第6話 鶏肉

 魔境を超えてロイズの町へ向かうこととなった一行は魔境を越える為の準備に入っていた。


『――そうだ予定が変わった。だが好都合だ。あの魔境ならわざわざこちらから手を出さなくても始末出来るだろう』


 そんな彼らの様子を見ながら、何者かが誰かと会話していた。どうやら何らかの手段を使い遠方の相手と話しているようである。


『あぁ、盗賊はもう必要ないが、折角だ支払った分実験体として利用すればいい。とにかくこれで――』


 何者かと話し終えた後、謎の人物は一人ほくそ笑む――






◇◆◇


 町で準備を終え、ミネルバへの置き手紙を残した後、ガレナはフラン達を案内して魔境と呼ばれる山脈までやってきた。


「ここから魔境に入るのか……」


 手をかざしこれから入る山脈を目にしながらスライが言った。標高は最大で二千四百メートル程度の山だ。だが山頂付近は不気味な靄に包まれており目視でははっきりしない。


 更に時折怪鳥の鳴き声や獣の呻き声も聞こえてくる。声質も明らかに普通ではなく入り口の段階で危険な空気に呑まれそうになる騎士達である。


「ふむ。どうやら今日は比較的穏やかな様子だな」

「え! そ、そうなのか?」


 だがただ一人ガレナだけは全く動じておらず、何てことないように魔境の様子まで語ってしまった。


 聞いていたサリーが驚いている。魔境に入る前から彼女の額には汗が伝わっていた。暑さや疲れからではなく魔境から発せられる圧倒的なプレッシャーから来る冷や汗であった。


「凄く不吉な雰囲気がありますが本当に大丈夫でしょうか?」

「確かに奴らは侵入者に警告する意味でもあぁやって鳴いているが。それは逆に言えばこちらを恐れているということでもある」

「……なるほど。私達を威嚇して近づけないようにしているということですか」


 そう言って執事のハイルが頷く。馬車の手綱を握るのは彼であり、フランの安全は彼の手綱さばきに掛かっていると言えよう。


 彼は常に冷静でいられる執事であった。魔境を前にしても全く動揺が見られない。


「とりあえず俺が前を行くから付いてきて欲しい」

「承知いたしました」

「よろしくおねがいしますガレナさん」

「あ、あぁ――」


 ぐいっと顔を近づけてきてガレナを頼るフランの姿に、どうにも調子が狂うガレナである。


 フランが馬車に乗り込んだ。騎士のサリーとスライはそれぞれ馬に騎乗し護衛として付いてきている。


 そしていよいよ魔境へと足を踏み入れる一行。ガレナにとっては懐かしく思える。最近は道先案内人の仕事もあり立ち入っていなかった。


 魔境と呼ばれるだけあって敢えてここを通ろうという人間がいないということもある。故に仕事で訪れるようなこともなかった。


「しかし不気味なところだな」

「ここに入った途端薄暗くなったな……霧もある」

 

 魔境内は太陽の光が届きにくい。更に霧もあり視界は非常に悪い。


「しかし、全く躊躇なく進むんだな……」


 思わず慎重になるサリーだがガレナは一切迷う様子も見せずズンズンと魔境の内部を進んでいく。見たところ道らしい道もない場所だ。


 本来なら地面も凸凹で馬への負担も大きいところである。だがガレナが進むと道が勝手に舗装された。


 勿論これもガレナの合気によってだ。移動と同時に大気を受け流し空気抵抗をなくし地面の土も受け流し舗装した。


「……何か馬車の速度が速く感じますな」

「奇遇だな。私の馬もだ。しかも別に馬が無理しているというわけでもなさそうだ」

「むしろ馬は軽く流してるように涼しげだが……」


 そうガレナの合気は馬にも優しい。抵抗を感じずにスイスイ進めるので馬もまるで雲の上を歩いているような気分になっていることだろう。


「この調子なら本当に危険無くロイズまで行けるかもな」

「む、むぅ。いや油断は禁物であるぞ!」


 サリーに言われ納得仕掛けるスライだったが、すぐに表情を引き締めた。まだ魔境に入ったばかりであり、安全だと決めつけるのは早いと思ったのだろう。

 

『キエェエエェエエェエエエェエッ!』

 

 その時だった。耳を劈くような鳴き声を上げながら空から一匹の怪鳥が飛来した。


「むぅまさかあれはヘルズコンドル!」

「な!? とんでもない速さで空を飛び回り弓兵を千人揃えて矢を射ろうと掠ることすら叶わず、鋭い鉤爪の一振りで遠く離れた獲物すら切り裂くとされる凶悪な魔獣か!」

「合気――」

 

 迫るヘルズコンドルに慄く二人だったが、ガレナがぽつりと呟くとヘルズコンドルがグルンっと一回転しそのまま地上に叩きつけられた。


「ふむ、この鶏肉は旨い。今日の夕食は決まったも同然だな」


 地面に落ちたヘルズコンドルを見ながらガレナが満足そうな顔を見せる。


 一方でスライとサリーは目を見開き驚きを隠せない様子であったわけだが――



あとがき

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