「よう。大将。これを捌いてくれ」

「はい」

 いつも通り、魚の注文が入る。

 今度はどんな魚だろう。


 俺も釣りたいな!

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釣れたのは客か、それとも……俺? 夕日ゆうや @PT03wing

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